第12話


その場の全員が気づいていた。

テニスコートほどもある大型ゲートがゴウンゴウン音立てて開き、同じサイズのリフトがモーターに最大限負荷をかけ昇って来ている状況。

歴戦の魔侯ならずとも健康体の悪魔であれば不吉を感じ取れた。

そして…全員の注目を集める中現れたのは、超大型の山羊型四足獣だった。

「おーバフォーメト。

…砲塔が付いてる」

「魔獣の兵器化!?

あの馬鹿が…!

実用に漕ぎ着けたとでも言うのか!?」

魔獣。

魔界にも地球の獣と近い動物がおり、牧畜や愛玩に活用されている。

そうした通常の獣と外見だけ似ている危険な存在は魔獣と呼ばれ区別されていた。

戦乱の時代に活用しようとした例はいくつかあるが、その顛末を知るジォガヘュは怒りを隠せなかった。

眼前の魔獣そのものより、馬鹿の尻拭いで共に奔走してきた旧友が、今度は自らの尻を誰かに拭かせようとしている事に憤っていた。

「オ──────────オ゛ォ゛オ゛ッ゛」

魔獣が吠え、大気が震える。

爆発の衝撃波がそのエネルギーを伝えるのと同じく、咆哮は魔獣の生命力を知らしめた。

情報を受け取った近隣全ての生物は、格の違いに細胞レベルで恐怖した。

「ひっ…ひあっ…」

「ほらクガ君、危ないから立って」

腰の抜けたクガを優しく立たせる秘書。

イヴァナカカも誰かに何とかしてもらいたかったが、ジォガヘュとムバジャーは臨戦態勢。

魔王はニヤニヤして脅威を愉しんでいる。

イヴァナカカは黙って膝を震わせるしかなかった。

「ふん…ま、居るものは仕方ない。

やるか!!」

ジォガヘュは肩を回しながら気合を入れた。

どことなく嬉しそうにも見える。

争いに滾るのは古い悪魔の性だ。

一日千害の魔獣相手なら思う存分戦えるのだろう。

「邪魔」

「むふぅん…」

しかしムバジャーが冷たく言うと一気に消沈した。

「むふぅん…じゃない。

早く行け」

黒毛の塊から…背後からは毛しか見えないが、その腰の鞘から双剣が引き抜かれる。

ムバジャーは自身の髪に溶け込む黒い剣を左右に構えた。

単騎で魔獣を引き受けるつもりだ。

「わかりました。

必要ならサンシンやモムビマを呼んでください」

意図を察知した魔王が応え、一行は城へと向かった。


城はオフィスビルと異なり、多分に装飾的な造形となっている。

ところどころ突き出したバルコニーや庭園は足場に最適と言えた。

…飛び移って行ける者たちにとっては。

「ひい…ひい…ちょっと…お待ちあれ〜」

クガは人間と比べれば遥かに強い生物ではあるものの、やはり魔王らとでは見劣りする。

ひょいひょい数段超えで飛んだり壁を走ったりはできない。

おまけに下を見れば魔獣が吠えつつ大砲を乱射しているし、その音と揺れに気をとられ横を見落とせばトラップが飛んでくるし、上を見れば動きで格の違いを見せつけてくる3名がいる。

処刑になんかついて行きたくないが、ヤバい所に置いていかれたくもないクガは混乱の極みにあり、思わず変な言葉遣いになって弱音を吐いた。

「今さらだが…本当に連れて来る必要があったのか?」

爆弾もギロチンも設置されてないバルコニーで休んでいると、ジォガヘュが当然の疑問を発した。

軽蔑0g、気遣い100%配合の言葉。

「もちろん。

私が目指す改革とはまさにこういう事です」

何がまさにでこうなのかクガには全くわからないが、魔王の返答に気遣いが無いのはわかる。

それに苛立ったわけではないが、クガはズケズケ言いたい事を言った。

「あの…なんかみなさん楽しそうっスね?

ノリノリっつーか…。

なんでそんな…殺し合いしに行きたいんスか?」

ふーっ、とジォガヘュのため息。

これには若干の軽蔑が含まれていた。

「ノリノリなものか。

殺すのも殺されるのも嫌だわい」

「嫌ならやめりゃいいじゃないっスか?

やめないじゃないっスか?

あのモサモサ姉さんだって…」

ムバジャーの事らしい。

「あやつはまともじゃない。

恐らく生まれつきな。

自分でそう言っとった。

少なくともわしは戦いなんぞ好きじゃないぞ。

望んで武器を振るった例なぞ、えー…ちょっとしか無い」

「ちょっとは楽しんでるじゃないっスか!」

「場合にもよる!

全ての戦が同じと思わんでくれ!」

ジォガヘュの声が大きくなったのは怒っているわけではなく、ただ若者に嫌われまいと必死だからである。

貴族でも兵でさえもない小物に嫌悪感を向けられる事が彼にとっては大事なのだ。

ジォガヘュはまるで叱られた小悪魔のようにそっぽを向く。

そしてそっぽを向く過程で、ある事実に気付いた。

「小僧、お前の上司…遅くないか?」

バルコニーに揺れる乳は無かった。

皆で探すと3階下のバルコニー…の手すりに、抱きつくイヴァナカカの背があった。

「あゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔ」

震えている。

魔王が同じ手すりに降り立ってもまだ震えている。

「逃げるならせめて身を隠しては?」

「高い…」

返事になってない返事が返された。

どうやら逃げたわけでもバルコニーをシャキンシャキン鳴りながら薙ぎ払い続けるギロチンに怖気づいたわけでもなく、高所恐怖らしい。

そこはおよそ20階あたりの高さだった。

下は城の灯火や路面の街灯、そして戦火に照らされくっきり見える。

どんな間抜けにも落下時の衝撃が鮮明に思い浮かぶという事だ。

「アギャアアアアアアア!!」

魔王がイタズラ心でイヴァナカカの首を下向きにすると、もはや耳慣れた悲鳴が響いた。

「やれやれ…乗りなさい。

背負ってあげます」

「え…」

「背中で叫んだら捨てます」 

イヴァナカカは勇気を振り絞り小さな背に寄りかかった。

拒んだらその場で投げ捨てられかねないからだ。

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