第2話 盗賊
「おっ、道がある。」
2時間ほど歩くと、アスファルト舗装はされていないものの、土が踏み固められた道に出た。
道があるということは、この先に人の暮らしがある可能性が高い。
「やっと、これが使える……」
【自転車シール】──かご付きの街乗り用自転車(7段変速付き)
実体化させた自転車に跨り、土の道を走り出す。
「ああー、最高に気持ちいい……」
ペダルを踏み込んでみてわかったが、かなりの速度が出る。
おそらく【シール】によって基礎能力が向上しているせいだろう。
風を切る心地よさを味わっていると、前方に人影が見えてきた。
「よかった、人が……あっ、やばい。自転車は目立ちすぎる」
慌てて自転車をシール化して歩き出すと、その人影に近づくにつれ、森の中から別の数人が現れて囲まれた。
胸の奥に、嫌な予感が走る。
「変わった服着てるな。貴族か? いや、貴族が一人で森にいるわけないよな。はっはっはっ」
一人が笑い出すと、他の連中も同じように嘲笑を始めた。
全員がナイフを手にしている──間違いない、盗賊だ。
「その服脱いで、持ち物全部置いてけ。そうすりゃ見逃してやるよ」
人生で初めて刃物を向けられた。
怖い。だが、それ以上に腹が立った。
思い出すのは、小学生の頃。
女の子をからかうクラスメイトたちに腹を立て、俺はその主犯格の顔面を拳で殴り飛ばした。
その時も、周囲は俺を笑い者にした。でも俺は、自分が正しかったと信じている。
そして、今──
俺は30歳になり、刃物を持った相手は現実に命を奪いかねない存在だ。
だが、逃げるわけにはいかなかった。
ここで屈したら、自分の誇りまで失ってしまう気がした。
ドクン、と心臓が高鳴る。
だが、意識は研ぎ澄まされ、水中に沈むように冷静になっていく。
俺には、石を割るだけの力がある。
そして、今、奴らは無防備に俺を舐めている。
一番近くの盗賊の顎を狙って、拳を突き出した。
ズバッ。
乾いた音が鳴り、その男の頭が時計回りに回転する。
「ぐばっ……!」
男は血を吹き出して膝をついた。
「て、てめぇ……!」
次の瞬間、脳裏が真っ白になる。
まさか、こんなに簡単に──
胃の中が込み上げる感覚を押さえ込みながら、カバンから包丁を取り出す。
残りは15人。
俺は自分に言い聞かせた。
(生きろ……生き残れ……!)
次に近づいてきた盗賊に包丁を突き刺す。
胸元に、まっすぐ──。
男は悲鳴すら上げられず、地面に崩れ落ちた。
「次だ」
倒れた男の体を踏み台にして跳躍。
空中から、次の男に向かって飛びかかる。
「ひええええっ!」
悲鳴を上げたその男に、包丁を深々と突き立てた。
振り向けば、別の盗賊がナイフを振り上げている。
「死ねぇ!」
包丁を握り直し、跳び蹴りで相手の体を押し返すように地面を転がり回避。
起き上がりざまに脇腹を一閃。
血が噴き出し、男はその場に倒れた。
「お、おい……なんだこいつ……!」
俺は無言のまま、次々と包丁を振るった。
気づけば、地面は血の海。
盗賊の死体が10体転がり、残りの6人は森の中へ逃げ去っていた。
緊張の糸が切れ、胃の中のものを吐き出す。
「くそ……気分悪い……なんなんだこいつら……」
その場にへたり込み、しばらく動けなかった。
少しして、ふらふらと最初に倒した盗賊に近づく。
「試してみるか……“シール化”」
男の死体が光に包まれ、代わりに一枚のシールが地面に残された。
【盗賊シール】──素早さ+1
「……本当に、できた」
他の9人も同じ【盗賊シール】になった。
俺は一枚ずつ、シールを剥がしていく。
そして──
「……ん? なんだこれ」
地面に、新しいシールが落ちていた。
【鑑定シール】
「盗賊レベルが10を超えたからか?」
すぐさまシールを剥がしてみると、ステータスウィンドウが目の前に現れた。
---
【中村鉄男/30歳】
力 7
防御 4
素早さ 14
知力 6
魔力 1
運 6
シール化スキル:
盗賊Lv11(素早さ補正・盗む補正)
戦士Lv1(力補正・剣術補正)
魔法使いLv1(知力補正・魔法威力補正)
鑑定Lv1
---
