亡霊達の目覚め
符ッ煤
第1話
第1章「亡霊の影」
2045年・中央アジア某所 / 現地時間 02:43
荒涼とした砂漠地帯に、乾いた風が吹き抜ける。
夜空には薄雲がかかり、鈍い月光が地表をかすかに照らしていた。地平線の彼方で、砲火がわずかに閃き、戦争の狂気がこの地にも及んでいることを示している。
PMC(民間軍事会社)「ヴァルハラ」の特殊作戦部隊は、無音で岩陰に身を潜めていた。作戦開始まであと3分。
隊員たちは暗視ゴーグル越しに標的を見据え、緊張感に包まれている。
「…目標地点まで100メートル、敵歩哨を四名確認。サプレッサー使用可。」
部隊の副隊長であるシグマ2が、静かに報告した。
カーボンファイバー製の戦闘服に身を包んだアレックス・カサノヴァは、わずかに頷いた。
「了解。シグマ2、排除しろ。」
次の瞬間、ライフルのサプレッサーが低く唸り、「パシュッ、パシュッ」という短い音が夜闇を切り裂く。
敵歩哨の影が崩れるように倒れた。
「前進。」
アレックスの号令で、隊員たちは無言のまま地下施設へと忍び寄った。
02:48 / 地下施設・エントランス
冷え切ったコンクリートの壁が、時代遅れの赤い標章とともに並んでいる。
かつてソ連が極秘に建設したこの施設は、旧時代の遺物でありながら、今なお機能している。
アレックスは施設内の暗闇に目を凝らした。
静かすぎる。通常なら警備ドローンやAI監視システムが作動しているはずなのに、何の反応もない。
「…何かがおかしい。」
彼は耳元の通信機に小声で囁いた。
「シグマ3、センサーで周囲をスキャンしろ。」
隊員が小型ドローンを展開し、施設内の熱源を解析する。
すると、奇妙な結果が返ってきた。
「隊長、これは……」
「どうした?」
「…施設内に敵影なし。ただし、数秒前まで複数の人体反応があった。」
アレックスの眉がひそめられる。
(……待ち伏せか? いや、それとも…)
彼は躊躇わず、手信号で突入指示を出した。
「慎重に進め。罠の可能性が高い。」
02:51 / 施設・制御室前
制御室のドアが目前に迫る。
目標のデータはこの部屋にあるはずだった。
「シグマ4、開錠しろ。」
電子ロック解除ツールが作動し、ドアのセキュリティを突破していく。
しかし、その直後――
施設全体が、突如として緊急ロックダウンした。
「クソッ!」
赤色灯が点滅し、耳をつんざくような警報音が響く。
同時に、天井のセンサーが一斉に彼らを捕捉した。
「伏せろ!」
アレックスが叫んだ瞬間、自動砲塔が起動し、猛烈な弾幕が降り注いだ。
「敵襲だ!カバーに入れ!」
隊員たちは即座に掩蔽(えんぺい)に入り、応戦を開始する。
しかし、弾幕は明らかに異常だった。
「隊長、敵が人間じゃない…!」
シグマ3が震えた声で叫ぶ。
廊下の奥から現れたのは、人型の戦闘ドローンだった。
それは金属製の外骨格に包まれ、人間と同じ動作でライフルを構えている。
しかし、その目は冷たい青い光を放ち、感情の欠片すら感じられない。
「AI兵器だ…!」
その瞬間、電子戦が発生し、部隊の通信が完全に妨害された。
02:52 / 施設外部・監視地点
その様子を遠くから観察していた影があった。
丘の上、東アジア連合の特殊部隊「赤い亡霊」の指揮官――ユーリ・ドラグノフが、施設を冷ややかな眼差しで見つめていた。
「…やはり始まったか。」
彼は静かに呟く。
部隊の崩壊は予測済みだった。
アレックスの小隊が施設内に入ることも、その結果、彼らが”何か”に遭遇することも。
施設の奥から、無数の青い光が灯るのが見えた。
それは無人の軍勢の目。
「これは人間の戦争ではない。」
ユーリは、ポケットから古びたライターを取り出し、火を灯す。
次の瞬間、彼の背後で数機の戦術ドローンが静かにホバリングし始めた。
戦争は変わった。
もはや戦場に人間は必要ないのかもしれない。
2045年、“亡霊たち”が戦場を支配する時代が幕を開ける――
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