三通のダイイング・メッセージ
飯田太朗
一、時宗院高校百周年記念
終戦後 SIDE先崎秀平
受験戦争、決着。
三月の卒業式前。
俺を含め多くの受験生たちが挑んだ大学受験という名の戦争は、終わりを迎えた。泣いた者、笑った者。いろいろいる。俺は……。
「秀平!」
ようやく春が見えてきたって言うのに、いきなりロシアの方からこの冬最強の大寒波とかいうやつがやってきて、ホワイト・クリスマスならぬホワイト・雛祭りになった三月最初の月曜日。
校門の手前。俺が鈍色の空に向かって白い息を吐いていると、いきなり背後から
「……お前、また体大きくなってないか?」
俺が朝の気怠げな顔を隠しもせずにそう訊ねると、宮重は「筋トレ、欠かさず続けているからな」と自慢げに笑った。「
「それより秀平、お前早稲田受かったって? それも政経!」
「ああ」
俺はハッキリしない頭で頷いた。
「第二志望だけどな」
「お前、早稲田政経で第二志望ってどんだけだよ。第一志望だろ」
宮重がへらへら笑う。
「相変わらず冗談ばっか言いやがって」
俺もへらへらした顔で応じる。
「あはは」
しかし宮重は感心したように、俺を持ち上げ続けた。
「すげぇよなぁ。お前努力家だったもんな」
気のせいだろうか、宮重の奴、目頭を熱くしている気がする。
「この厳しい受験戦争をよくやり切ったよ……」
「そういうお前はどうなんだよ」
と、俺が訊ねると、うーん、と宮重は難しそうな顔をした。
「早稲田の文化構想受かったんだけどさ。正直やりたいことは法律関係なんだよね。中央大学の法学部受かってるから、そっちに行くつもり」
俺は笑った。
「お前こそ早稲田第二志望じゃねぇか」
宮重が笑い返す。
「まぁな」
「お互い春には桜が咲くな」
「ああ」
深くて白い、ため息。二人でつく。
「長かったな」
宮重の言葉に俺は頷いた。
「本当だよな」
少しの間、歩く。校門を抜けて、校舎入口に向かって伸びる斜面をゆっくり歩く。もうすぐ卒業。この道を通るのも残り何回かしかないんだな。そう思いながら一歩一歩噛みしめていると、ふと宮重がこんなことをつぶやいてきた。
「お前さ、バイト興味ない?」
「バイト?」
時宗院高校は生徒のアルバイトについて特に規則を設けていない。だからこの話は別にグレーな話でも何でもなかったのだが、しかし宮重の奴は何だか「いけないこと」をする男子特有の、悪そうな顔を俺に向けると提案してきた。
「時宗院高校百周年記念のイベントって知ってる?」
*
時宗院高校百周年記念イベント。
受験戦争真っ只中の、「朝のホームルーム? うるせぇ、さっさと勉強させろ!」という空気の中で開かれる「担任の先生からの一言コーナー」で小耳に挟んだ言葉だ。世界史の単語集に首ったけだった俺だってそれくらいの情報は耳にしてるさ。産業革命の成り立ちを頭に入れながら聞いていましたとも。
何でも、大正時代から歴史の続く時宗院高校は、
その式典の名も、「世代を跨いだ同窓会『ジェネレーション・ホームカミング』」とのこと。だっせぇネーミングだがやりたいことは分かるのである種の最適解だろう。要するに、時宗院高校の卒業生なら誰でも参加OK。クラスも学年も世代も全部跨いで、「時宗院高校」という共通項だけのパーティを開きましょう。そういうことだと思う。
必然、ヨボヨボのジジイからピチピチの女子大生まで幅広い参加が予想される。取りまとめる人間は当たり前だが必要で、その幹事とも言うべき「ジェネレーション・ホームカミング実行委員会」が発足される運びとなった。
宮重の奴が俺に持ち込んできたのは、そんな「実行委員会」のアシスタント的アルバイトだった。早い話がパーティのホール担当、ボーイのお仕事ってわけだ。
悪くねぇと思った。時給を訊いたが破格の二千五百円。一応高校生のアルバイトなので夜十時以降は働けないのだが、パーティそのものが夕方四時スタートの十時半終わりとからしいので、十時以降の三十分には参加できないとしても実質六時間労働。一日の労働で一万五千円の収入。
これだけありゃあ……と、俺は考える。
俺の欲しいもの。
脳裏に浮かんで、だが一瞬苦しくなった。くそ、もっと頑張りゃよかった。
花純の顔を、思い浮かべる。
あいつ今頃、どうしてんのかな。
*
受験戦争決着組、延長戦組とで明暗がすっかり分かれてしまう……ほど、単純じゃないんだよな、俺たち高校生って。
特に時宗院は難関大学を目指す奴も多い。一浪東大くらいのことはやる人間も多いだろう。決意と失望とがないまぜになった顔をしている奴がちらほらいた。延長戦組、いや、覚悟を決めた組だ。
俺はため息をついて教室の中を見渡した。
するとクラスメートで、進路選択コースも一緒の
「しゅーへー久しぶり! どう、受験?」
この時期の受験の話題なんてなかなかナーバスなものなのに、躊躇うことなく切り込んでくるのが里音ちゃんのいいところだった。隠し事や上っ面のやりとりが苦手なんだよな。俺はにっこり笑う。
「とりあえず現役」
「ほんと? やったじゃん!」
「ありがとよ!」
「どこ?」
「早稲田」
「えーまじ? 私、明治!」
芸能人が多そうな大学だな。ミーハーなところのある里音ちゃんらしい。
「お互い桜咲いたねー! いえーい!」
ハイタッチ。俺は「あはは」と応じる。
「えー? 何かしゅーへー暗くなーい?」
「そうかぁ?」
俺は笑顔を向ける。
「俺様今日もバッチリ快調よ?」
「うふふ、よかったー!」
と、目の前の里音ちゃんを見て。
小柄だけど出るところ出てるから密かに男子人気の高い子だ。明るくて誰とでも仲良くするから根暗な奴にも人気。要するにモテる。そんな里音ちゃんなら、もしかして……!
「んなぁ、里音ちゃんよ」
俺はニヤッと笑って里音ちゃんに額を寄せる。
「恋愛相談乗ってくれる?」
「れれれ恋愛相談ー!」
里音ちゃんがピカーンと目を輝かせる。
「え、誰? どんな子?」
俺は里音ちゃんの耳に口を寄せる。それからそっとあいつの名前を告げると、里音ちゃんは首を傾げて「誰それ知らなーい」と目を丸くした。その驚きは多分、「しゅーへーならもっと可愛い子(=学年でも有名な子)と付き合うかと思ってた」というニュアンスだろう。百歩譲っても社交通の里音ちゃんが知っている女の子に違いないと思っていたのかもしれない。だが蓋を開けてみれば……というところなのかな?
しかし俺はあいつの周辺情報について話す。すると里音ちゃんはバッチリ合点がいったようにサムズアップすると「OK任せて。そこの根回ししとくね!」と笑った。
さて、その二日後である。
俺が
やはり、持つべきものは友達。それも、モテる女友達。
ん? 男女の友情は成立するかって?
そんなのケースバイケースだろ。確かに女友達を一度もそういう目で見ない男なんていないかもしれないが、でもそれと関係性を踏み込むのとは別問題じゃね? 女だって男友達に「オトコ」感じることだってあるだろうしさ。
それに、少なくとも俺は里音ちゃんのことそういう目では……そういう目では? ま、確かにかわいいよな。おっぱいでけーし。うん。
でもわりーな。俺には先約がいるんすわ。
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