第18話 成績優秀者

「アオイ?」

 繁華街、人の多い通りをフィーカに帰ろうと歩いている最中に後ろから声をかけられた。振り返ると、真っ白なロングコートを着たベルタが立っていた。かごバッグにたくさんの野菜が詰め込まれている。

「ベルタ……久しぶり」

「久しぶり‼ また会えてよかったわ~。今日は買い物?」

ベルタが私の周りを見回す。

「うん、そんなところ」

「そうなのね、私も。今日は学校も休みだし、これから帰って夕飯の下ごしらえしようと思ってたの」

「そうなんだ」

うんうんと頷く仕草をしたベルタは急に私の手を取り、握りしめた。

「そうだ‼ 今からうちに来ない? 昨日おばあちゃんがアップルパイ作りすぎちゃって……」

「いいの? じゃあお邪魔しようかな」

「やったぁ~、まだまだあなたのこと知りたいの‼ たくさんお話しましょ‼」


**


 温めなおされたアップルパイが目の前で芳香を漂わせている。傍に置かれた紅茶からは湯気が立ち上り、私の食欲をそそらせている。ベルタが私の前に座り、アップルパイを頬張る。

「今日も質問攻めにしそうな気がするわ」

ベルタが申し訳なさそうに笑う。

「私もベルタのこと知りたいから、お互い様」

「フフッ、そうなのね。じゃあ私から……。この前は過去のことを話してくれたけれど、今のことは話してくれていないわよね。私、あなたが今どうやって暮らしているのか気になって」

「今は……、穏界と人間界の境界に住んでる」

「えっ⁉ ってことはフィーカ?」

「え、どうして知ってるの?」

「私、何度か人間界に行ってるの。ただの興味本位なのだけれど。その時にあそこに行くのよ。境界って言えば、あそこくらいしかないでしょ。でも最近は人間界に行く人も少なくなって、人気もなくなっていたから心配してたのよ。店主の先代がね、私の祖父の友達で、結構よくしてもらってたの。」

「そ、そうなんだ。すごい……」

「で、今の店主に良くしてもらってるの?」

「まぁ、そんな感じ……」

ベルタが私の顔をまじまじと見ている。

「もしかして……一緒に?」

私が頷くと、彼女は食べていたアップルパイの欠片を皿の上に置き、立ち上がった。

「その話、もっと聞きたいわ‼」

彼女の瞳が爛々としている。そして私に顔を寄せ、耳元で囁いた。

「それで、どこまでいったのよ」

バッろ顔を引いた私を見て、ベルタは笑う。

「真っ赤‼」

そこから芋づる式に色々なことを根掘り葉掘りと聞かれた私は、一時間後にはぐったりとしていた。

「ご、ごめんなさいっ、つい」

ベルタが私の両手をとり、申し訳なさそうに眉根を寄せる。

「アオイも、私に聞きたい事あるんじゃないの?」

「うん、ある……」

「何でも聞いて」

「それもそうなんだけど、夕飯の下ごしらえはいいの?」

私は時計を指さしながら言う。夕方の五時を回ろうとしている。

「あ、すっかり忘れてたわ、ありがとう。料理しながらになるけれど、なんでも答えるから聞いてちょうだい」

「そうだなぁ~、魔法学校のこと知りたいな。どんな事学ぶのかなって気になって」

「いいわよ。そうね……、学校は初等部から高等部まであって、私は今、高等部二年よ。初等部では大体魔法の基礎を学ぶの。体の使い方、杖の使い方。あと、自分に合った杖を探し始めるのも初等部の頃ね。中等部では初等部で学んだ基礎に加えて、応用知識とより高度な魔法の実践演習。あと、自分の強みの伸ばしと、苦手の克服。高等部では将来の仕事を探しながら、将来に向けて自分の能力を一層高めるの。高等部で魔法の勉強を辞めちゃう人もいれば、専門学校に行って、より専門的な知識と能力を身に着ける人もいる。ざっとこんな感じかしら」

「魔法漬だなぁ……」

「そうね、魔法にヒタヒタなくらいよ。学校内でも順位があって、上位に入らないと授業料免除もなくなるの」

「ベルタは成績いいの?」

「実はね、今一位なの」

「すごい‼ トップじゃん‼」

「魔法使い一家だから……」

「じゃあ家族も学生時代に成績優秀だったんだ」

「私の祖父は、もう亡くなったのだけれど、あの魔法学校で歴代一位なの。まだ誰も祖父の上に行った者はいないくらい、優秀だったの」

「魔法学校ができてからの歴代の成績優秀者ってこと?」

「そうよ」

「ベルタは? その中に入ってたりするの?」

「自分で言うのもなんだけど、四位なの。すごいでしょ」

「すごいよ‼ もう宮廷魔法使いになれちゃうんじゃない?」

「あははははっ、まだなれないわよ、もっと修業が必要なんだから」

ベルタが時折こちらを振り向きながら笑う。

「学校にね、歴代の成績優秀者の名前が展示されてるの。一位はさっきも言った通り、私の祖父。二位はちょっと名前を思い出せないんだけれど、男の人ね。三位は現在宮廷魔法使いの取締役をしている有名な方。そして四位が私」

