第7話 白いサンショウウオ


 子供の頃は幽霊を見たり不思議な体験をしたりしたが、そんなことは中学生になるとめっきり減った。卒業する頃には、怖い話が好きなだけの、ごくありふれた少年だった。


 そのままだったらよかったのだが、一〇年ほど経つと、突然、霊感が戻ってきた。大学時代から写真撮影が趣味だったのだが、やたらと心霊写真を撮るようになった。写真を撮ると、二〇枚に一枚ぐらいは不気味な顔が映り込んだりした。


 原因には心当たりがある。不気味なものを目撃したせいだ。


 僕は大学に進学すると、学生寮に入った。古びた木造アパートで冬場は隙間風に悩まされたものだが、それでも貧乏学生に家賃五〇〇〇円はありがたかった。


 今はもうなくなってしまったが、学生寮近くに雑木林があった。ゴミの不法投棄が相次いで、いつも悪臭を漂わせていたし、野良犬の住み家にもなっていて、夜になると遠吠えがうるさくて仕方なかった。


 不気味なものを見たのは、珍しく静かな夜だった。窓から雑木林を眺めていると、白いものが暗闇の中から這い出てきたのだ。体長五〇センチほどのそれは、よく見るとオオサンショウウオに似ていた。だけど、真っ白なオオサンショウウオなどいないだろう。


 僕は反射的にカメラを手にとり、急いでレンズを向けた。フィルムが尽きるまでシャッターを押しまくった。しばらくすると、その白いやつはのろのろと雑木林の中に消えた。


 白い蛇は神の化身とかいうが、白いオオサンショウウオもその類だろうか。いや、そもそも、オオサンショウウオの生息地は渓流や小川のはずだ。街中の雑木林にいるわけがない。聖なるものでないのなら、おそらく悪しきものなのだろう。


 その考えが的中したのか、数日後にプリントした写真には、まともな一枚もなかった。白と黒のぐじゃぐじゃした渦がいくつも映っているだけだ。こんな写真を撮ったのは、後にも先にも初めてである。


 心霊写真を撮るようになったのは、それからだ。風景写真のありえない場所に人の姿が映っていたり、スナップ写真に不気味な顔が映り込んだりするようになった。


 さらに、決定的な出来事が起こる。寮生の先輩に頼まれてスナップ写真を五枚ほど撮ったのだが、そのうちの一枚が衝撃的だったのだ。


 先輩の顔が黒くなっていた。目や口はなく、墨を塗りたくったように真っ黒である。すぐに、子供の頃に見た幽霊と同じだと思った。


 だが、先輩は生きている。幽霊ではない。なら、今回はちがうのか?


 結論から言うと、どうやら、ちがわなかったようだ。先輩は合気道部の頑強な人だったのに、健康診断で内臓の異常が見つかった。ただちに入院して、急速に容態が悪化。半年後には帰らぬ人になった。


 あまりにショックだったので、それ以降、写真を撮るのは止めた。それは今も変わらない。


 スマホで気軽に写真を撮れる時代になったけど、通話しか使わないから、僕はガラケーで充分である。


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