Ⅱ.Ich liebe dich

 基本的にわたしは毎日毎日殺しに出るわけではない。仕事が入った時に都度出勤するのがわたしの勤務形態で、それ以外の時はトレーニングに当てていることが多い。仕事柄、身体を常に鍛えておかないと無駄な死が増えてしまう。

 シャルの方はどういった契約を交わしているのか分からないが、わたしの付き添い以外にも翻訳関係も担っているらしい。あれだけ博識ならこんなところでなくても働き口はたくさんあるだろうに。変わり者にもほどがある。

「銃の扱いなんて貴族の娘が学ぶかね」

 戦時下ならともかく、この国もシャルの母国もしばらく大きな戦争はない。いいところのお嬢様が両手撃ちで、銃弾を百パー的に当てるっておかしいでしょ。経験がないとは思えない……。

 最低限の護身術を覚えてもらう目的で、シャルの時間があえば面倒をみることもあるがあまり教えることはなかった。

「まさか同業者なんじゃ……?」

 こいつ、出生偽ってるんじゃ。

 そんな疑問を抱くくらい器用な奴だった。

「いやいや。私ちゃんとしたところの出なんで。コレの扱いは本を読んで覚えました」

 こうゆうのを天才と言うのだ。ふつうは本を読んだだけで銃を扱えるようになりはしない。おおよそわたしが寝ている時に練習でもしているのだろう。

「でも、練習の的って止まっているじゃないですか。よほどのブッキーじゃなければ当てられますよね。……そうだ。先輩、ちょっとその辺走り回ってください」

 シャルが銃口をこちらに向けてくる。いくらわたしが生き返るからって本当にひどいやつだわ。

「嫌だよ、無駄に殺すな」

「いい練習になると思ったんですけどねぇ」

「死んで治るつったって痛いものは痛いの」

 それに当たりどころが悪ければ死ぬこともできないし。あれ、ほんっと苦しいからイヤ。半殺しというのが一番辛いのだ。

「先輩って、例えば心臓を貫かれたままで放置するとどうなるんですか?」

 こいつは何でわくわくした顔なのかね。

「死んだままだね」

 わたしの身体は完全に死んだ状態にならないと蘇生することはできない。不死身のように見えるが弱点だって存在する。

「死なない程度に、お腹にグッと突き刺したままだとずっと痛い感じです?」

「そんなこと知ってどうするのさ」

 ずっと痛い感じですけどね。

「いいえ。そうゆう時のために私なんだなーって思い直しただけです」

 わたしの蘇生にも条件があるから一人で行動するには確かにリスクを伴うので、だから、たぶん、シャルの同行が許されたんだと思う。詳しくは聞いていない。タイミングがよかったことは分かる。運よく現れた少女にわたしのトリガーになってもらおうとしているわけだ。

