第2話 過去に残された心
「ねえ」
「「なに?」」
人型で前を走っていたスノウと少女が同時に返事をした。
「あ、えっと、スノウじゃないほう」
「わたし?」
「うん」
「よびづらいね」
少し、困ったような様子で魔王が言った。
「そうだね」
「名前、つける?」
スノウが言った。
「名前?」
不思議そうに魔王は聞き返した。
「うん、その方が呼びやすいじゃん」
「たしかに。つけてもいい?」
「いいよ」
少女は静かに微笑んでそう言った。
「じゃあ、ホワイト、とか?」
「なるほど。たしかにすごく真っ白な髪だよね」
納得したようにスノウがそう言った。
「それ、すごく、しっくりくる」
「ほんとう?」
「うん」
「じゃあよかった。これから、よろしくね、ホワイト」
魔王は無邪気にほほ笑んでそう言った。
「うん。よろしくね」
少女は微笑んでそう言ってくれた。
「それでさ、俺たちを追いかけてくるものって何だろう?」
そう、一見してのどかな会話のようだったが、違う。
魔王たちは後ろからぴょんぴょんと跳ねて追いかけてくる棺から逃げていた。
「さあ!? 魔王が昔殺した亡霊か何かじゃない!?」
スノウが叫ぶようにそう言った。
「俺、誰か殺したっけ?」
「それすらもう忘れてんのか、じゃあもういいや! 全力疾走しよう!!」
「まずい、追いつかれちゃうよ」
「ホワイトちゃん、もっと頑張って!!」
「えぇ、、」
ちゃん呼びに少し驚きつつもホワイトは必死に足を動かして走っていた。
つめたい雪が、足にしみる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよー! あたしは怪しいもんじゃないよ!!」
後ろから声が聞こえたので、驚いて魔王が振り返ると後ろには棺しかいなかった。
「まさか、棺が、しゃべった?」
「怪しいもんじゃないという奴ほど怪しいやつがあるか!! 魔王、逃げよう!」
「あ、うん」
「だから、ちょっと待ってって! 話を聞いて!!」
足の生えた棺が必死にそう言ってきた。
「話を聞くくらいしてあげたら?」
ホワイトは魔王にそう言った。
「確かに」
魔王はそう言って、その場に立ち止まった。
「まあ、攻撃されそうになったら逃げればいいよね」
そう言ってスノウも、立ち止まった。
「はあ、はあ。やっと話を聞いてくれるか」
「で、なに?」
スノウは単刀直入に棺にそう尋ねた。
「いや、なんか久しぶりに起きてみたら外にさ、誰もいなかったんだけど、これってどうなってんの?」
「ああ、それは世界が終焉を迎えたからだよ」
「終焉?」
「そう、何年か前にね」
「えっと、どういうこと?」
「もう、察しが悪いなあ。つまりだね、十柱いた魔王と勇者が引き分けたのさ。そのせいで、世界は滅びた」
「でも、そこにいるのって魔王じゃない?」
「こいつは、十一柱目の魔王だから、十柱の魔王とは違う。結構複雑な事情があって今ここにいる」
「なるほど、?」
「なんだか難しくてよくわからない」
魔王はそうつぶやいた。
「本人がそう言うなよ!?」
「え、俺の事だったの?」
「お前以外に誰がいるんだよ!?」
「うーん、誰だろう?」
魔王は理解することを放棄したようで、とことことあるいてホワイトの方へ向かって歩いて行った。
「大丈夫?」
魔王はホワイトが裸足であることに気が付いたのか、そう尋ねた。
「雪が、つめたい」
魔王は、長い靴を脱いで、ホワイトに差し出した。
「あげる」
「でも、それじゃ魔王が寒くなる」
「じゃあ、これでいい?」
魔王はそう言って靴を片方だけ差し出した。そして、もう片方を履いた。
「やさしい。ありがとう」
ホワイトは微笑んでその靴を履いた。
少し靴は大きかったが、ひもで縛ったら何とかなった。
「まじで言ってる!?」
その場に棺の大きな声がこだました。
どうやら、スノウが棺に驚くようなことを言ったらしい。
「どうしたの?」
魔王が不思議そうにスノウの方へ行くと、
