第30話 マスターナイト
輝く白銀色の鎧を纏う騎士は、その恐ろしく静かで凛とした佇まいから神秘すら感じさせる。頭部の兜のてっぺんから生えた白い毛髪の様なプルームが腰辺りにまで伸びていて、草原に吹く風で静かに揺れていた。
五秒ほどだ。赤騎士も遠夜も、何も言えず佇むしか無かった。それ程にこの騎士から無音で溢れ出るオーラが周囲の空気をひりつかせていた。
――今度は何なんだ……。
「大きなマナを感じると思い来てみれば、やはり君かロンダート卿」
白銀の騎士が口を開いた。
それに慌てて反応した赤騎士は手に持っていた剣を腰にしまい、手を胸に当ててお辞儀をとった。
同時に影の騎士がその場で溶けるように消失した。
「これは……ルキウス閣下、お早いお戻りで……」
「陛下より招集を賜ったのだ。それ故に近くまで馬を走らせていたところだ。状況は凡そ聞き及んでいる」
「……っ」
赤騎士ロンダートはマズった、といった表情で口を噤む。
「ロンダート卿」
「はっ」
「私が不在の間、殿下の身を含め王都を任せると……そう頼んだはずだが」
「はい」
「ならばこの惨事は何事かね」
「……、」
「聞いた話によればグランドナイトが二人やられたそうだな」
「はい……」
「公爵が怪我を負われたそうだが」
「私が不甲斐ないばかりに……」
それを聞いた白銀の騎士ルキウスは、静かに怒りを顕にした。
兜で表情など見えずとも、その身から放たれる威圧感から嫌でもその憤慨を感じさせられる。
「何たる、体たらくか……!公爵に怪我を負わせ、貴重な兵力を犠牲にし、あまつさえ街へ被害を出し民間人を危険に晒すとは……」
「も、申し訳ありません……」
「私が戻って正解だった様だな!今攻め入られれば王都陥落も有り得よう!」
「面目もありません……」
ルキウスは怒りのままに兜を取った。
長い金髪がさらりと揺れる。
一瞬女性かと思うほど長く綺麗なブロンドだったが、現れたのは若い男だった。
凛々しく整った顔立ちで、とてもロンダートの上官とは思えぬ程に若い。おそらく二十五、六と言ったところ。
「君には失望したロンダート卿。君の処分は後ほどだ」
「は、如何様にも。謹んでお受けします」
「ふん、それで。精霊まで召喚して戦っていたのが……こいつか?」
「はい」
「……ふん、マナを感じない。小細工でもしてるか…………ん?」
ルキウスは何かに気づいた様子を見せた。
「ロンダート卿、まさかこの様な羽虫に君の自慢の部下は敗れたのか?」
「はい、そのようで。私も実際に目撃したわけではありませんが、間違いないかと」
――おいまて、羽虫ってまさか俺のことか。
「この者、天恵を持っていない」
「……は、今なんと」
「何度も言わせるな。この者は天恵を持っていない。それどころか、精霊との契約すらないようだ」
「そ、そんなバカな。マナと同様感知されぬよう隠しているだけでは」
「それは無い。私の目は如何なる力をも見通す。紛れもなくこの男は持たざる者だ。それとも私の目が信用出来ぬか?」
「いえ、そのような……しかし、」
ロンダートはとても信じられぬと言った顔をした。
すると、
「ならば試してみるか」
ルキウスは唐突に右手を遠夜へ向けて突き出した。
ゾッとした。
全身から嫌な汗が染みでる。本能が叫んでいる。
――こいつは、ヤバい。
『警戒レベルFIVE、熱弾による先制攻撃を――』
しかし遠夜が動く間もなく、それは遠夜の身体を撃ち抜いていた。
遠夜の眼は確かにその一撃を捉えていたが、まるでどうにもならなかった。
目も眩む程の閃光と歪な破裂音。その発生とほぼ全くの同時、瞬く間も無い神速の雷撃が遠夜の土手っ腹を貫いたのだ。
為す術もなく遠夜はその場に膝から崩れ落ちた。
「……うそ」
その衝撃の一部始終を間近に見ていたアルテの口から零れ出た。
「ト、トーヤ…………トーヤ!!」
アルテは慌てて倒れ伏す遠夜に駆け寄って、彼の身体を揺さぶった。
嘘だと思った。あの遠夜が、これ程に呆気なくやられるはずがない。いつもどんな状況でも、その圧倒的な強さでアルテを守ってきた。そんな彼が、こんな簡単に死ぬなんて、そんなこと有り得ないと思っていた。
しかしどんなに彼の名前を呼ぼうと、どんなに彼の身体を揺さぶろうと、少年はピクリとも動かない。
「う、嘘よっ……そんなはすないっ、起きてよトーヤ、トーヤッ!やだ、やだあ…………」
アルテは動かない遠夜を抱きしめながら泣き喚いた。
その光景を目の前に、赤騎士ロンダートは思った。
――あの男を一撃…………これがマスターナイトの力か。流石は騎士の王、雷神ルキウス・マルティアス・アルシュット。