「おおお……ゲームみたいだ……。盗む補正って、どこで使えるんだ?」
その後も、鑑定スキルで周囲のものを確認しながら歩いていくと、道の先に村が見えてきた。
「……村だ。あの盗賊たちは、この村の人間を狙っていたのか……?」
村の門へ近づくと、門番の兵士に声をかけられる。
「おい、そこのお前。どこの者だ?見ない格好だな」
「俺は……中村鉄男。しっ、商人です」
「商人?へんてこな格好の商人だな。売り物を見せてみろ」
ポケットから、家にあったレトルトパンを取り出す。
「これを……」
「パン?……やわらけぇ!?なんだこれ!うまっ!もっとくれ!」
「いえ、それは売り物です。代わりに、この村のことを教えていただけませんか?」
「そうか、話はわかった。俺はヴァンス。この村はウーメラ。ここはソルズ国の末端にある村だ。お前が来た方向から考えるとブライス国からか?よくこんな遠くまで来れたな……」
ヴァンスに商会を紹介してもらい、村に入る。
300人ほどが住む、そこそこ大きな村らしい。
商会に入ると、ガラス細工のグラスセットを金貨6枚で売却できた。
感覚的には、日本円で60万円──買値は2万円程度だったはずだ。
貨幣価値も確認できた。
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白金貨 100万円相当
金貨 10万円相当
銀貨 1万円相当
銅貨 1千円相当
鉄貨 100円相当
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地味な服を求めて服屋へ向かい、金貨1枚を支払って買い物を済ませた。
お釣りとして、銀貨9枚と銅貨5枚を受け取る。
そして、宿屋へ。
「いらっしゃい。一泊、銅貨5枚。食事は鉄貨5枚追加だよ」
「それじゃ、一泊と食事つきで」
「へい、まいど!」
案内された2階の部屋は、ベッドと小さなテーブルがあるだけの簡素な部屋だったが、安心できる空間だった。
「あー、疲れた……」
ベッドに倒れ込み、そのまま意識が途切れる。
---
朝。
目覚めた瞬間、目の前には変わらない天井。
「……やっぱり、ここなんだ」
今日は、まだ実体化していない2枚のシールを使ってみるつもりだ。
1階の食堂で朝食をとると、固いパンと薄いスープだったが、腹は満たされた。
「さて……試すか」
まずは1枚目。
【猫シール】──異世界の猫。太り気味で人懐っこい
剥がすと、見慣れた茶色い猫が現れた。
「モカ!」
「ニャー!」
異世界の見知らぬ場所に驚いたのか、モカは尻尾を膨らませて固まってしまった。
だが、背中を撫でると、いつものシャチホコポーズになる。
「よしよし……よく帰ってきたな」
そして──もう1枚。
【メイドシール】──あなたの言うことをすべて聞くメイド。
家事・経理に長けるが戦闘能力は皆無。
ステータス:
力 1
防御 2
素早さ 13
知力 55
魔力 1
運 76
「これは……人が出てくるタイプか?」
剥がすと、目の前に女性が現れた。思わずお姫様抱っこで受け止める。
「ご、ご主人様……ですか?あなたが、私の?」
「まぁ、俺が呼び出したのは確かだな」
「想像とだいぶ違っておりましたので……驚いてしまいました」
「そう言われてもな……」
少しやりとりをした後、俺は彼女に名前を与えた。
「マリア、というのはどうだ?」
「はい、ご主人様。マリアとして、尽くさせていただきます」
この世界での常識もあるという。
俺は彼女に金貨を渡し、必要なものの買い出しを依頼する。
「任せてください。ご主人様の生活、完璧に整えてみせます」
マリアは、キリリとした目元に知性が光る、見た目も性格も美しい女性だった。
だが、何とも調子を狂わせる言動も多く、掴みどころがない。
俺は彼女の姿を見送りながら、村の外へと足を運んだ。
「さて、魔物探しに行こうか」
だが──
早朝から昼まで森を回っても、魔物には一匹たりとも出会わなかった。
「ガチでいねぇ……どうなってるんだ」
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