第2話 再会
「この空気も懐かしいわね……」
車から降りて深呼吸。
あれから10年……黒羽は大学を卒業してこの町に戻ってきた。
それだけ経てば見覚えの無い物が増えるし、逆に見知った物が無くなっていたりもする。
後は本人の背が伸びたのもあるだろうか。
「しーちゃん……」
しかしこの朝霧家の外観はあの日と何ら変わらない。
白音と10年前にここ別れた。お互いに見えなくなるまで見つめ合って……
(いえ、今は感傷に浸る時では無いわね)
黒羽は軽く首を振る。
「……」
意を決してインターホンを押す。すると……
「はーい」
家の中から聞き覚えのある女性の声が返ってきた。
しかしこれは白音の声ではない。この声は……
「あらー、黒羽ちゃん。大きくなったわねぇ」
「お久しぶりです、おばさん」
白音の母だ。
「あの日の約束通り……しーちゃんを迎えにきました」
「えぇ、そうだったわね……」
「……? 何かありましたか?」
「いえ、会ってもらった方が早いわね。上がってちょうだい」
「お邪魔します」
白音母に連れられて家の中へ。
リビングに白音父が居て、あの頃と変わらない笑顔を黒羽に向けた。
(……いや、ちょっと驚いてる?)
「おぉ、黒羽ちゃん! 大きくなったなぁ……身長どれぐらいだい?」
「最後に測った時は200cmでした」
「そりゃあ……本当に大きくなったなぁ……」
「ふふ、おじさんより大きくなってしまいました」
正直お父さんは更に大きいから実感は薄かったけど……やっぱり私大きいわね。当たり前だけど。
と、厳つい父を思い浮かべて黒羽は少し微笑んだ。
「それで、しーちゃんは……」
「あぁ、白音は……」
「会いに行ってあげて。部屋は変わってないから」
「おばさん……? 分かりました」
白音に促されて階段を登る。
所々に自分の写真が貼られているが、それだけ白音が自分の事を好きなのだろうとしか思わなかった。
「しーちゃん!」
「……っ!?」
ドアを開けて声を掛けると白い毛玉がビクッと揺れた。
恐る恐る、と言った様子でモゾモゾと動く毛玉の隙間。
そこから覗く顔は紛れもなく……
「しーちゃん!」
「くーちゃ……わわっ!?」
間違いない、10年前の面影を残したままの朝霧 白音がそこに居た。
あぁ、やっと会えた。会いたかった……! と、思わず駆け寄って、抱き上げて、首筋の匂いを嗅いで。
「全然変わらない……いえ、髪は伸びたわね。あと、少し小さくなった?」
「ちょっとは大きくなったよ? くーちゃんがそれ以上に大きくなっちゃったから小っちゃく見えるだけだよ」
「そうね……200cmだもの、私」
「わ、凄い……おじさんもおばさんも大きかったもんね」
「しーちゃんは?」
「シロは……130、ぐらいかな? ホントにちょびっとしか伸びなかった」
「ふふ、それで良いのよ。大きくても小さくてもしーちゃんが世界で一番可愛いもの」
「……えへへ、ありがとう。くーちゃん」
「やっぱり大好き、しーちゃん……」
「うん、シロもくーちゃんが一番好き」
「ふふ……ふふふっ!」
「えへへへ……」
10年越しの再会に感極まって。
そのままベッドに腰掛けて、膝の上に白音を乗せる。
「くーちゃん……ちょっと苦しい」
「……っ! あ、ごめんなさい……」
慌てて力を緩める。
しかし白音は黒羽の膝から降りようとはしなかった。
「約束通り立派な大人になって帰ってきたわ」
「うん……」
「二人で暮らす家も用意してあるの。一緒に来てくれるかしら?」
「……ごめんなさい」
「……え?」
「んしょ」
思わぬ拒絶に黒羽は固まってしまう。
白音はそんな黒羽の膝から降りて、ポスンと隣に座った。
「しーちゃん、なんで……わ、私の事嫌いになっちゃったの……?」
「違うよ。シロはくーちゃんの事大好き、とっても大好きだよ」
「なら……!」
「でも、シロは立派な大人にはなれなかった。
くーちゃんとの約束を守れなかった。
一緒に暮らす資格、ないの……」
「何があったの?」
「……言いたくない」
「知りたいわ」
「やだ……」
「お願い」
「うぅ……」
黒羽に真っ直ぐ見つめられて、白音はたじろぐ。
10年前の約束を果たしにきた黒羽を、事情も禄に話さず拒絶する事は白音には出来なかった。
「あの後、くーちゃんが引っ越して……また、虐められるようになったの……」
「……っ!?」
「それでも最初は抵抗したし、人目の付く所なら浩太君や勝君が守ってくれた。
でもやっぱり男子だけではカバーしきれない所もあって……そんな時にね」
「……」
「女子トイレに連れ込まれて、抑え付けられて……再会の約束の為に贈り合ったペンダントを壊されて……っ!」
「しーちゃん……!」
黒羽は白音の華奢な体を抱きしめた。
白音は縋り付くように黒羽の服を摑む。
「その日から人に会うのが怖くなって、引き籠もりになって……
くーちゃんの写真が無いと安心出来なくなって……!」
だからこの家の各所に私の写真が貼ってあったのね、と納得する。
「写真があれば少しだけならお外に出れるけど……写真を失ったり壊されたりしないかって不安とストレスが大き過ぎるから長い時間は出れなくて……
中学と高校は通信制で卒業出来たけど、お仕事には就けなくて……っ」
「しーちゃん、もう良いわ。もう良いのよ……話してくれて嬉しいわ」
黒羽は白音を優しく抱きしめたまま頭を撫でる。
その10年前と変わらぬ優しさに、白音の瞳から涙が零れた。
「くーちゃん……! だから、シロは駄目なのっ!
立派な大人になれなかったから、くーちゃんに相応しくないからっ!」
「私は貴女がどんなしーちゃんでも大好きよ。
それに、しーちゃんは世界で一番可愛いんだもの。
こうして存在するだけで他の人間よりとずっと価値があるのよ?」
「……そう思ってるのはくーちゃんだけだよ」
「私が思ってるだけじゃ不満?」
「そういう訳じゃ、ない、けど……」
「しーちゃんは自分が釣り合わないから嫌だと思うのよね?」
「うん。このままだとただくーちゃんにお世話されるだけになっちゃうから……」
「それなら、私も全財産を手放すわ」
「……え?」
「貯金も、買った部屋も、車も、株も、不動産も……全部手放す。
これなら今のしーちゃんと同じよね?
また二人で一緒に、0から一歩ずつ再スタートしましょう?」
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