「先輩がどうしても言うこと聞いてくれない時は、四肢に釘でも打って内蔵開けばいいってこですよね」

「いつの時代の拷問なのそれ」

 経験しているだけに、もう一度味わいたくない。

「そんなことしなくても先輩優しいですから、きっとお願い聞いてくれますよね?」

「バカでも分かる。それはお願いじゃなくて脅迫だよ」

 拳銃の手入れまで本で読んだのか、慣れた手付きで分解して磨いていくシャル。

「慣れたのは先輩が汚したやつを見様見真似で掃除したからです。知識じゃなくて先輩のだらしなさです」

 わたしは生に執着しないせいか――言い訳かもしれないけど――身の周りのものへの関心も薄い。片付けもそうで、シャルが来てからは一切掃除にも手を付けていない。

「こんなものですかね」

「几帳面だねぇ」

「ジャムったら困るじゃないですか。メンテは基本ですよ」

 「さて」と一言前置きをし、準備してたように「先輩」と笑顔が呼びかけてくる。

「お仕事に出かけます」

「いってらっしゃい」

「違いますー。先輩のお仕事です」

 それならそうと最初に言えばいいのに。今ではわたしの仕事もシャルが受注してきてくれるようになった。

「今回はですねー、ちょーっとばかし遠いので着替え多めに用意しといてくださいね」

 説明が面倒くさいのか指示書をひらひらと突きつけてくる。

 ……いつもは誰かしらの顔写真が記載されているにも関わらず、今回は文字だけ。珍しい。よほど堅い仕事と見た。

「私の地元なんですよ。顔も場所もばっちりなんで任せてください」

 細腕の力こぶには説得力がない。

 元から仕事をなぜか楽しむタイプのようだけど、今回はいつもに増して陽気な感じがする。地元に帰りたいと聞いたことはないが、なんやかんや嬉しいのかもしれない。

「この国の料理は美味しくないものが多いですからね。さすがの先輩もきっとびっくりしますよ」

 今回の標的はプロでないようだけど、どの程度用意が必要だろうか。国が違えば現地調達のハードルは上がる。少し多めに用意するべきかもしれない。

「わたし顔出してくるから」

「あーはいはい。先輩の荷物まとめておきますね」

 任務の前と後。どちらかと言えば前に会う方が気が楽だった。別に逃げられるわけじゃないのに。

 それでも一度ここを出られるなら。

 出た先に行き着く場所はないけれど。


 まともな教育を受けたこともなければ、学ぶ姿勢に前向きになったこともないので自分が今地図上のどこにいるのか分からない。一つ目の国境は問題なく越えた、らしい。シャルが全て案内してくれている。わたしたちは車を使って目的の国へ移動をしている途中だ。

「最近は物騒なんでうちの国も厳しいんですよー」

「よくそれで国外に誘拐されたよね」

 それだけ攫ったやつらは手練れだったのだろう。しかし、わたしに壊滅させられるんだから殺しの方がプロじゃないらしい。

「あっちの依頼主が国外のお金持ちでしたからね。世の中お金ですよ、お金」

 わたしたちの仕事も大金をもらってやっていることだから否定できない。

「と言っても今回は二人で国越えですから。ささっと抜けましょうね」

 疲れた様子も見せずに涼しい顔で運転していたシャルが突然車を停めた。雑木林の路肩。通行は他になし。

「先輩はこのままでいいですよ」

 わたし、殺されるか売られるかするのかな。

 前者は無駄だとして、後者はありえなくない。

 シャルを疑ったことはないが、信じているかというとそんなわけでもなく。一緒にいることを容認されているならいいかという感じで。シャルが裏切った際にはきっちろけじめをつけないといけないなくらいには思っている。

