第11話

「なんでまた来てんのよ」


 陽だまりのようなまどろみから目覚めれば、うんざりとした様子のあんずが目に入った。


「ん……サボるのにちょうどいいから」


 保健室には生徒も先生もほとんどやってこない。しかも、屋上みたいに雨風もやってこないし、柔らかなベッドだってある。


 なにより、ふくれっ面のあんずがいるし。


「ここ、病人が使う場所なんだけど?」


「最初にそういう用途以外で使いはじめたのは、そっちだと思うけど」


 わたしが言えば、あんずが「ムムム」とうなる。


 今日は木曜。あのお泊り会から4日が経ってるけれど、あんずは何も変わってないように見えた。いつものごとく、ツンケンとした目をわたしに向けてくる。


 わたしたちは裸じゃない。木曜なのに。


 出会ってはじめてわたしたちはこの時間にセックスしてない。


 でも、ベッドの上にいることはかわらないんだけどね。制服でだらだらしてるってだけ。


 わたしはぼーっとしてて、あんずは教科書片手に問題集と戦ってる。


「ちょっと! 動かないで、ズレるでしょ」


「じゃ、わたしのおなかを机代わりにしないで」


「それを言うならアタシのベッドで勝手に寝るな」


 あんずのベッドってわけでもないと思うんだけど。あっわきをつつくな、くすぐったい。


 わたしは起き上がって、いたずらなあんずの指から逃げる。その拍子にバラバラと教科書とかプリントとかがベッド中に散らばった。それどころか床にも落ちて、カラカラとシャーペンが転がっていく。


「ああもうっ!」


「そっちのせいだよ」


 と言いつつも、わたしはベッドから降りて、床に落ちたものを拾いあげる。シャーペンとか消しゴムとか。


「ほら」


「ありがと……」


「どういたしまして」


 起きあがった以上はそれ以上眠るのもなんだかなあって感じで。そもそもベッドの大半は、あんずとあんずの勉強道具に占領せんりょうされちゃって、寝るに寝られないんだけどさ。


「あ、そうだ。あんず」


「なによ。計算してるから話しかけてこないでほしいんだけど」


一華いちかさんがね、また来てよってさ」


「……うん」


 わたしはあんずを見る。おさなさを残したその顔は、教科書の文字をひたすらに追いかけていた。


 そこには、意識しないようにしているようなひたむきさがあって。


 やっぱりあの夜、何かがあったんだと思い知らされる。


 一華さんはあんずを呼び出して、何か話した。それが何かなのはわからない。でも、あんずを困惑させるものだったに違いない。


 だってそうじゃなきゃ、大好きな人に告白しないっておかしいもん。


 何があったんだろ。気になるけれど……。


 告白してないってことはあんずが教えてくれた。ということは、2人は付き合ってないわけで。まあ、それならいいのかな。


「今度、遊びに行きたいねとも言っててさ、なんていうか勝手だよね」


 パキリ。


 シャーペンの芯が折れる音がする。


 もしかして、あんずを怒らせてしまったのかと思ったら、わたしのことをじっと見つめてきている。


 その瞳は怖いくらいに揺れていて、かなり不安定。


「あ、あそびなら、いいわ」


「え」


 何かあったのに、遊ぶのか。言おうとしていた言葉がぴゅーっと逃げ出しちゃって、かわりのものをなんとか探す。


「じゃ、じゃあ一華さんに伝えておく」


「ううん。一華さまのお手をわずわせるほどのことじゃないっていうか」


「お手って」


 思わずツッコんじゃったけれど、あんずは気にもとめてない。前髪をくるくるさせて、わたしのことをチラチラ見てくる。


 え、なにこの雰囲気。


「は、ハサミを買いに行くだけだから……。そのっアンタだけで充分っていうか」


「それ、わたしを刺すためのものじゃないよね」


「ち、ちがうわっ。もっとこう、可愛いものが欲しいというかなんというか。わかりなさいよっ」


「なんもわからないんだけど」


 というか、ハサミにかわいいとかあるんだろうか。ピンク色だったりネコがプリントされてたりとかかな。


 あんずは頭をかきむしっていて、なにか腹立たしいことでもあるらしい。


ました顔してるけどアンタのせいなんだからねっ」


「え、わたし?」


「そうよそうっ! だから、買い物に付き合ってもらうから!」


「いつ?」


「え、えっとそれは……今からよっ」


「今まだ2限の途中だけど」


「いいから。来ないと殺すからね」


 そう言われたら、どうすることもできない。殺されたくはないしね。


 そうと決まると、あんずが荷物を学生かばんの中へと押しこんで、帰り支度したくをはじめる。わたしは支度っていうほどのことはない。ベッドの下に置いたスカスカのを拾いあげるだけ。


「手伝おうか」


「いい、もう終わるから」


 パンパンのカバンを持ったあんずがベッドから飛び降りる。


 それに続いてわたしも。


「じゃ、行きましょ」


「うん」


 わたしたちは並ぶようにして保健室を後にした。


 静かな廊下を2人して歩くのはこれがはじめてで、なんだか新鮮。


 昇降口をすぎ、グラウンドからの視線を避けるように中腰になって校門まで向かう。


「なんか悪いことしてるみたい」


「現在進行形でしてるのよ」


 確かに。でも、サボってるしセックスしてたしで今更な気がする。感覚マヒしてんのかな。


 わたしはスニーキング中のあんずの耳元に近づいて、ささやく。


「ドキドキするね」


「はあ!? なにバカなこと言ってんのっ」


「さっきのお返し」


 わたしはあんずの手をそっと取る。


 振りほどかれたら、すぐにでも離すつもりだった。でも、あんずは暴れたりはしなかった。


 それどころか、逆に握り返してくれて。


 わたしはあんずを見る。そのかわいらしい横顔はそっぽを向いていて、先っちょまで赤くなった耳しか見えない。


「……ありがと」


「な、何を言ってるのかしらっ! どこに文房具屋さんがあるか知らないでしょうから、案内してあげようと思っただけで――」


「じゃ、案内してね。かわいい後輩ちゃん」


 わたしがそう返せば、あんずはいつものごとくハサミを取りだした。

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歪んだトライアングル 藤原くう @erevestakiba

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