第22話 兄妹03

俺たちはフィーカに戻った後、すぐに穏界の病院へ向かった。碧の顔はかすり傷だけだったが、長く綺麗だった髪は絡まり、塊で抜けている所があった。右膝の横から出血していて、乱暴にされたのだと想像がついた。そして、碧は肋骨が数本折れているということが判明した。俺と同じく、蹴りを入れられたようだと医者は言った。



 俺は軽傷だったため、首に塗る軟膏と、医者の回復魔法を一回受けただけですぐに動けるまでに体力が回復した。碧が運ばれた病室に向かうと、先に新がいてベッドサイドの椅子に腰かけていた。

「体調はどう?」

「結構ギリギリ耐えてたが、十分話せるまで回復できた」

「さすが、普段から鍛えてるだけあるね」

「まあな」

 その場に立ち尽くし、完全個室のだだっ広い部屋の真っ白なベッドで眠る碧に目をやった。

「碧は?」

「何度か回復魔法を受けないと完全には治らないみたい。さっき一度受けたみたい。目を覚ますかどうかは本人次第らしい」

「そうか……」


母が死んだとき、碧はまだ六歳。すぐに母方の祖母の家に預けられ、俺は父親と二人で暮らすようになった。碧と一緒に遊んだ記憶はほとんどない。でも、年に数回会う程度でも、「おにいちゃん」と呼んでくれて、無邪気な笑顔をみせてくれた。俺が高校を卒業し、穏界で働くようになってからは会うことがなくなってしまった。

そして、数年ぶりに合った碧には年相応の元気や活力がないように見えた。たくさん我慢をして暮らしてきたという顔をしていた。

しかし、幼日の記憶は忘れていなかったのか、俺に自然に話しかける姿を見て、家族であることを再認識した。そして何よりも嬉しかった。言葉で具体的には表せないが、心臓がぎゅっと掴まれるような感覚だ。新と一緒に暮らし、日々苦労しながらも笑顔が増えていった碧を見て、俺も嬉しかった。大切な妹を傷つけてはならない、傷つけるやつは近づけない。そう思ってつい過保護になった時もあった。世間ではシスコンとか言う言葉で括られているがそれでもいい。俺の自由にさせろと思っている。


そんな大切にしてきた碧が、俺に恨みを持った奴にひどい目に遭わされた。なぜ俺ではなく碧なんだ。

俺のせいで、俺のせいで……


つい、歯を食いしばってしまっていた。隣にいる新が傍の椅子に座るよう促す。そうだ、俺も一応負傷者なのだ。

「碧は、俺の大切な家族なんだ……」

つい、こぼれてしまった。言うつもりはなかったのに。

「僕にとっても大切だ」

新が妙に上から目線で言い返す。その様子になんだかおかしくなって笑ってしまった。俺たち、本当は似た者同士なのかもな。

「ハハっ、こんなところでも張り合ってたら碧に怒られるぞ」

「笑顔になってくれてよかった。あまり思いつめなくてもいい、これは君のせいじゃない」

「そうかもな……」

 そう思いたい。


「……少し、聞きたいことがある」

碧と新が出会った時のことを。

新は少し黙った後、記憶をたどるように話し始めた。

何があったかはわからないが、雨に濡れてフィーカに訪れた時のことを。悲しい感情を纏っていたということも。

「一緒にいてやればよかったかな」

寂しい思いをさせていたのだろうか。辛かったのだろうか。その辛さを自分にも分けてくれていたら……。

「そんな顔しないでよ」

「すまない」

今自分はどんな顔をしているのだろうか。碧には見せられそうにもない。

 


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