「別に怖いお兄さん方に売り飛ばすわけじゃないですから。信用ないなー」

 警戒するわたしを見てシャルは白い溜め息を吐きながら、髪の毛まで凍りそうな車外へ出て行く。

 左に回ってトランクをいじりながら、しばらくしてフロント側にひょっこりと出てきた。似合わない工具箱を持って。

「あーなるほどー」

 彼女はナンバープレートを取り替えているところだった。

 言ってくれればわたしがやったのに。

 遮光ガラスになってはいるものの、さすがに前面からならある程度外からでも見える。鼻先を真っ赤にした少女が小さく手を振ってきた。

「寒そう」

 わたしは冬があまり得意ではない。だから冬の仕事は好きじゃない。今日も寒い国に行くというのがすごく嫌だった。

「やー寒い寒い! 寒いですよ!」

 シャルは運転席ではなく後部座席に戻ってくるなり、また慌ただしく動く気配がする。ちらりとミラーで確認すると、

「なんで着替えてるの?」

 普段の格好とは程遠い、わたしに近い暗くて安っぽい服に着替えているところだった。普段のひらひらした格好とはずいぶんと印象が変わる。

「てゆうか、その服わたしのじゃない?」

 シャルが一生懸命着替えているのはわたしの普段着だった。

「こう見えて私って祖国では死人扱いなんで、けろっと帰っちゃうのは色々問題あるんですよ。そこそこの貴族階級でしたし」

 少しほつれかかったニット帽もわたしのものだった。

「背丈ほとんど変わらないんで拝借しました。さすがに足のサイズは合わなかったんで買いましたけどねー」

 運転席に戻ってきた彼女の足元は、たしかに他のものに比べれば小綺麗で浮いている。

「浮足立つとはこのことですね!」

 上手いこと言ったつもりらしい。有頂天気味なのは伝わってくるが面白くはない。

「先輩の服、全然先輩の匂いしないんですけどー」

 袖に鼻を近づけてわざとらしく嗅ぐ。恥ずかしいから本人の前でそうゆうことはやめていただきたい。変態みたいだぞ。

「そりゃ君がすぐ洗濯するからでしょ」

「血がついたままはさすがに嫌じゃないですか。どこのどいつか分かんないし。常日ごろからもっと綺麗に殺してくださいよ」

 過酷な状況下で無茶なことを言う。

「でもこんな格好だと寒いんじゃないですか? 今度厚手のコートでも見繕いましょうか」

 シャルは布地を触りながら、寒そうに肩を震わせた。

 そして一度外に出て運転席に戻ってきたシャルはシートベルトを締め直し、ゆっくりと右足に力を込めていく。

「いいよ。動きづらいの嫌だし」

「お高いやつは軽くて暖かいんですよ?」

「でもすぐ破けるし汚れるからいいよ」

 身体は治っても身につけているものまでは直らない。あまり高級なものを着てもすぐにダメになってしまう。

「こんな職業なんだから稼いでるんでしょ。ケチくさいですね」

「ホットドッグで喜ぶ貴族さまに言われたかないよ」

 いつの間にか車は舗装されていない道に入り、一気に乗り心地が悪くなる。しばらく走り進んだところでシャルが地図を確認した。

「もうそろそろ国境越えますね。念の為そこの双眼鏡で周り確認してもらっていいですか」

 蓋の壊れたコンソールから最新式の双眼鏡を取り出し、揺れる視界に吐き気を覚えながら左から右へと視線を回す。

「います?」

「いたらどうしろと」

「そりゃ報告されちゃ困りますからね。みんなぶっ殺ですよ」

 今回は平和にいけそうだ。

「つまんないですね」

「シャルは……結構サイコパスだよね」

「平然と死にながら殺しをやってる方に言われたくないです。私はですね、別段人が死ぬところなんて好きでもないし、血生臭いのとか嫌いです」

 それならわざわざわたしについてこなくていいのに。お金も未だ持っているようだし。

「街に着くまで暇ですよね。何かしましょうか。この前の勉強のおさらいします?」

 もしかして外国語――シャルの母国語――を無理矢理教えてきたのはこの日のためだったのか。

「私が問題出しますから訳してくださいね」

「ぇ、やるなんて言ってない……」

「愛しています」

「どうも」

「違いますぅ。訳して言ってくださいよ」

「んなの習ってないよ」

「毎晩寝る前に囁いてますよ」

「なんか聞こえると思ってたのそれか!?」

「刷り込みってやつです。ちょっとは私のこと好きになりました?」

「なったなった」

「うわぁ嘘くさい」

 安全圏まできたと思うと一気に眠たくなってきた。長時間運転してもらっている手前あくびを遠慮気味にしたら喉が鳴った。

「寝てていいですよ。なんかあったら車で突っ込んで起こしますから」

「最悪な目覚めだな……」

 自然と視界が狭くなり、素直に提案を飲むことにした。

「ナハティ」

 これは、いつもと違う台詞だ。


 ◆  ◆  ◆


 目が覚めたのは彼女に起こされるよりも前だった。仕事ということもあってが自然と目が覚めた。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 運転をしながらちらりとシャルがわたしに目をやってくる。

「んぁ、……シャルの方こそ寝てないんじゃないの」

「先輩は気づかなかったみたいですけど、途中で違法駐車して仮眠とってますから」

 たまにこの子は全力で走り抜けるから信用ならない。目の下にクマとかはないようだけど、今回のシャルはちょっと浮かれているところがあるからなぁ。

 無事、わたしたちは目的の街まで潜入することができた。街の人たちはこの後人が殺されることもしらず、のうのうと過ごしている。

「女の子一人亡くなっても、やはり街並みはなーんも変わらないですね」

 信号で止まった時にシャルがため息まじりにつぶやいた。

「百人死んだって変わらないところもあるさ」

 組織を壊滅させたって、それが裏の話なら表舞台に影響はない。表向きは。

「そろそろ近いの?」

 シャルが裏路地に車を停めた。裏路地にいるにも関わらずかなり人の賑わいを感じる。

「そうですねー。頑張れば歩けないこともないくらいです」

「じゃあ、もう少し近くまで行ってそこから……」

「もう。先輩はほんと計画性がないんですから。決行は明日です。今日はすでに抑えてもらったホテルに泊まりますからね」

 いつも先に先に仕事を片付けてしまう質なのでもどかしい。依頼は屋敷にいる全員を殺すこと。この後夜に伺えば終わりそうなものだが。

「明日がいいんです。明日の夕方以降なら必ず家族全員、おそらくハウスキーパーたちも諸々いますから」

「諜報なら君の方が向いてそうだね」

「そんなことないです。これこそ人生の経験ってやつですよ。……さぁ、宿へ行く前に温かい紅茶でもいただきに参りましょう」

 コーヒーが飲めなくて申し訳ない。みんな美味しそうに飲むけどさ、わたしはすっごい胃が荒れるんだ。なんでみんな平気な顔するの?