「いや、なんでもないよ。こいつはしばらくの間フリーズしたままだろうから、今のうちに遠くへ行こう」
「どうして?」
「説明するのがめんどくさくなったから。それに、今の状況を教えてあげる義理はないし」
「そうなんだ」
「とりあえず急ごう」
魔王たちは早足でその場から去っていった。
しばらく歩いていると、目の前に町のようなものが見えた。
いつの間にか、吹雪も止んでいた。
「町だ」
少し目を見開いて魔王はそう呟いた。
「そうだねえ」
「人間はいるかな?」
「いるわけないだろ」
「そっか」
そんなことを話しながら、とりあえず魔王は町にある家をノックしてみた。
「誰もいるわけ無いのに_」
スノウがそう言うと、ドアが開いた。
「え? 嘘でしょ?」
「やっぱり誰かいた」
「え、誰かいるってわかってたの?」
「気配がしたんだ」
「僕にはわからなかったのに_」
少し悲しそうにスノウはうつむいた。
「どなたですか?」
「――!?」
スノウは目の前に現れた人物を見て絶句した。
向こうも、こちらを見て固まっている。
しかし、魔王は特に何も思っていないようで、
「だれですか?」
と聞いた。
「おいおいおい、ちょっと待ってよ。魔王、こいつすらも忘れたのか!?」
「え?」
「流石は忘却の魔王だね。私の事すらも忘れたか」
目の前の長い金髪に金色の瞳の男は微笑んでそう言った。
「昔っからよく
「シド?」
「おや、自分の名前さえも忘れたか」
「俺は、シドっていう名前なのか?」
「そうだよ。本当に久しぶりだ」
そう言って、その男はシドに抱き着いた。
「それで、君は誰?」
「魔王フィン。お前とは古くからの友だ。この自己紹介も何百回目か」
「フィン。聞いたことが、あるような気がする」
「おや、少しは覚えていてくれたかな?」
「わからない」
「とりあえず、今日は泊まっていくか? もう外は暗いし」
そう言われて外を見ると、確かに暗かった。
「うん」
「じゃあとりあえず家の中入って良いよ~」
「ありがとう」
「おや、その言葉はどこで覚えたんだい?」
「ホワイトが、教えてくれた」
「ホワイト?」
「あ、わたしです」
ホワイトは手を挙げてそう言った。
「へえ、また君たちは出会ったのか」
「また? どういうことですか_?」
「いや、なんでもない。それより、外は寒いだろう。暖炉にあたったら?」
「わかった」
魔王は家の中に入ると、コートを脱ごうとして、ホワイトと手をつないだままだったことに気が付いた。
「離して、いい?」
魔王がそう言った瞬間、ホワイトは瞳に恐怖の色をうかべた。
何かを思い出したかのようだった。
「その瞳、嫌い」
魔王の片目はスウッと真っ赤に染まっていった。
「え?」
次の瞬間、魔王はホワイトの瞳に手を伸ばしていた。
それをスノウが両手でとめている。
ホワイトは何が起きているのかわからないようで、フリーズしていた。
「なぜ、とめる?」
「だめだよ、魔王。そんなことをしちゃ、この子までお前から離れて行ってしまう。それでいいの? また、一人になっちゃうよ」
「それは、いやだ」
そう言って、魔王は手を下ろした。
そこで、魔王は正気に戻ったようだった。
「俺は、なにを?」
「特に何もしてないから大丈夫だよ」
スノウは微笑んで魔王を安心させるかのように優しい声でそう言った。
「それなら、良かった」
「そろそろ、 僕と契約したらいいのに」
「いやだ」
「頑固だなあ。まあ、気長に待ってあげるけどさ」
スノウはにっこりとほほ笑んで魔王にそう言った。そして、
「今度こそ、大切な人を傷つけたくなかったら早めに契約することだね」
と付け足した。
「大切な人_」
魔王は少し考え込んだ。
遠い昔に、誰かいた気がする。でも、それが誰なのかもわからない。
そして、いつか思い出せるといいな、と思った。
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