第17話 プレゼント

紺色の紙袋の中身を何度も確認し、私は部屋を出る機会をうかがっている。そう、今日はクリスマスイブ。昨日繁華街で買ったプレゼントを絶対に今日渡そうと心に決めて早二時間。部屋の中を行ったり来たり、扉を少し開けて廊下の様子を窺ったりと、いつもより浮足立っている。プレゼントを渡す時のシュミレーションも脳内で同時に行っているため、独り言も多い。

「今か、いや、もうちょっと後の方が良いかな」

右手に持っている大きな紙袋が、歩くたびにガサガサと音を立てる。ソワソワしすぎて、完全に視界の隅に追いやられていた紙袋に、踏み出した勢いで出た膝が激突した。

「あっ‼‼」

紙袋の端が見事にへこんでしまった。

「やっちゃったかも……もう‼ こんなところでぐずぐずしてるから……」

これ以上私の膝や何やらで紙袋を傷つけたくない。私は思い切って廊下に出て、アラタさんがいる店の方へ向かった。

 アラタさんはテーブル席に座って新聞を読んでいた。私の気配にすぐに気が付いて手をこまねいてきた。私は持っていた紙袋を背中に回し、限界まで悟られまいとあがいた。そんなことをしても、私の身体の幅より大きな紙袋は隠せていないのだが……。

「おつかれさまです」

「おつかれ」

私は何気ない様子でアラタさんの前の席に腰かけた。アラタさんは新聞に視線を戻し、特に何も話す気がないように見える。足元に置いたプレゼントを渡す機会は今だ。

「あ、あの」

「?」

アラタさんが顔を上げ、こちらを見つめる。彼の目を見たら、今まで言おうと思っていた言葉がすべて抜け落ちた。

「……えと、その」

気まずくなってテーブルの上に視線を移す。今の私の目は確実に泳いでいるだろう。

「どうした?」

「いや、あの、」

思い出せ、思い出せ……。

駄目だ。もう今の、ありのままの言葉を伝えよう。

「いつも、ありがとうございます。ここにきて、アラタさんには助けてもらってばかりで、その、私が何かお返しできることないかなって考えて、あの……」

足元の紙袋に手を伸ばす。指先がかすかに震えている。

紙袋を膝の上に乗せ中身を確認するふりをして、次の言葉を考える。

「私、アラタさんの気持ちに対する答えをずっと渋ってきました……。今までそういう感情を持ったことがなくて、どういう感じかわからなくて」

紙袋に回した両手を強く握る。冬だと言うのに少し汗ばんでいる。

「感情に名前を付けて、一つの答えにするのが嫌で。私がアラタさんに抱いている感情は一つじゃないんです。感謝・尊敬・羨望、そして好意です。いままで何度も気持ちを伝えてくださってたのに、答えられなくてごめんなさい……」

ゆっくりと視線をあげる。もう一度、彼の目を見る。

ああ、この安心する色に私は守られたい。

「あなたがすきなんです」

アラタさんは少し驚いたような、でもどこかうれしそうな表情をしていた。そのままお互いに何も話さない時間が数秒訪れる。

「……ありがとう」

照れくさそうに笑う彼に、私は紙袋を差し出した。

「プレゼントです」

私のプレゼントを見た彼は、横の椅子に置いてあった包みをテーブルの上に置いた。

「ありがとう。僕からも」

深い赤色の包装紙で包まれたそれは、さほど大きくはない。

「ありがとうございます」

「開けてもいい?」

私が頷くと、彼は紙袋から箱を取り出し、丁寧にラッピングを剥がして蓋を開けた。

「わあ、コートか‼ ありがとう。実は欲しかったんだ。一着も持ってないからね」

彼は取り出したコートを広げてみて、ボタンをはずして腕を通した。明るすぎない紺色で、穏界の暖かく風の強い冬に合った厚すぎない生地。

「とても似合ってます‼」

「ああ、僕もそう思う。ありがとう、アオイちゃん」

アラタさんはコートを着たまま席に座り、私にプレゼントを開けるように勧めた。

ラッピングを剥がし、箱を開ける。そこには山吹色のマフラーが入っていた。

「ありがとうございます‼ うれしいです……。いつも首元が寒くて」

マフラーを首に巻き付ける。色もかなり好みだ。

「毎日着るよ」

「私も」

首元に巻いたマフラーは、なんだかアラタさんに包まれているように思えて心地が良かった。


プレゼントを渡す。言葉を伝える。それだけのことにどれだけ時間がかかったのだろうか。時計の針はすでに夕方の六時を指しており、私たちは並んで夕食の用意をして、いつもより少し豪華な料理を食べた。



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