 ホテルに向かうため再び車が動き出す。

「本当なら堂々と腕でも組んで歩きたいんですが」

「シャルはひっつくの好きよね」

「先輩にしかひっつきませんよ?」

 横から腕がにゅっとこちらに伸びてくる。

「危ない危ない」

「心配してくれるんですか?」

「知らん人殺したら怒られる」

「あ、そっちですか」

 まず、シャルみたいなタイプはなかなかしぶとく死なないものだ。初対面の時もあっけらかんとしていた。わたしに言われたくないだろうがまともな神経じゃない。

「か弱い乙女なんですけどー」

「か弱い乙女はそんな雑な運転しないよ」


 その日の夜、いつも以上によくシャルが喋っていた。故郷にいるせいか、やけに緊張も見られた。

 朝はいつも通りにわたしより早かったけど、ずっとそわそわと動いている気配がしてこちらまで落ち着かなくなる。

「留守番しててもいいけど」

「えっ!? 何でですか!?」

 噛みつく勢いでシャルが迫って来る。近い近い。

「だって。いつもよりはしゃいでるから」

「大丈夫ですよ。ちょーっといつもより緊張してるだけなんで!」

 なにやら裏はあるんだろう。

「申し訳ないけど、わたしハメられたら躊躇なくシャルのことでも殺すよ?」

「ハメる予定ないですが、まぁ先輩になら殺されてもいいというか、殺されるなら先輩がいいというか」

 置いていきたいけどついてくるよね。

「まぁまぁ。そのですね、顔が分かるというか多少親交があったと言いますか。ほらー、こうゆうこと言うと疑われるじゃないですか。ここで裏切るくらいなら初めから連れてきませんて」

「……知り合いが目の前で殺されても平気なんだ?」

「知り合いって社交界レベルです。貴族のうすーい繋がりですよ」

 それでも普通だったらいい気持ちはしない、というかこんな有頂天にならないと思う。

 まだ陽は昇っていない。

 朝と言えども起きたタイミングだから朝と表しているだけで、日の出まで時間はある。わたしの場合奇襲をしかけることが多く、出勤は早い。

 微妙に声まで上擦りかけているシャルの運転で目的地近くまで移動。さすがに警戒をしないほどわたしもバカじゃない。地図は苦手だができないわけじゃないのだ。

「裏側から入りましょう」

「裏からって、結構塀が高いんだけど」

 有刺鉄線はもちろん電流もビリビリしているのでは。わたしでも下手すれば一度死ぬし、シャルが登るには高過ぎる。

「さすが金持ち……ってシャル?」

 隣にいたはずの気配が消え、慌てて周囲を見回す。

「なにしてんの!?」

 小声で裏口の鍵をいじっているシャルを咎める。しかし、わたしの焦りなんて感じる暇もなく重厚感ある扉は開いた。

「ピッキングですよ」

 嘘つけ。ポケットから出した鍵で開けていた。

 屋敷の扉だってそうだ。

「……まだ誰も起きてないですね。でもメイドの起床時間はもう少しかも」

 今まで潜入した建物でも群を抜いてでかい。そもそも貴族の屋敷丸ごとターゲットなんてなかった。基本的にわたしの仕事はアンダーグラウンドな組織繋がりなものが多いから、こう表立ったものはあまりないのだ。

「主な出口は私が塞いでおきますから先輩は上からお願いします」

 罠であってもじゃなくても些細なことか。

 わたしは姉さまから託された以上、ここにいる全員を殺さなければいけない。

 腰から使い慣れたサバイバルナイフを抜き取る。さて、ナイフ一本でどこまでいけるだろうか。


 つい数秒前まで死を意識していなかった人間の死に様は二つで、なにも状況を理解せぬまま死んでいく輩と、なにかしら襲われる理由に覚えがあるやつはとっさに絶望を表に出してくる。

 そして本当に悪いやつというのは、こうゆう時の勘も冴えている。真面目に暮らしていた人ほどあっさりと実感を得ず死ぬ。

「やめろ。金なら払う、なにがほしい?」

 金持ちがターゲットとなるとほぼ百パーセントの確率で聞く台詞。

 すでに妻と思われる女はベッドの上で息絶えていた。誰かのために不死身でもない身体を張る人間は一定数いるが、この男は潔く女を盾にした。さすがのわたしもこいつは恨みを買っても仕方ないだろうなと感じた。

