死闘
戦えないハイネを観客席に
「久しいな、キルヴィール」
巨兵将シェガロが、
「そんなところだけ父親面かよ」
円形劇場にかけられた魔術が距離を超えて親子の言葉を届ける。姓で呼びあう魔族の文化で、人族風の通称でもなく名を呼ぶことは親の特権、さもなくば最大級の
「害獣の
金灰色の伸び切った髪を振り乱し詠唱する、歪んだその声に応えて地中から次々と泥の兵隊が立ち上がる。兵たちは舞台の中心で積み重なり
「一応その害獣の王様から手紙を預かったんだけどな」
キールは
「――消し飛べ!」
剣先から
「大した威力だ。第四階位――光と炎と雷の複合だな」
「――砕け散れ」
続くキールの魔術が黒い衝撃波を呼び、乾いた泥を吹き飛ばした。胸部に空いた大穴はしかし見る間に周囲の泥が
「闇も使うか。六つのうち四つの力を意のままにするとは。獣と言えど我が息子、褒めてやろう」
キールが使う魔術は攻撃魔術と呼ばれるものだ。地、炎、氷、雷、光、闇、六属性いずれかの形で魔力を放出するだけの比較的に単純な術式は魔術師の基礎教練として扱われている。しかしこれは四つの階位のうち第三階位まで、属性も一つか二つに限った話で、四属性以上の第四階位を使う彼は異端中の異端だった。
泥巨兵の腕がキールを叩き潰そうと振り下ろされる。彼は剣で足元を指し、地面を隆起させたその勢いで跳躍する。
「五つ目もあるぜ。見物料はあんたの首でどうだ?」
黒い外套を
「褒美として私自ら
シェガロが詠唱を再開する。膨れ上がる魔力の見えない揺らぎが円形劇場を満たして泥の流れが激化した。質量と速度と精密性を兼ね備えたその従魔は、出し惜しみするだけのことはある無機創造の
戦闘は加速する。泥の巨兵はその大きさに見合わない速さでキールを追い、彼は地面の隆起と身体強化を駆使して円形劇場を跳び回る。巨兵の隙を突いては
「底が見えたな。
父は息子を
キールの白炎が巨兵の頭部を焼いた。胸部、腹部、両腕と両脚、順に焼き砕いた部位はとうに再生してしまっている。ただ頭を吹き飛ばせば曇天に
「幼い貴様に魔術を教えてやった日を覚えているぞ。仕込んだ芸を繰り返し見せて
「――そうか」
見上げた相手の表情は遠すぎて分からない。分かる必要もない。
「魔力を放つだけの術は消耗が大きい。それだけの乱発は今の貴様にもつらかろう。そろそろ複合魔術は
泥の両腕がキールを
「――キールさん!」
駆け寄ってくるハイネは当然シェガロの目に留まる。
「イオ・エニングスの息子だな。父を真似て害獣に
「――止まれ」
鞘へ戻した剣の代わりに指輪をした手を泥巨兵へ向ける。円形劇場の魔術は舞台上の声を広く響かせるが、観客席の声を舞台へ届けることはない。ひそかに完成させていた詠唱は氷の魔術のものだ。六属性の最後、キールにとって最初の一つは、泥に潜ませた彼の魔力を
「あんたが昔のことを忘れていてくれて良かった」
この呟きもシェガロには届かない。
「そうか、氷の魔術か! 無策で泥を吹き飛ばしたのではなく私の制御から引き
そもそも言葉が届いたところで何だというのか。ろくな手入れもせず伸び放題の髪と
「ハイネ。あんたには俺よりも強い魔力があるよ」
彼の肩を軽く叩いてこちらを向かせる。わずかに視線を上げて緑の眼を覗き込む。こんなことをしなくても見て取れはしたが、確かめずにはいられなかった。魔術師だけがその精神に感じる不可視の波、ハイネのそれは乱れ揺れ動きながらまるで底が知れない――信じられないほどの魔力だ。
「魔術は精神だ。世界を変えたい、誰かを、自分を変えたいと願う力だ。ハイネが強い魔力を持っていても魔術を使えないのは、何かを壊したいと思っていないからだろう」
波が
「だから今は、俺が代わりに戦う。力を貸してくれ」
迷っていたハイネはややあって
キールは巨兵を見上げた。変わらない曇り空の下、凍らせた泥は蠢くこともなく、いつの間にか風は止んでいる。黒い剣を再び抜いて魔力を込め、八度目になる術式を描く。魔族語とは違う
「――夜空には星、
戦いの行方は決した。人族の王を拒む魔族の将は、彼が人族との間に成した子の手で打ち倒された。舞台櫓から転落した彼は捨て置こうともいずれ
だから、この先にあるものは一つの家族の結末だ。
再び魔力を使い果たしたキールは戦いの緊張が
少し前まで駆け回っていた舞台はそこかしこに彼と父の魔術が
「あんたのこと、憎んではいないよ」
告げた言葉が響き渡る。円形劇場の魔術はまだその効力を残していた。しかし返事はない。もはや意味を成さない
「あんたは
血の臭いがした。苦く
舞台櫓の
「一つ違えば、こんなことにならないで済んだかもな」
「でも後戻りはできないんだ。そうだろう?」
「――今、楽にしてやる」
叩きつけた黒い刃はただ首を潰して、キールは
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