第21話


「はぁ〜…っ」

イヴァナカカのため息。

自城に帰ってからのそれは憂鬱100%だった。

こんなはずじゃなかった。

魔侯とは魔界の頂点で、ろくに働きもせず遊び暮らし、かつ偉そうにできる楽な仕事ではなかったのか?

自由でキラキラした憧れの職業ではなかったのか?

いや、疑うまでもなく確実にそうだったはずだ。

自分も楽そうにしか見えなかったし、何より楽に決まってるとネットではみんな言っていた。

あの三代目魔王が改革を始めるまでは。

どうして、どうしてやっと勝ち組になれると思った矢先に改革なんか始めたんだ!

なんで自分が遊びまくって大往生するまで待ってくれなかったんだ!

と、伝えたところで殴られ踏まれ殺されるだけであろう不満が、行き場を求め風になる。

そして解消不能な不満は何度吐き出しても溜まる一方なのだった。

「はぁ〜…っ」

「お帰りなさいっス。

また魔王様にいじめられたんスか?」

「まあ、そんなところだ…」

玉座でクガに応える。

今や2名揃ってネット民のおもちゃだ。

そうなる理由を誰より濃く知っている相手にカッコつける気は起きず、正直に認めた。

「もうちょいどうにかなんないっスかね〜あの方。

オレぶっちゃけ苦手っス。

自分は絶対正しいみたいな感じで。

しかも上からだし」

クリボーメンタルだ。

近代悪魔は上から来られただけで死ぬアクションゲームのザコ精神を標準装備している。

魔王であろうと上からの態度は許されない禁忌なのだ。

「だが言う事もやる事も筋は通っているし、実際正しさは認めざるを得ん。

そこが困るのだがな…」

「え〜?

正しいっスかね〜あれ。

オレはクヴォジ様のほうがまともに見えましたけど。

学校で習ったことまんまだし、みんな言ってるし。

イヴ様だって教えられたっしょ?

自由に自分らしくってさ」

「んむ、まあ…な」

「魔王様なんて絶対VMover(注∶地球におけるVTuber)見てる男に

『生身の女友達と喋ればいいのに…』とか言うタイプっスよ!」

「それは我も言うが」

「え〜ヒドくないっスか〜?」

共通の敵を話題にするのは楽しいが、遊んでばかりもいられない。

6日後にはまた会談なのだ。

しかも今度は戦闘が避けられぬときた。

さすがのへなちょこ娘でも前回と同じ物見遊山の装いがマズい事はわかる。

魔王たちはマジで殺し合うし、ガチで逃げられないのだから。

「クガ…お前、実は強かったりしないのか?」

「なんスかいきなり。

だけど喧嘩はからっきしっスよ」

「また会談がある」

「あっこの仕事やめます」

「退職願いは半世紀前に済ませておくように!

お前のシフトはもう入っている!」

「いやだ死にたくない!

他にもっといるでしょ魔侯なんだから!

SPとかさ!」

「それがだな…ここの以前の主は超変わり者だったようで、色々無いのだ。

お前が一番若いぶん最高戦力だ」

「なんか活気ない城だなと思いながら働いてたけど若さが最強になるほどっスか!?

とにかく嫌っス!

イヴ様だって嫌なんでしょ!?

一緒に逃げればいいじゃないっスか!」

「下っ端のお前は逃げて済んでも魔侯が逃げたら何されるかわからん!

それにまだ1年も味わってない権力捨ててたまるか!

