第5話 恒例のガーデン・パーティー

 それは使節団に参加して隣国に行く前のこと。


 この国では、一年に一度その年に七歳になる全ての貴族の子女が王宮に集う恒例のガーデン・パーティーが行われる。この年の主役であることの目印に国花である薔薇の花の付いたリボンを胸元に付ける。女子は髪に付けたりも可。全ての貴族というが、上は王族の分家を筆頭とした公爵家から男爵家まで最近はブルジョワジーの子女なども参加しているが、当時はまだ貴族のみの集まりであった。この会の主役である七歳の子ども達以外にその家族も出席する。といっても慣習的なものだが余り大人は出席しない。付き添いのメイドやばあやなどは控室で待機する。




 そのときは私はその場でメリルと知り合うが、私は五歳位まで体が弱くお茶会などの集まりにも母と出ることもほとんど無かったので、家での集まりに招待された方としか知り合えなかった。(王家とは、一応面識がある)


 そのため、家同士でもとても仲がよいコンスタンスと一緒に行動し、兄と彼女に色々な方に紹介してもらっていた。



 私は(一応)公爵令嬢らしく一通り挨拶をすませ、コンスタンスはすぐどこかに行くので兄と一緒にいた。その時端の花壇の下のとこにしゃがんで土のあたりを見ている女の子がいた。そして、彼女に近づく伯爵家あたりの子息も、彼らは彼女になにか話して手でぶら下げていた甲虫を見せたり押し付けてニヤニヤしていた。しかし、その少女エミリーは、立ち上がって甲虫を奪いとって


 「その持ち方可哀想」と小声で言いつつ、令息達に背を向けてその甲虫を愛でだした。これに令息どもは絶句した。


 私以外の子供達や大人達の興味関心も集めだしているようだ。じっと視線を浴びているが、もちろん彼女はその視線に気づかない。


「可哀想です……この子は王都では王宮の庭にしかいない貴重な虫なのです。ありがとう見せて貰えて……」


「何なんだよ」「なんだコイツ……」と令息どもが口々に言っている。彼女は気にせず、


「このお庭には貴重な草花とか虫で溢れています。ほらこのイネ科の植物はたしか、西の方の山の奥の修道院のある聖域にしか無いのですほらテントウムシやこれも……」と彼女は足の多い方を令息方の眼前に捧げる。すごい。毒は無いのね……まさか恐ろしい反撃を食らうと思ってなかったと思われる令息たちは硬直している。もちろん彼女にはそんな意図は一切無いのでどんどんイキイキしていく……目をキラキラさせつつ畳みかける……


「でもやっぱり最初に見せていただいたこの甲虫ですね。これは本当に貴重なんです……」


 ここまでしゃべると、彼女はハッとして口を閉じた。令息のなかの偉そうな一人(うーんどこの令息だっけ伯爵のどれか?)が口を開き、


「な、なんだよコイツ、なんで女が虫を触れるんだよ……つまらない。卑しい家のくせに」


 と言うと(思い出したマリン伯爵令息だ)彼女を思いっきり押した。私は危ないと叫んで走り寄ったが、彼女はふらつき生垣にぶつかり倒れかかったが、見目麗しい少年……王太子殿下(リボンを着けている)が彼女をささえた。昔から面食いの彼女やその少年の顔を見た令息らも固まった。



 その時「この貴重な生態系に気付いて貰えないんだよね……」という声がした。振り返るとそこには二十歳そこそこの王弟殿下がいた。


「君は昆虫に詳しいのか」とエミリーに聞いた。


 王弟殿下も美しい顔の持ち主である。起こったことも含め興奮している彼女はめちゃくちゃ元気に、



「はい!あと植物もです!」



 王太子殿下が「陛下(父上)の母上が自然や動物特に虫が好きだったらしい。虫についてはまわりに引かれたらしいが」


「最初の王妃様を偲んでこの庭園に手を加えたそうです」と王弟殿下が答える。



「おばあ様がおば様に陛下が虫駄目だから捕まえたのをお見せせずに放すと言ってたらしい。亡くなった後に自然に目を向けるようになったと……」


「今では森みたいになった……私の母上は虫が苦手なんだよね。自然も苦手で、それを隠すのが大変だと。地方に行くとピクニックや狩りがあるから、どう乗り切るかを毎年考えているらしいです」



