第4話 すべてはルールに従って行われた

 俺とレイがカジノを脱出した瞬間、それまで確かに存在していた豪奢な建物は、まるで幻だったかのように、音もなく崩れ去った。いや、それは崩壊というよりも、消滅と表現すべきだった。大地を震わせる轟音もなければ、瓦礫が舞い上がることもなかった。そこにあったはずのカジノは、最初から存在していなかったかのように、川崎の闇夜に溶けて消えていった。

 俺は呆然としつつも、荒い息を整えようとする。


「……まじかよ」


 まさか、ここまでとは。

 レイも驚いたまま、俺を見つめている。

 俺は苦笑しながら、自分のポケットの中をまさぐる。そこには、カジノで手に入れたはずのチップの山が――

 一枚も、ない。

 手応えすら感じない。まるで最初から持っていなかったかのように、空っぽだった。

 そして、思い至る。

 カジノが消滅した理由――その種明かしを。


 カジノのルールはシンプルだった。金がなくなれば、記憶や魂を賭けることができる。そして、その価値はチップという形で還元される。

 ディアボロスは、この仕組みを利用して川崎の住人たちの魂を搾取していた。奪われた魂はチップに変換され、カジノの財産として蓄積されていく。

 しかし――

 俺にとって、レイは何にも代えがたい存在。言い換えれば、お金で測れないほどの無限の価値を持つ存在ということだ。

 ディアボロスはイカサマで勝ち続けていた。だから、負けることなんて考えてもいなかったはずだ。

 だが、俺がレイを賭けて勝った瞬間――

 カジノの全チップが俺のものになった。その瞬間、カジノは破産し、存在ごと消えた。


 俺は空を見上げる。


「お前がいたから、大勢の人を救えた。」


 レイもつられて夜空を見上げた。

 そこには、無数の光が流れていた。

 それは、ディアボロスに奪われた魂たち。

 すべての魂が、解放されていた。

 星の瞬きにも似た光が、流れ星のように、それぞれの持ち主のもとへ帰っていく。

 ひとつ、またひとつと。

 まるで、この世界が祝福されているかのように。


「……きれい」


 レイが呟く。

 俺もまた、その光景に目を奪われていた。


「なあ、レイ」

「うん?」

「俺たち、今日、めちゃくちゃいいことしたんじゃないか?」

「そうだね」


 レイは微笑む。

 カジノを失ったディアボロスは、おそらく異界へ逃げたのだろう。

 だが、もう奴の居場所はない。

 魂を奪うためのシステムを完全に破壊された今、ディアボロスにできることは、もはや何もない。

 この世界には、もう奴の居場所などないのだから。


 俺はカジノのあった場所を振り返る。

 何もない。

 ただ、静かな夜の街がそこにあるだけだった。

 だが、俺とレイは知っている。

 確かに、あの闇のカジノは存在した。

 しかし、それはもう、二度と現れることはない。


「さ、帰るか」

「うん……」


 俺たちは、静かな夜の街へと歩き出した。

 無数の魂の光を背に、俺たちは静かに夜へ溶けていく。

 この夜を忘れないように。

 そして、もう二度と、こんなことが起こらないように。

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