第2話 学園祭実行委員会
昼休み、学園の会議室には、学園祭実行委員会のメンバーが集まっていた。長方形の大きなテーブルを囲み、生徒たちが思い思いに席に着いている。窓から差し込む陽光は、秋の穏やかな気配を運び込んでいるが、部屋の中は、これから始まる会議への期待と緊張感が入り混じった、独特の空気に包まれていた。
エレオノーラは、ユリウスの隣に座り、手帳を開いた。彼女の長い銀髪が、さらりと肩を滑り落ちる。その手元には、ヴァイカルト家に伝わる銀のペンダントが、静かに光を放っていた。
「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます」
低い、落ち着いた声が響いた。声の主は、マティアス・シュルツ先生。学園祭実行委員会の顧問を務める教師だ。彼は、やや太めの体型で、いつもよれよれのスーツを着ている。黒髪のオールバックは、彼の年齢を実際よりも上に見せていた。
「今年の学園祭は、例年以上に盛大なものにしたいと考えています。皆さんの自由な発想と、積極的な参加を期待しています」
マティアス先生は、穏やかな口調で話し始めた。しかし、エレオノーラは、彼の目の奥に、何か別の感情が潜んでいるような気がしてならなかった。
「…それで、今年の出し物だけど…、何か良いアイデアはあるかしら?」
リディアが、ユリウスの方を向き、甘えるような声で言った。彼女の視線は、ユリウスに釘付けになっている。
「そうだな…」ユリウスは、少し考え込むような表情を見せた。「…今年は、何か、学園全体を巻き込むような、大きな企画をやりたいな」
ユリウスが言い終わる前に、別の男子生徒が興奮したように提案した。
「魔法を使った出し物なんてどうだろう?触媒を使って、火を出したり、水を出したり…、派手な演出ができると思うんだ」
「それ、面白そうね!」リディアが、目を輝かせた。「ユリウス君、魔法、得意でしょう? 何かやってみてよ!」
ユリウスは、苦笑いを浮かべながら、「いや、僕はそんなに得意じゃないよ」と答えた。彼は、リディアの視線をそらすように、エレオノーラを見た。
「もし、本格的な魔法の実演をするなら、学園に保管されている『迷いの森』産の触媒を使えば、すごいことができるかもしれないな」
男子生徒が、さらに提案を続けた。
「『迷いの森』の触媒?」
数人の生徒が、興味深そうに身を乗り出した。
「ああ、確か、普通の触媒よりも、ずっと強力な魔力を持ってるんだろ?」
「でも、扱いが難しいって聞いたことがあるぞ」
「下手に使うと、危険なんじゃないか?」
生徒たちの間で、様々な意見が飛び交う。
「まあまあ、皆さん」マティアス先生が、生徒たちを制するように言った。「『迷いの森』の触媒は、確かに強力ですが、生徒が使うには危険が伴います。それに、使用するには学園長の許可も必要です。今回は、別の案を考えましょう」
マティアス先生は、そう言って、話を打ち切った。しかし、エレオノーラには、彼の言葉が、どこか白々しく聞こえた。
エレオノーラは、黙って生徒たちの会話を聞いていた。彼女は、魔法や触媒に関する知識は豊富だったが、それを人前で披露する気にはなれなかった。ヴァイカルト家の人間として、「迷いの森」の触媒に関わることは、彼女にとって、あまりにも重い意味を持っていた。
「エレオノーラさんは、何かアイデアがありますか?」
マティアス先生が、エレオノーラに話を振った。エレオノーラは、意を決して口を開いた。
「私は…、学園の歴史をテーマにした展示を提案します」
「えー、つまんなそう」
リディアが、露骨に不満そうな声を上げた。エレオノーラは、リディアの言葉に、小さく傷ついたが、それを表に出すことはなかった。
「まあまあ、リディアさん。エレオノーラさんの意見も、最後まで聞いてみようじゃないか」
マティアス先生が、リディアをなだめるように言った。その声色は穏やかだが、エレオノーラには、その裏に何か別の意図があるように感じられた。
「…学園の歴史には、まだ知られていない謎がたくさんあります。それを解き明かすような展示をすれば、きっと面白いものになると思うんです」
エレオノーラは、自分の考えを説明した。しかし、他の生徒たちの反応は、あまり良くなかった。
「…もっと、こう、パッとするような、華やかなものがいいんじゃない?」
「…そうね。歴史の展示なんて、地味すぎるわ」
生徒たちの言葉に、エレオノーラは、肩を落とした。
「まあ、皆さんの意見も、もっともです」マティアス先生が、話をまとめるように言った。「…しかし、エレオノーラさんの提案も、一考の価値はあると思います。…時間もありますし、もう少し、色々なアイデアを出し合ってみましょう」
会議は、その後も続いたが、なかなか良いアイデアは出なかった。エレオノーラは、自分の意見が受け入れられないことに、落胆を感じていた。
「エレオノーラ、元気出して」
ユリウスが、エレオノーラに優しく声をかけた。「君のアイデア、僕はいいと思うよ。…もっと、具体的に考えてみようよ」
ユリウスの言葉に、エレオノーラは、少しだけ救われたような気がした。しかし、同時に、彼の優しさが、今は少しだけ辛かった。
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