「陛下を筆頭に自然好きになっているからね。でも、平気だと思う。気づかれてないはず」と王太子様が言った。「それだといいのですが……」


 そこまで呟くと王弟殿下は固まっている令息方の方に向かって、


「ところで、ここは王宮であり君たちの女性に対する態度は有り得ない……改めたまえ」




 マリン伯爵令息が勢いよく「しかし!コイツは……」と言うが王弟殿下がチラッと視線を送ると口をつぐんだ。他の子も何か言いたげだがマリン伯爵令息を突くのみだ。


「ケリガン男爵家だが?それに家柄は関係ないこの場に招待されているのだからね」


「しかし、誰とも交流せず、隅で土をいじったり虫を触ったりここに相応しくない事ばかりしています。そんなの貴族じゃありません。しかも女がそんなことするなど田舎にいればいいのです」とマリン伯爵令息は勢いよく言った。


 周りの人達は、おいおいヤバイこと言ってるなと思っていたが、案の定王太子が、


「母上へ言っているのか?」と呟いてしまった。彼は「……いいえ」とだけ呟いた。




 そこに、きれいな蝶々がフワフワと現れた。マリン伯爵令息の方へ行くと彼は手で払おうとした。


 それを見たエミリーは、

 

「その蝶々は東の国ではもしも頭に乗ると幸運を呼ぶと言われている子です。五色に輝くのです」



 それを聞いてニヤリと笑った王太子と王弟が、で、その子を払うと凄く不幸になると……そうそう、頭に乗っても右側じゃないと……右側から乗ろうとする前にその人の手が触れると死が近い……とか口々に言っている。令息軍団は一喜一憂しているようだ。


「わかったか、興味がないとか要らない知識とか思わず少し知ることだ。こういう場での会話にもなるしな。そしてこれは貴族の社交の場での基本だよ。みんなが同じ興味を持っているように思えるが、裏側は違うのだから」と王弟殿下は語った。


 固まっている令息達に王太子殿下は「ほら手で払わない。ほら蜂も来ちゃったぞ」と笑いながら言うと、


「し……し……失礼いたしました。も……申し訳ありません。失礼いたします」と口々に言いつつ逃げて行った。




 王弟殿下はエミリーの方へ笑いながら向きつつ、「いやあ、逃げたね」と言うと、


 エミリーが「話半分は嘘ですよね。大丈夫でしょうか?」と今までの態度とは全く違う感じで動揺して言う。お二人はまた笑いつつ「まあ、調べはしないよ」と言った。続けて、王弟殿下は、


「そろそろ戻らないと、怪我はなさそうでよかった。楽しい話ができて良かったよ。ではまた」と言い、エミリーの側にいる私に向かって


「ヒューズ公爵令嬢だね。体調はどうだい。今日来られるか公爵も心配そうだったよ」


「ありがとうございます。無事参加できました」


「そうか。では」と言い、歩き出したが振り返って笑いつつ


「二人覚えておくよ」と言いつつ王太子様と一緒に去った。



 私はお二人の美貌と何というの……あまりの爽やかさに呆然としてしまった。エミリーも同じだろう。


 私はハンカチでエミリーのドレスの土を払いつつ

「虫が平気なのね。私は蝶々は好きだけど他はなかなか……だから凄いわ」


「私ずっと田舎にいるので、それしかなくて……」

「私も体が弱くて田舎で過ごしたの……でも虫は……動物は好きよ」

  改めてエミリーに自己紹介した。




 私が公爵令嬢と知って少し緊張されたが、彼女のパワーで私も打ち解けられてその後メリルを紹介された。


 メリルは色々あって領地で育ったらしい。たしか、実の母上に悪い噂が立って、離縁されたらしい。メリルは領地にて夫に先立たれて実家に戻されていた、父伯爵の妹である、伯爵令嬢を母代わりに育てられたらしい。二人の家は結構近く、伯爵令嬢は暇さえあれば遠乗りや運動をしまくり、進歩的で身分や格式を気にしない人のため、ひたすら二人でいたらしい。エミリーの昆虫好きは彼女のおかげかもしれない。


 私は兄とコンスタンスを紹介した。エミリー達はコンスタンスのお姫様っぽさというオーラに圧倒されていたようだった。



 そして、エミリーはあのさっきのお二人が何者なのかやっぱり知らなかった。まあ、名乗ってないしね。でも、それ以前に面食いであり……


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