「十三人目」

「なんだ、奴隷が欲しいのか……?」

 リストにあった名前は十三。

 先に住み込みのハウスキーパー関係は始末をし、先程そこにいる貴族の片割れ。

「うーん」

 動かれるのは面倒だったので、拳銃で男の眉間と胸を射抜いた。

 なにか気になる。

 そうこの男。

 穴の空いた寝間着だけでも何十万としそうな男。部屋の明かりはつけていないので、しっかりと線が見えるわけではないが……。

「あ、終わりました? お疲れさまでーす」

 部屋の明かりがつき、大きな鞄を手にしたシャルをが一歩踏み込んでくる。

「強盗か?」

「強盗じゃないですよ。私の家のものですからね」

 彼女は少し汚れた指先が壁に飾られた写真――一人は血を吹いている男だろう、もう一人は多分ベッドの方、間にいるのは数年前のシャル――を指す。

「あれ、先輩は私のフルネーム知らないんでしたっけ」

 重たそうな鞄を足元に下ろし、肉親が惨殺されていることが理解できていないような笑顔で、

「シャルロッテ・フォン・ヴュルテンベルク」

 シャルは今さら自己紹介をする。

「先輩が殺してくれたのは私の両親と、まーその他お手伝いさんたちですね」

「……」

 なるほど。つまり。

「依頼主だったわけか」

 うちは金さえ払えばある程度の殺しは請け負う。細かい基準などはわたしの預かり知るところじゃないが、シャルのような小娘であっても大金を積めば依頼は可能。

 さらに悪知恵の働く彼女のことだ。わたしの横にいる理由もまだなにかあるんだろう。

「そーゆーことです。未だに寝室に娘の写真を飾って、実は娘は生きてるんだー!って周りに金をばら撒いて捜索依頼出してたんですよ」

 帽子を一度外したシャルは、律儀に私が買い与える形になった髪留めをつける。

「どうしました? 私がこの家の娘なら殺しますか?」

 今回の依頼は指名制。屋敷にいる人間を殺せと命じられているだけで、

「私を殺す命令なんて出てないですもんね」

 むしろその先の指示を知っているようで、彼女は面白そうに笑うのだった。家族が死んでいるその横で。

「それでも私は先輩になら殺されてもいいんですけどー」

 彼女を生かしたのは気まぐれでもなんでもなく、彼女を殺す指示がなかっただけ。今も。

「お姉さんから「殺せ」と言われれば、先輩は殺りますもんね。ナイフですか? それとも私が手入れした拳銃で撃ちますか?」

 わたしの答えを待たずして、シャルは珍しく素手のままわたしの血だらけの手を握った。

「今日が何の日か知ってますか?」

 笑いながら「知るわけないかー」と零してから、

「私の誕生日なんですよ」


 ◆  ◆  ◆


 先輩の反応は想像通り淡白なもので、多分少し悩んでくれた末に「おめでとう」の一言をもらうことができた。

 私としては誕生日というこの記念すべき日に、家族を先輩に殺してもらうことに大きな意味がある。女の子という生き物はいつだって記念日にこだわりたい。

「シャルは捜索願出されなかったらこの依頼出さなかったの?」

 荷物を半分以上持ってくれている先輩が、らしくない質問をしてくる。

「そんなこと聞いてどうするんです?」

「……シャルが何を考えてるか分からないから」

 一瞬喜びたくなったが、この人の場合、私に興味があるのではなく一般的な人の思考を知りたいだけだと思われる。残念ながら私にそんなものを期待しても、お宅のお姉さんと似たようなものだと思う。

「依頼したかどうかは分かりませんけど、常々うちの親はクズだなと思っていましたよ。そこから産まれた私もクズに育ちましたが」

 ピンときていないようだった。先輩の親については調べても大して何も分からなかったけど、環境を見ることにまともな関わりはなかったのだろう。

 私は蝶よ花よと育てられたから、苦労はあまりなかった。

「先輩は自分の意志で殺しをしたことあります?」

「ないよ」

 意志もなさそうですしね。

「……シャルは親を殺したかったの?」

「お金があれば自分で殺る必要ないですから。そうゆう感じです」

「殺らない方がいいよ」

「先輩は純潔な子を好む感じです? それなら安心しでください、私こう見えて処女なんですよ」

「……そんな話してないけど?」

「もう! 目の前にいるのは優良物件ですよ!」

 人殺しのために育てられているくせに、殺しが褒められたことではないという常識を持ち合わせている歪さ。きっとこの人は私を好きにはなってくれない。それでも私は先輩のことが好き。大好き。愛してる。