「二位の人は今何してるの?」

「それがわからないのよ。魔法学校で優秀な成績を収めた人ってね、大体魔法使いになった後に有名になったり、地位が高くなったりするのよ。でもその二位の人は今どこで何をしているのかさえ分からないわ。もしかしたら外国で働いているのかもなんて思っちゃったりしてる」

「名前は覚えてないの? 優秀なら、名前を調べればわかると思うんだけど……」

「そうね……何だったかしら、トゥ……、ト、」

ベルタは持っていた包丁をまな板の上に置き、考える仕草をする。

「あ‼ 思い出した、トゥラ、とかいう名前だったわね」

「は……?」

その名前は。

ベルタの言葉に一気に血の気が引いた。あのトゥラ? 人違いじゃない?

「ほ、本当にその名前?」

「そうね、間違いないと思うわ。穏界ではちょっと珍しい名前なのに、どうして忘れてたのかしら」

 間違いない。ベルタの言う男性と、私の知っている男性は同一人物だ。兄のあの言葉がよみがえる。



  古蔵忍。穏界名はトゥラ。一年前に三度目の逮捕をされている。いずれも人身売買でだ。そしてつい半年前、仲間との共謀によって脱獄したまま行方が分からなくなっている。




「どうしたの、そんな青白い顔して。もしかして生き別れた古い友人だったりする?」

ベルタが振り返り、近くに寄ってくる。

「い、いや、知らない人」

「そう……でもなんだか体調が悪そうに見えるわ」

「だ、大丈夫」

心配するベルタに笑顔を向ける。

「無理しないでよ……」

ベルタがキッチンに向かい、私に背を向ける。ドクドクと高鳴る鼓動は静まることがない。

私は衣服の上から胸を押さえ、深呼吸をした。次第に息が整ってきたが、頭の中は先ほどの話でいっぱいだった。

「ベルタ……、ごめん、やっぱり今日は帰るね」

ベルタが心配そうに駆け寄り、私の背中に手を添える。

「うん、長話しちゃってごめんなさいね、また体調がいい時にたくさん話しましょ」

 ベルタの家が見えなくなると早足で歩いた。なんだか心がもやもやして仕方がなった。

 古蔵忍が魔法学校で二位?

 そんなはずがないと脳ではわかっている。ベルタの言ったことが嘘だとは信じがたい。



「ただいま帰りましたっ」

肩で息をしながら店内に入ってきた私を、カウンターにいるアラタさんが不思議そうに見つめている。

「おかえり。どうしたの? そんなに急いで」

「あっ、あの、」

言うべきだろうか。穏界に親しいアラタさんはもうすでに古蔵忍の過去を知っているはずだ。

しかし混乱している。このモヤモヤをなくすために今すぐ誰かに吐き出したい。

「古蔵忍……は、魔法学校出身なんですか?」

ためらいがちに口から出た言葉に、アラタさんの目が見開かれる。私はテーブルとテーブルの間で立ち尽くしたまま、アラタさんの返事を待った。

「どこでそれを……? 調べたの?」

「この前仲良くなった子が……魔法学校に通ってるんです。それで……」

アラタさんが近くへ来るようにと私を促す。私はカウンターの傍の椅子に座る。

「古蔵……トゥラの現在のことは、魔法学校を含め宮廷内でも一切記録や新聞記事にされていない。学校側にも、宮廷側にも都合が悪いからな……。事情を知っている者は当然口外禁止だから、彼のことは表立って知られていない」

「え……」

「だから、その魔法学校に通っている子に、トゥラのことは教えてはいけない。わかったね」

アラタさんの手が私の左頬に触れる。そのまま頭まで上り、髪をなでる。

「はい……」

アラタさんの目が細められ、口の端が少し上がるのを見てホッとした。

「言うのを忘れていたんだけど、僕、明日は用事があって帰るのが夜になりそうだ。だから一人で留守番しててくれないか」

私が頷くと、ありがとうと言ってアラタさんは自分の部屋に向かった。明日の準備があるみたいだ。

 私はその場にとどまったまま、動けずにいた。アラタさんに話したのに、モヤモヤが解消されていないような気がする。

「心配しすぎかなぁ……」

立ち上がり、部屋に戻る。夕飯を食べて寝たら、明日には忘れているだろう。今日はもう何もせずゆっくりしよう。

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