なあ頼む、ボーナス出すから」

「おっぱい」

「は?」

「あん時みたくおっぱいハグしてください。

そんくらいなきゃ命張れません」

乳で挟めば買えるのかお前の命は…と逆に申し訳なくなるレートだが、さておき抵抗はあった。

それこそ命の鉄火場で切った張ったの最中なら流せても、テーブルで冷静に

『おっぱいです』『わかりました命です』

とやり取りするのは様々な意味で恥ずかしい。

しかし誰かになんとかしてもらいたいイヴァナカカにとって、へなちょこの責を全て単独で被るのは最も避けたい愚行。

加えてクガは顔で選んだ色男。

すぐに覚悟は決まった。

「…揉むなよ」

「はい!!」

なんていい返事をするんだ…。

このデカくて重くてマウント取りくらいにしか使えない荷物のどこがいいんだ…。

自虐由来の疑問を感じつつも、頭半個分高いクガを抱き寄せた。

抱く腕に挟まれ、乳圧が自然と上がる。

「は〜、ブラジャーのシフトになら入るんスけど」

「指名制だ!」


堪能したクガは下働きらしい提案をした。

「そういやこの城、宝物庫の中はけっこうなもんって噂っス。

イヴ様も言ってた超変わり者の先代が溜め込んでるとかで」

「夜逃げの算段か?」

「いや、値はつかないのが大半だとか。

何の価値があるかわからない古代のアイテムが多いんですって。

…これ、超ヤベー古代兵器とかあったら…役に立つんじゃないっスかね?」

眉唾物もいいとこの噂話。

ではあるが…最新のマシンガンを持ったクヴォジ城の大臣たちがどうなったか思い出すと、1日費やす気力が湧いた。


宝物庫の鍵は大臣が管理していた。

大臣は相当に忙しいらしく、鍵を渡してすぐどこかへ走り去った。

「へー、思ったより整頓されてますねー。

どれがなにだかわかんねーけど」

入ると、中は劇場の物置きを思わせる物置きだった。

作成者と使用者以外にはなんなのか判別不能な物ばかりが、飾られているのではなく置かれている。

宝物庫とは名ばかりだ。

一般に宝と見做される貴金属類はどこにも無い。

イヴァナカカは、落ち着いたらこの中身を全部捨てさせようと決めた。

「おい!

何をしてるお前ら!」

「ほぅわ!」

決定の直後、城の廊下から怒声。

飛び跳ねて驚くイヴァナカカの乳が揺れ終わるより早く、声の主は宝物庫へ踏み入ってきた。

怒声の主…鍔広の三角帽を目深に被った中年男は、小物漁り中だったクガを指差してまた怒鳴った。

「その山に触るな!

宇宙が消滅するぞ!」

「えっマジっスか!?」

「なきにしもあらずだな」

急激なトーンダウン。

わかりやすい出任せだった。

ともあれ、声が並程度になった事でイヴァナカカが威張りやすくなった。

「何者だ!?

城主に対し無礼ではないか!」

「俺ぁ…先代の魔侯から宝物庫の管理を任されたもんだ。

ここを取り扱うなら俺を通してもらう事になってる。

大臣から聞いてないのか?」

「初耳だ」

「慌て過ぎだあのバカ…。

デカ乳に見とれやがって」

帽子ごと頭を押さえる管理者。

態度といい外見といい、悪い魔法使いという形容がピッタリ似合う。

「あれ?

鍵は大臣が持ってたのに管理者はオッサンなの?」

クガがズケズケと。

相変わらずコミュ面では頼れる。

「そりゃあそうだろう。

あいつは城、いや領地全体を管理する、言わば俺の上司だからな。

俺の担当は中の物だけだ」

「ふーんなるほど。

あのー管理してるなら詳しいんスよね?

なんかスゲー武器無いっスか?」

「武器ぃ?

ガハハッ、悪いがデジタルタトゥーだけを消せるような都合の良いやつは無いな!

いい方法を教えてやろう、お前ら結婚しろ。

毎日毎晩やりまくるんだ。

十月十日も経てば思い出話どころじゃなくなる」

「けっけっ結婚って…待て!

何の話だ!?」

「うん?

例の動画で世を儚んだんじゃないのか?」

管理者も処刑戦動画を視聴済みらしい。

やはりもう一生笑いものだ。

ならばなおさら権力にしがみつき帳消しを図らねばならなかった。

「ズヨカオ殿の城へ行くんだ。

魔王が言うには戦闘は避けられぬと」

「はっ!

あの期限切れきな粉餅、ついに捨てられるか!

いいぞいいぞ、そういう話なら何でも持ってけ!」

「面識があるのか?」

「あー、先代は冒険が趣味なんだがな、奴の所有する遺跡に入らせてくれと頼んだら宝を見せろと言ってきたそうだ。

それでここに来た事がある。

フンコロガシには糞が宝かと吐かしやがったがな!

糞であの無駄化粧を洗い流せるとなればフンコロガシ冥利に尽きるね!」

管理者は先代にまだ気持ちを残しているのか、大臣よりさらに偉い上司を上司とも思わぬ態度で喋る。

だが不思議と咎める気にはなれず、むしろ斯くあるべきと思えた。

元々イヴァナカカに叱る度胸が無いだけ、と言えばそれはまたその通りなのだが。

「よし…小娘、お前はこいつを持ってけ。

小僧はこれだ」

イヴァナカカは石の剣を、クガはリップスティック大の棒を渡された。

「これは?」

「どうせ怪しいオッサンに言われても信じるまいよ。

刃が下になるよう持って落としてみろ」

管理者はその目で確かめろと言っている。

わけがわからぬまま石の剣を落としてみると、スンッと何の抵抗も無く鍔まで埋まった。

「ゲッ!!」

「まあそういう事だ。

この剣には『何か入っている』。

どうも何かのエネルギーを貯蔵できる材質と仕組みになってるらしい。

そのエネルギーが魔技に近い現象を起こし、切れ味を高めてるって寸法だ。

たぶんな!

