学校の七不思議
Ash
第1話 代償(トイレの花子さん)
「京子。次の数学の宿題やってきてる?」
授業と授業の間の休み時間。
机に片肘をついてウトウトしていた私は、M恵のその言葉で目を覚ました。
「あんたまた寝てたの? 宿題やってきてる?」
繰り返される確認に、私は眠い目を擦りながら小さく頷いて答えた。
「悪いけど写させてくれないかな? さすがに今日忘れるとヤバそうだからさ」
私はこれにも小さく頷いて、ノートを出すべくのそのそと鞄の中を探った。
その間にM恵は、私の前の席にふらつく身体を落ち着かせ、椅子の背もたれを前にしてこちらに顔を向けた。
私は取り出した数学のノートをM恵の方に向けて広げ、今日の宿題のページを開いてあげる。
「サンキュー、助かる」
それだけ言って、M恵はノートを書き写し始めた。
暫くかかるかな?
そんなふうに思いながら時計を見上げると、休み時間はまだ十分にあった。
私は安心すると、何処を見るわけでもなく視線を彷徨わせる。また、眠気が押し寄せてくるような気がした。
「あのさ、トイレの噂知ってる? 三階の三番目のトイレのヤツ」
再びM恵の声で意識を引き戻される。
見ると、彼女はまだノートの書き写し中だった。
手元を忙しく動かしているだけで、口の方が暇になったのだろう。何か話題を振ってきているようだ。
「三回ノックすると返事があって、花子さんに会えるってヤツ」
私はゆっくりと首を振った。
トイレの花子さんの名前は聞いたことがあったが、呼び出し条件みたいな詳しい部分は知らない。ましてや、うちの学校にまで同じ噂があるなんて初耳だった。
M恵はノートを写すために下ばかり向いていたが、私が首を振ったのには気がついたらしく先を続ける。
「京子にはこうやって毎回宿題とか写させて貰っているから、こっそり教えてやるよ。他の連中には内緒だからな」
一呼吸置いて、
「あの噂マジだわ。しかもここからが大事なんだけど」
もう一呼吸入れる。本人なりに演出をしているのかもしれない。
「遊びに託けて願い事を言うと、叶えてくれるみたい」
それは驚きだ。しかも、既に誰か願い事を叶えて貰ったかのような口調。お化けにそんな力があるのか?
こちらの反応を見たかったのか、この時M恵は顔を上げてこちらを見ていた。
「おっと……」
M恵がノートを滑らせ、机から落ちそうになるのを咄嗟に私が掴む。
そして、固定しづらそうにしているM恵に代わって、ノートを広げて端を押さえてあげた。
「サンキュー。やっぱ、これだと何かと不便だね……。って、今の話はホント誰にも言うなよ」
首を縦に振る私。
「おまえ、信じてないだろ?」
バレたか。表情に出てたかな?
でも、信じろという方が無理な気もする。
口にせずとも雰囲気が伝わったのだろう。M恵は大きく溜息を吐くと、書き写す手を休めて暫し考え込んだ。
「あのさ、前にイジメられていた子知ってるだろ? 昔髪が長かったヤツ」
「N子?」
「そいつそいつ。あいつ、何で髪切ったか分かる?」
分かるわけがない。
「あれさ、どうも花子さんにお願いしたらしいんだよね。イジメられないように」
髪でイジメ回避?
「髪型のアドバイスを?」
「そんなんじゃねーよ。代償、願い事の代償に髪をとられたんだよ」
なるほど、願い事の定番な気はする。
「でも、効果はマジだったらしいぜ。イジメグループと仲良くなるってわけじゃないけど、何か幸運でイジメから逃れられるんだそうだ。現場に毎回教師が通りかかったりとか。呼び出しても、呼び出した側が別の用事でいなくなったりとか」
「偶然?」
「偶然って言うには多すぎだ。もう奇跡だろ」
そういうものなのだろうか? 私には分からない。
「イジメ、なくなったの?」
偶然や奇跡よりも、そっちの方が気になった。
「いや、そのまんま」
ダメじゃん。
「イジメていた連中の方が面白くなくなって、どうも何かを代償にして願ったらしいんだわ。またイジメができますようにって」
「酷い……」
「酷いのはここからさ。N子もさ、身を守る願いじゃダメだって気がついたらしくって、次からは反転して直接攻撃。イジメていたヤツが大勢の前で恥を掻くようにって、人前で……まあ、大変な事になったりとかね」
私は何も言えなかった。
行為そのものに言葉を失ったのではなく、その後が予想できて何も言えなかった。
それでも、M恵は先を続ける。
「そこからはもう報復合戦。物が盗られたり、日記が晒されたり、暴力振るわれたり、怪我したり。願いの大きさに比例して代償を求められるから、最初は小さなことばかりなんだけど段々とエスカレートしていってね。仕舞いには小火までだしたり、口にできないような事があったり」
「憎しみの連鎖だね」
歴史を見たって明らかだ。そういうのは、どちらかが我慢しないと終わらないのだ。
けど、M恵はそれにあっけらかんとして答えた。
「そうでもないさ。要は頭を使えばいいんだよ、頭を」
手に持ったシャーペンの後ろ側で、側頭部を指し示しながらいう。
「死を願うと代償も命みたいだけど、そもそも殺す必要なんてないんだよね。例えば声を奪えばいい、花子さんにお願いできなくなる。手を奪えばいい、ノックできなくなる。足を奪えばいい、トイレに行けなくなる。目を、耳を、口を……」
目を見開いて興奮したように語るM恵の言葉を、私は途中からボンヤリと聞き流してしまっていた。
それで、本当に終わるの?
「よし、写し終わったー。ありがとね、京子」
三たびM恵の言葉で意識を引き戻される。
ちょうどその時、授業開始のチャイムが教室に響いた。直に先生が来るだろう。
慌てて立ち上がろうとするM恵に、私は立てかけてあった松葉杖を渡しながら肩を貸した。
「サンキュー。でも、ホント誰にも言うなよ」
笑いながらまたそれを言うと、器用に松葉杖をついて自分の席へと戻っていくM恵。
私はその、左腕と右足を失った後ろ姿をずっと見ていた。
彼女は何を願って、何を願われたのだろう。
これまでも、これからも。
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