ルキウスがつまらなそうに肩に掛かった髪をかき上げる。
「ふん、やはり私の目に狂いはなかったようだな。所詮はこの程度の――」
意表を突いた。
死んだかに思われていた遠夜は、突然うつ伏せのまま真黒な銃口をルキウスに向けトリガーを引いた。
早撃ちされたオーバーチャージの強化弾が音速を超えて弾ける。
不意打ちにより放たれた渾身の一発に、ルキウスの顔色が変る。
死に演技による騙し討ち。躱せるはずもない攻撃だ。
当然、その筈だった。
しかしルキウスは腰に差す剣を引き抜くと同時に、輝く弾丸を正面から斬り伏せた。
両断されたエナジーバレットがルキウスの周囲を豪快に吹き飛ばす。
遠夜は目を疑った。パラディンですら初見での対応は不可能だった遠夜の一撃を、奴はいとも容易く凌いで見せた。
「ほぉ、私に剣を抜かせるか」
ルキウスは先程までのつまらなそうな表情から打って変わって、薄ら笑みを見せた。
「ト、トーヤ……!よかった、生きてたのね……!」
アルテが涙を拭って安堵を見せる。
「アルテ、下がってろ」
そう言って、遠夜はアルテを背に隠すように立ち、銃を構えた。
遠夜は焦っていた。
今のは千載一遇のチャンスだった。あれで決めきれなかったのはかなり痛い。
会話の内容と対峙してみての体感で、遠夜は既に理解していた。この男が噂に聞くマスターナイトなのだと。
連戦に次ぐ連戦、体力もかなり消耗している。その状態でアルテを守りつつ、マスターとパラディンを両方相手取らなければいけない。
考えただけで頭が痛くなってくる。
しかし幸なのは赤騎士が参戦する気配がなさそうな点だ。少なくともマスターが倒されない限りは見ているだけのはず。
問題はあの雷撃だった。
その攻撃速度に遠夜は全く反応出来なかった。
雷の速度は秒速十万キロに及ぶと言う。あれを避け切るのは不可能と考える他ない。
加えて相手は遠夜の銃撃を初見で見切る技量を持つ。
――遠距離の撃ち合いでは勝ち筋が見えない。リスク度外視で突っ込むしかないか。ゼロ距離で回避不能の一撃を叩き込む。
まずは奴の魔術を封じる。
ルキウスに向けて直進しながら、銃を乱射した。
この攻撃では当然ダメージにならないことは理解している。だがこの高速連射を全回避は奴とて不可能なはず。まずは奴を防御で手一杯の状態にする必要があった。
ルキウスは遠夜の連続射撃を剣を振って次々に弾いていくが、予想通り全弾は対応しきれず何発か被弾している。
だが妙だった。着弾しているにもかかわらず体勢、体幹が全くブレていない。
よく見ると着弾した弾は光り輝く障壁により全て弾かれていた。
――バリアを使えるのか……!?
するとそんな最中、ルキウスは剣を振りながら左手をこちらへ向けた。
雷撃がくる。
この攻撃は避けられない。
その時遠夜は右手に握るAT9を宙へ放り投げた。
その瞬間ルキウスの雷撃は、宙に舞う拳銃に引き寄せられる様に急激に方向を転換した。
「っ……!?」
ルキウスが驚いた表情を見せる。
遠夜は銃を投げる際AT9にフォースを流し込み、それを電気量に変換して放電させた。
それによりAT9は避雷針の役目を果たし、見事に奴の雷を引き寄せたのだ。
――ここだ。
遠夜は〈アクセル〉による高速移動でルキウスの眼前に躍り出た。
必中必殺の一撃が不発に終わったことによる僅かな動揺、それによってルキウスの反応が僅かに遅れる。
だが奴の剣の間合いは危険だと遠夜もわかっている。
ルキウスが剣を用いて迎撃の体勢をとる――それよりも早く、二連続の〈アクセル〉によって瞬時に背後に回り込む。
完全にルキウスの虚を突いた。
「ストライク――!!」
しかし渾身の衝撃波はルキウスの周囲に発生した光のシールドによって阻まれた。
「なっ――!?」
「終わりだな」
酷く冷たい視線でルキウスはそう告げた。
雷撃一閃。
再び遠夜の身体を穿いた。
「がはっ」
遠夜は衝撃によって弾き飛ばされ、十数メートルの距離を転がった。
全身に回る激痛と痺れ。
しかし遠夜は直ぐに立ち上がった。
それを見てルキウスは目を見開き驚きの表情を見せた。
それを目にしたロンダートも「バカな……!?」と思わず叫ぶ。
ルキウスが真剣な目付きで言う。
「まさか……
ご明察。
遠夜は普段よりエナジーフォースの電気変換を多用する。故に電気に対してある一定の耐性を得ていた。
ルキウスの電撃は常人ならば即死レベルであるが、遠夜に関して言えばその限りでは無い。
だがしかし、耐性があると言えど当たれば動きは止まるしダメージも負う。
特に此度の戦闘において言えば身体の硬直は死に繋がる。当然まともに受けていい技では無かった。
