忘却の魔王と少女

藍無

氷雪ノ章

第1話 物語は終わり

 物語も、世界も終わった。

 しかし北の地には、今もなお在り続ける過去の遺物がいた。

 その者は、すでに終わった世界を空虚な瞳で見つめていた。

 否、見つめることしかできなかった。

 北の地には、冷たい吹雪が吹き荒れる。まるで、過去の何かを隠すかのように。

 誰かは言った。

「過去の罪はもうすでに忘却の彼方。知るものは誰もいまい。さあ、外へこう」

 その声は氷の城に響いた。

「外に出て、何になる?」

 長い黒髪に灰色の瞳の魔王は不思議そうにそう問い返した。

「何かがいるかもしれない」

「何か?」

「ああ、行ってみればわかるさ。さあ、行こう」

「何もなかったら戻ってきて、良い?」

「もちろんだ。外は寒いからな」

「寒い?」

「そうだ、寒い。さあ、早く行こう」

 魔王は誰かに言われるまま、座っていた氷の椅子から立ち上がり、外に出た。

 外は、冷たい吹雪が吹き荒れていた。

 しかし魔王はそれを気にせず、吹雪の中を歩いた。

 すると、人影が見えた。

「やっぱり何かいた!」

 誰かがうれしそうにそう言った。

「何か?」

 魔王が聞き返す。

「ああ、あれを見てみろよ! 世界が終ってから、人に会うのはこれが初めてだ!」

 本当にうれしそうに誰かはそう言った。

 その人影は、次第に近づき、ついに見えた。

 その人は、少女だった。

 結ばずにおろされた雪のように真っ白な長い髪に、灰色の瞳だった。そして、その少女は、白いワンピースを着ていた。首には黒いリボンが付いていた。

「だれ?」

 少女は透き通った声で魔王と誰かにそう言った。

「俺は、魔王。君は?」

 魔王はその少女に名を聞いた。

「私は、わからない。名前、知らない。気が付いたら、ここにいた。君は?」

 その少女は、魔王の方に乗っていた誰かに向かってそう聞いた。

「スノウ」

 誰か――スノウはそう答えた。

「とりあえず、僕たちの所に来る?」

 スノウは少女にそう言った。

「うん」

 少女はうなずいて、魔王たちについてきた。

 氷の城につくと、少女は不思議そうに、魔王を見つめていた。

「なに?」

 魔王は首をかしげて少女に聞いた。

「どこかで、みたことがあるような?」

「俺を?」

「うん。どこ、だろう?」

「しらない。俺は長い間、ここにこもっていたから」

「どのくらい?」

「数えてない。数えるのは、千年目でやめた」

 少女は驚いたように目を見開いた。そして、

「じゃあ、千年以上も?」

 と問いかけた。

「たぶん」

「さびしく、なかったの?」

「さびしい?」

 まるで、それはなんだ? とでもいうような不思議そうな表情で魔王は少女に問い返した。

「さびしい、を知らないの?」

「わからない」

「そっか」

 次の瞬間、ぐうう、と音が鳴った。

「おなかすいてる?」

 スノウが少女に聞いた。

「そう、かも」

「魔王、この子に何かあげなよ」

「何をあげればいい?」

「昨日の残りのマシュマロとか?」

「わかった」

 魔王はそう言って、部屋を出てマシュマロをとってきた。

 そのマシュマロは、氷の結晶の形をしていた。

「きれい」

「うれしい?」

 魔王は、少女がほほ笑んでいるのを見て、そう聞いた。

「うん」

 少女はうなずいて、そのマシュマロをたべた。

 中から、はちみつが出てきた。

「ふしぎ」

 マシュマロの中に、はちみつが入っているなんて、ふしぎ、と少女は言った。

「おいしい?」

「うん。ありがとう」

「ありがとう?」

 それはなんだ? と魔王は少女に聞いた。

「誰かに、何かをしてもらってうれしくなったら、そう言うんだって」

「そうなんだ」

「そと、寒かった」

「吹雪だからな」

「ここ、あったかい。ここにいても、いい?」

「いつまでもいて、いいよ」

 魔王はぎこちなく微笑んで少女にそう言った。

「ありが、とう」

「まだ、何もしてない」

「でも、ここにいて良いって言ってくれた」

「うれしい、ならよかった」

 魔王は微笑んだ。

「二人とも、すごく会話し慣れて無いんだな」

 スノウが猫の姿から人間の少年の姿になってそう言った。少し水色が入り混じっている白い髪に白い瞳の少年だった。

「人間と話すのは、何年ぶりかわからない」

「まあ、魔王はそうだろうな。嬢ちゃんは?」

 少女はあたりをきょろきょろと見回して、

「私のこと?」

 と、聞いた。

「そうだ」

「私は、わからない」

「ふーん、そうか」

「何かを探していた、気がする」

「何を?」

「わから、ない」

「一緒に、探そうか?」

 魔王は少女に気が付いたらそう言っていた。

「ほんとう?」

「ああ。ここは何もすることないから、退屈」

「うれしい。じゃあ探しに、行こう」

少女は微笑んでそう言った。

「どこにあるか、心当たりは?」

「わからない」

「この城の中に、あるかな?」

「一応、探してみても、いい?」

「いいよ」

 魔王の許可がでたので、少女は喜んでその城の中を探し始めた。

 しかし、城の中には特に何もなかった。

 あるとすれば、食料と水の出る泉のようなところ、ひび割れた時計だけだった。

「なかった」

 少女は少し悲しそうにうつむいた。

「ざんねん。外にも、探しに行く?」

「行こう」

 少女はそう言って、魔王の手と自分の手をつないだ。

 魔王は不思議そうに少女を見つめる。

「この吹雪じゃ、見失っちゃうから」

「わかった」

「僕はー?」

 スノウは仲間外れにされたと感じたのか、少し頬を膨らませてそう言った。

「俺の肩に乗ればいい」

「わかった」

 スノウは、たちまち水色の猫の姿になり、魔王の肩に乗った。そして、その場で眠そうに丸まって眠り始めた。

「眠っちゃった」

「まあ、いいや。探しに行こう」

 魔王は、少女とともに氷の城から出た。

 長い旅の物語はこれから、はじまる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る