ガハハッ!

こいつならお前の力でも斬れるだろ!

大抵の敵は逃げるより斬ったほうがいいぞ、いなくなるからな!」

説明を受けたが、イヴァナカカは話半分だった。

「我の城に穴がぁ…」

「つまらん事に拘るな。

鉢植えを1つ買ったとでも思え。

ああ、拾う時もこれからも刃には触れるなよ、乳にも近づけんほうがいい。

男が悲しむ」

「え〜オレも剣がよかったのになー。

コレなんなんスか?」

クガが棒をいじくりまわすが、何ともなってない。

「魔技は使えるか?」

「無理っス」

「それでも物に魔力を流すくらいできるだろ。

細くなってる方を小娘に向けてやってみろ」

クガが指示に従うと、棒から伸びた光の縄がイヴァナカカを緊縛した。

「あぎゃあ!!」

「うっわエッロ!」

「そいつであのババアを捕まえてやれ。

病的な男嫌いだから笑えるほど盛大に嫌がってくれるはずだ。

ちなみに原理は恐らく剣に近い。

古代の悪魔たちは魔技の道具化を目指していた節がある」

「なんでこんなのあるのに量産しないんスか?

大昔の道具だし楽勝で真似できるっしょ?」

「素人丸出しだがいい着眼点だ。

もちろん作ろうとしたさ。

動力源を突き止め、どういう経路でどこから出力されるのかもわかってる。

しかし何故これの動力が動力として機能するのかわからんし、何の為にこの経路を通ってこの部分から出力されるのか謎だし、どういう理屈でその結果がこうなるのかさっぱりなんだ。

要するに、ライターの火が明るくて熱いとしか分かっとらんようなものだ。

試しに数百個模造したが全部文鎮かドアストッパーになった。

近頃はなんでも最先端を有難がってるがね、実際にゃ古いものが何なのかさえわかっちゃいないのさ。

まあ200年後を待て。

解析に成功したらとんでもない大戦争を引き起こすだろうよ」

マニアは執着の対象が何であれ語る場を欲しているものである。

管理者は親切でなく趣味で喋っていた。

その説明中もずっとイヴァナカカは身悶えている。

「お…降ろしてくれ〜。

縄が…食い込んでっ…」

「エッロ…!

いやいやじゃなくて、どうやって消せばいいのこれ!?」

「無欲な奴だな。

悟り世代ってか?

今のうちにやることやったらどうだ」

「泣かれたらオレも辛いんで!」

「ふん、魔力を吸い出すつもりで意識しろ」

魔力の扱いに慣れていない世代のクガは、股間の熱と戦いながらも1分で縄を消せた。


「はあはあ…性能は理解した。

有効に使わせてもらう。

しかし…この2つだけか?」

縄を解かれたイヴァナカカがどうにかカッコつけ尋ねる。

端的に言って、もっと欲しかった。

特に飛び道具。

ガンシューティングゲームはチュートリアルで死ねる腕前だが、だからといって剣の間合いに入るのは嫌だった。

「ズヨカオの所にはどんなメンツで行く?」

「分担はあると思うが…前回と同じく全員参加なはずだ」

「だろうな。

ズヨカオは盤面を覆すためなら駒を動かすより蹴っ飛ばすほうを選ぶ。

何をしでかすかわからん女だ。

当然、全戦力であたるだろう。

そう思ったから、その2つだけ渡した。

あまり火力の高い武器を持ち込んでも他の連中の邪魔になるだけだぞ」

邪魔になる…納得せざるを得なかった。

仮に前回イヴァナカカが銃の類を使っていたなら、確実に魔王らへのフレンドリーファイア連発だったろう。

そしてこの世から蹴り出されていたろう。

生き残るためにこそ、嫌でも近接戦闘しなくてはならなかった。

「皆殺しにして新魔王になりたいならここより空軍基地に行け。

あつらえ向きの爆弾がある」

宝物庫を出ようとすると、聞いてもいないオススメ情報。

イヴァナカカは、あんな殺し合いするくらいならいっそ…と、少しだけ揺らいだ。



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