まだ身体が痺れている。これ以上は体力も持たないだろう。
――ジリ貧だな。
遠夜がそう思った時だった。
後方から複数の爪音が地面を這う様に響いてきた。
まさかと思い振り返ると、鎧を来た騎士の大軍が押し寄せて来るのが目に入った。
――ここへ来て、援軍だと……。
勝ちの目が完全に消えた。
遠夜一人でも逃げ切れるかわからないこの状況下で、アルテを守りながらこの軍勢を相手に。
無理だ。
視線を動かす。
少し離れた場所に遠夜の銃が転がっている。
続いてルキウスを見て、その次にアルテの不安な表情を見つめた。
遠夜は呆然と立ち尽くす。
五十近い騎士軍は馬を鳴かせて目前で止まった。
先頭の騎士が言う。
「ようやく追いつきましたぞ閣下。何も言わず先行された故、何事かと思っておりましたが……」
その騎士は言いかけて、俺とアルテを見て何かを理解した様子を示した。
するとルキウスがまたつまらなそうに言う。
「少し期待……いや危惧しただけだ。もしや連合の刺客やも知れぬと。私の感は……外れたようだが」
そう言うとルキウスは剣を仕舞って言う。
「貴様の底は知れた。もはや私が手を下すまでもない」
遠夜は拳を握りしめた。
――ここまで、なのか。
このままアルテを守ることも出来ず、元の世界に帰ることも叶わぬままここで死ぬのか。
――いや、まだだ。
遠夜は顔を上げ、ルキウスを睨みつけた。
「おい、ルキウスとか言ったか」
遠夜の呼び掛けに答えるように、ルキウスの青い瞳が遠夜を睨み返した。
「俺と決闘しろ」
そこにいた全ての騎士達がザワついた。
「貴様っ、無礼であろう!」
誰かが叫ぶ。
しかしルキウスは毅然とした態度を変えない。
「決闘だと?」
「そうだ。お前が噂に聞くマスターナイトなんだろ?」
「ああそうだ」
「俺と一体一で勝負しろ。俺が勝ったら俺とこの少女を見逃してもらう」
その身勝手な発言に騎士軍先頭の一人が激昂した。
「何を勝手なことを!この犯罪者め!」
しかしルキウスは手の仕草だけでそれを制止する。
「それで、私に何のメリットがある」
「見せてやるよ、俺の本気を」
再び騎士達がザワついた。
しかしルキウスただ一人だけは吹き出した様に笑い始めた。
そして、
「まさか、本気で私に勝つつもりとは見上げた奴だ。しかしそれがどう言う意味なのか、貴様本当にわかっているのか?」
「意味だと?」
「マスターとは単騎で一国を落とす。その実力があると認められた者のみが、マスターの称号を得るのだ」
「……それがどうした」
「わからんか?貴様の実力はせいぜいグランドナイト上位と言ったところ。つまり、貴様の行為は自害に等しいということだ」
「そう思うのなら試してみろよ」
遠夜は真っ直ぐにルキウスの瞳を見つめた。
遠夜は理解していた。この話にこいつは必ず乗ってくると。
この男もあのギードという騎士と同じ、圧倒的強者ゆえの孤独を抱いている。その力を発揮するための場を常に探し求めているのだ。
だからこの男は必ず、
「ふっ、いいだろう……受けてやる」
乗ってくる。
ルキウスが再び腰から剣を引き抜いた。
周囲の騎士達がまたザワつく。
軍勢先頭の騎士が騒ぎ立てる。
「ルキウス閣下……!正気ですか!?この様な何処の馬の骨とも知れぬ、それも犯罪者の決闘を受け入れるなど」
「これは私の決定だ。責任は私がとる。それとも君は、私がこの者に敗れると……そう考えているのか?」
「い、いえ……決してそのような」
その一言だけで、騒いでいた騎士は黙り込んだ。
ルキウスは久しく感じたことの無い高揚を感じていた。
――わかっている。この者の実力はパラディンにすら届かない。天恵もなければ精霊もない。この私が負けることは万に一つもない。だが、どうもはったりとも思えぬ。この男にはまだ何かある。
ルキウスは自分でも気付かぬほどに頬を緩めていた。
その狂気すら感じる表情を見て、遠夜は息を呑んだ。
――まったくどいつもこいつも、騎士っていうのは戦闘狂しかいねーのか。
だが今回に限っては好都合だった。
これで一体一、ルキウスにさえ勝てばいいという状況に持ち込めた。相手はプライドの高い騎士だ。大勢の部下の前で約束を違えることは決してないだろう。
問題はこの最強の騎士に勝てるかどうか。
『マスター、』
「わかってる」
――生半可な力で勝てる相手じゃない。許容限界ギリギリまでASを解放する。
「やるぞサラ……!ここで決める!」
全身に熱が帯びる。
『AS解放レベル35%、アサルトモードに移行します』
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