風が吹けば

宇宙(非公式)

バス停で見かけた男

 風が吹いた。目の前を歩く男のマフラーが前方に強く震える。田舎のバスの待合所に座っていると、多種多様な人間が目の前を通った。男はその中の一人だ。

 薄いベージュのコートを着ていて、首は古びた紺とスカイブルーのマフラーに巻きつかれている。もう春とはいえ、まだ寒いのだろう。靴は薄汚れた黒いコンバース。おそらく利き手である右手にはレジ袋がぶら下がっていて、おそらくそうでない左手はコートのポケットに突っ込んでいる。年齢は、見た感じ十代後半から二十代前半らしい。何やら独り言のようなものがぼんやりと聞こえるが、何を言っているのか聞き取ることができない。


 暇を持て余した俺は想像する。

 あいつは多分、俺の音楽が嫌いだ。ロックなんて聞かず、ジャズやらクラシックやらの無駄にでかいレコードを得意げに流し、格好をつけて紅茶をちびちび飲みながらクソつまらない本を読む。

 そう考えると、あのレジ袋の中身は本かもしれない。この近くには本屋があったはずだ。

 多分学校では横柄な先生や生徒に怯えながら生きている。その証拠に眼鏡をかけている。



 もしかするとこう言う考え方もあるかもしれない。実は男は三十代で、新進気鋭の芸術家。眼鏡は変装?そうなるとレジ袋の中身は画材か新しいモデル。あるいはカメラ。

 どちらにせよクラシックしか聞いたことがない。多分、エリクサティのジムノペディなんか毎晩聴いているだろう。多分、俺と同じくらい芸術的センスはある。一瞬嫌なことがよぎったので、俺は瞬時に次の妄想に移行した。


 実はあいつは一人に見せかけて隣を透明人間と一緒に歩いているのか。そう考えると、あの独り言にも説明がつく。独り言なのではなく、会話をしていたのだ。デスノートの月とリュークのように、人にバレないように会話をしている。

 だとすると、レジ袋の中に入っていたものは二人分の食料、もしくは一人分の食料とりんごか。



 どれが正解か考えている最中、空気を読まないくせに、一時間に一本しか来ないバスが胸を張ってやってきた。だから田舎は嫌いなんだ。

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