「先輩はほんと見る目ないんですから」

「シャルは可愛いと思うけど」

「面食いですか? それならそれでちょうどいいですけどね」

 なにかこの家から持ち帰るものあったっけ。

 本当に必要なものは家の中になんて置いていないからないか。

 確かに私は金持ちの娘として生まれたけど、私の財産は自分で増やしたもの。この家に未練はない。ご要望通り、この家で価値あるものはあの人に渡して少しでも機嫌を取れればいい。

「さぁさぁ、着替えてソーセージを食べに行きましょう」

 正気を疑う目を向けられる。見てきた死体の数も段違いに違う人に引かれたくない。

「美味しいんですって。別に腸引きずり出して殺したわけじゃないんですから」

 私だって直視した後なら躊躇う。

「当分この国に来ることもないでしょうし、楽しまないと損ですよ。旅行気分でいきましょうよ」


 温室育ちのわりには丈夫に育った。神経も太い方だと思う。

「ほら、先輩。半分こしましょ」

「シャルっていつも人数分のソーセージ買わないよね。そんなに食べたければ二つ用意すればいいのに」

「同じのを二つ買ったらあーんできないじゃないですか」

 余裕層に見えるけど、それでも今回ばかりは疲れが出たっぽい。さすがに事件現場の近くを彷徨くリスクは負えなかったので、私たちはソーセージを食べてすぐ街を発った。

「美味しかったでしょう、ソーセージ」

「うん、まぁ。言うだけのことは」

「でしょー」

 眠気を紛らわせるために、助手席で律儀に私が渡した児童書を読む先輩に声をかける。私の母国語で書かれているものだ。

「もう読めるようになりましたか」

 勉強はあまり好きじゃなさそうだけど。

「読めないね」

「何で読んでいるフリなんてするんですか」

「や、シャルが小さい頃読んだものなのかなって」

「それなら読み聞かせしましょうか」

「本読みながら運転して事故とか困るよ」

 先輩は本を閉じ、視線を外に移す。何を考えているのか分からない表情だ。

「そろそろ日が落ちるね」

 この辺りは人里から離れているから日が落ちれば真っ暗闇になる。当分は平地が続くから運転に問題はない。しかし、

「ここらへんで休もう」

 珍しく先輩が気を使ってくる。

「毛布あるし」

 後部座席にある、先輩がよくくるまっている毛布を指す。

「いや、先輩は凍死しても問題ないんでしょうけど、私は死んだら終わりですから」

 雪が降っていないとは言え、暖房なしの毛布は心もとない。かと言ってエンジンかけっぱなしもきつい。

「わたしだって凍死したら溶けるまで死にっぱなしだよ」

 なるほど。いいことを聞いた。

「わたしも眠いんだよ」

「えっ!? つまり一緒に寝てくれるってことですか!?」

 冗談で言ったつもりだったけど、

「無駄に死にたくはないから仕方ないね」


 寒い以上の理由がないと分かっていても、先輩から抱きしめられる形で一つの毛布に包まるのはなかなかに体温が上がるシチュエーションで、

「結構暖かいですね」

 なんてつまらない台詞しか出てこない自分が気恥ずかしい。

「疲れてるんなら寝なよ」

「私は何もしてないですよ」

「……じゃあ顔色悪いんだから寝なよ」

「そんなことないですよ、先輩に抱かれている状況で青くなんてなりません」

「誤解を生むからやめて」

 先輩の吐息がかかる。温かくてくすぐったい。

「シャル、お金があるならこんなとこいない方がいいよ」

「あはは、先輩も馬鹿ですねぇ。今さら出ていくとなったら、私を殺す命令が出るだけですよ」

「…………」

 そこは嘘でもいいから安心させる言葉を言ってくれてもいいのに。ほんとに律儀な人だ。

「私は先輩といたいんです」

「あぁ、そう」

「冷たい人ですね。もういいです、お言葉に甘えて寝ますのでちゃんとこの態勢キープでお願いします」

 先輩のくたびれた服を掴む。

「Ich liebe dich」

「なんて?」

「知りたかったらお勉強頑張ってください」

 どうせ、英語で言ったって分からないくせに。

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