―多重人格―

ぽこ

第1話 芽生え

親友が死んだ。

余命宣告はされていたから、わかりきっていたことだった。涙は出なかった。


「カイ、久しぶり」

「ハルト…!久しぶり!」

親友、カイはベッドから飛び起きる。

「おいおい、急に起きるなよ。危ないなぁ」

「ごめん、嬉しくて…」

無理もなかった。1週間も会えていなかったのだ。夏休みだからと、祖母の家に行っていたからカイとはずっと会えていなかった。いつ死ぬかわからないカイにとって、1週間とはとても長かっただろう。

「ほら、新刊買ってやったぞ。プレゼントだ!」

僕は紙袋から一冊の漫画を取り出す。

「えっ!ソードマスターじゃん!」

僕たちはこの漫画で出会った。刀を使ったバトル漫画だ。かなりマイナーで話せる相手がいなかったが、唯一話せたのがカイだった。そんな大好きな漫画を読めないなんて生きた心地がしないだろうと、僕はなけなしのお小遣いで新刊を調達してきたのだ。カイの喜ぶ顔が大好きだ。この顔をもうすぐ見れなくなると考えただけで、涙がこぼれ落ちそうだった。できるだけその事を考えない。それが僕が導きだした最適解だった。

カイが死んだのは病院を出てすぐだった。

僕はお見舞いを終えて、帰路についていた。その時、カイの母親から電話がかかってきた。

『ハルト君?今病院から連絡があって、カイの様態が急変したって…!』

カイのお母さんの声はとても震えていた。電話越しに車のエンジン音のようなものが聞こえる。おそらく、病院に向かう途中なのだろう。それに、焦りを感じていた。僕は道を戻り、無我夢中で走っていた。額に汗が伝う。

ついた頃にはもう遅かった。ついさっきまで微笑んでいた彼の顔は、純白の布に包まれていた。ベッド横にはさっきプレゼントした漫画が、ビニールで封されたままの状態でおいてあった。

…ト…ハルト――

誰…!?

勢いよく後ろを振り返る。誰もいない。廊下を通っている看護師が不思議そうな顔でこちらを見ている。気のせいだったのだろうか。

ハルト――

また聞こえてくる。いい加減にしてくれ…。腹立たしくて、一度目を瞑った。次目を開けたとき、そこは病室ではなかった。

(なんだ、ここ…?)

ただの白い部屋のようだ。家具などもなく、そこまで広い部屋でもなさそうだ。

ハルト――

思わず身構える。さっきと同じ声だ。後ろから聞こえてくる。振り返ると、そこには一人の青年がいた。

透き通るような蒼い瞳、綺麗に整えられた黒髪、160cmの僕よりも身長は15cmほど大きいだろうか。肘ほどまでに折られた袖のワイシャツに、黒いズボンなどと、かなりシンプルな身なりをしている。高校生のような顔立ちをしているため、制服のようにも見えた。

「…誰ですか?」

高校生とはいえ、学生だった為か先ほどまでの緊張感はほどけつつあった。青年は少し微笑みながら口を開く。

「初めまして、にのまえユヅキです。君のもうひとつの人格ってところかな。」

「は?」

訳がわからない。僕は僕ひとりしかいない。

「なんなんだよお前、ここどこだよ!さっさと帰してくれ!」

「混乱するのはわかるよ。少し、落ち着いて僕の話を聞いてくれないかい?」

大声で怒鳴ってしまった僕に対して表情ひとつ変えずに、ユヅキは話し始める。

「辛かったんだよね?もう大丈夫。僕は君を守るために生まれてきたんだ。君の感情から生まれる…。きっとこれからも増え続けるだろう。その度に、君の心は強くなるんだ。」

よくわからないが、兄のような暖かさで包み込まれ、僕はそのまま眠りについてしまった。

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