第4話 すべてはルールに従って行われた
俺とレイがカジノを脱出した瞬間、それまで確かに存在していた豪奢な建物は、まるで幻だったかのように、音もなく崩れ去った。いや、それは崩壊というよりも、消滅と表現すべきだった。大地を震わせる轟音もなければ、瓦礫が舞い上がることもなかった。そこにあったはずのカジノは、最初から存在していなかったかのように、川崎の闇夜に溶けて消えていった。
俺は呆然としつつも、荒い息を整えようとする。
「……まじかよ」
まさか、ここまでとは。
レイも驚いたまま、俺を見つめている。
俺は苦笑しながら、自分のポケットの中をまさぐる。そこには、カジノで手に入れたはずのチップの山が――
一枚も、ない。
手応えすら感じない。まるで最初から持っていなかったかのように、空っぽだった。
そして、思い至る。
カジノが消滅した理由――その種明かしを。
◆
カジノのルールはシンプルだった。金がなくなれば、記憶や魂を賭けることができる。そして、その価値はチップという形で還元される。
ディアボロスは、この仕組みを利用して川崎の住人たちの魂を搾取していた。奪われた魂はチップに変換され、カジノの財産として蓄積されていく。
しかし――
俺にとって、レイは何にも代えがたい存在。言い換えれば、お金で測れないほどの無限の価値を持つ存在ということだ。
ディアボロスはイカサマで勝ち続けていた。だから、負けることなんて考えてもいなかったはずだ。
だが、俺がレイを賭けて勝った瞬間――
カジノの全チップが俺のものになった。その瞬間、カジノは破産し、存在ごと消えた。
◆
俺は空を見上げる。
「お前がいたから、大勢の人を救えた。」
レイもつられて夜空を見上げた。
そこには、無数の光が流れていた。
それは、ディアボロスに奪われた魂たち。
すべての魂が、解放されていた。
星の瞬きにも似た光が、流れ星のように、それぞれの持ち主のもとへ帰っていく。
ひとつ、またひとつと。
まるで、この世界が祝福されているかのように。
「……きれい」
レイが呟く。
俺もまた、その光景に目を奪われていた。
「なあ、レイ」
「うん?」
「俺たち、今日、めちゃくちゃいいことしたんじゃないか?」
「そうだね」
レイは微笑む。
カジノを失ったディアボロスは、おそらく異界へ逃げたのだろう。
だが、もう奴の居場所はない。
魂を奪うためのシステムを完全に破壊された今、ディアボロスにできることは、もはや何もない。
この世界には、もう奴の居場所などないのだから。
俺はカジノのあった場所を振り返る。
何もない。
ただ、静かな夜の街がそこにあるだけだった。
だが、俺とレイは知っている。
確かに、あの闇のカジノは存在した。
しかし、それはもう、二度と現れることはない。
「さ、帰るか」
「うん……」
俺たちは、静かな夜の街へと歩き出した。
無数の魂の光を背に、俺たちは静かに夜へ溶けていく。
この夜を忘れないように。
そして、もう二度と、こんなことが起こらないように。
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