おなごもにげる変態王国

磯部 たつじ

第1話 電車にて

電車に乗るとき、私は決めている。女の隣には座らない。それが俺なりの礼儀ってやつだ。だが、あとから彼女たちは座ってくる。何も知らずに。何の警戒もなく。まるで自分の縄張りだと言わんばかりに、当然のように。


ふわりと香るヘアオイルの匂い。甘すぎず、ほんのり湿ったような、洗いたてと寝起きの間にある香り。柔らかい髪が、かすかに揺れるたびに鼻先をくすぐる。俺は目を閉じる。いや、閉じざるを得ない。余計な情報を遮断しないと、まともでいられなくなるから。


ダウンジャケットの膨らみが、俺の腕にそっと触れる。軽い、ほんのわずかな接触。でも、それだけで充分なんだ。彼女の部屋にあったものが、俺の袖をかすめる。その生地に染みついた彼女の時間、彼女の温度、彼女の気配が、俺の繊維へと移っていく。静かに、確実に。


俺は動かない。ただ受け入れる。

ズボンの布地が、じんわりと突き上がるほどには。

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