第6話 エスカレーションの夜

絶望の最中、脱出のための考えを巡らせていると、車列が急ブレーキの連続を描いて勢いよく停止した。

クラクションと怒号が辺りにこだまする中、女将校は舌打ちをして車から飛び出した。


「ったく何をやってるッ!」


「中隊長。暴徒です。正確な数は不明ですが相当数います。何やら発煙筒を持って通せんぼしてるみたいで」

同じぐらいの年齢らしい尉官が敬礼を省いて報告する。


「怪我人は?」


「現時点では報告されていません」


“中隊長”は己の爪を噛んで頭を回転させる。


正当防衛の条件急迫不正の侵害は満たしてない……か。奴ら心得てるな。全く不愉快だ。一体誰の差し金やら……」

と愚痴を垂れるものの、既に彼女は大元の勢力が何処かは大体アタリをつけていた。文民による軍隊の統制シビリアン・コントロールを嫌う極右国家改造派でも無し、現時点の国体と国軍を破壊し革命政府を樹立せんとする極左でも無し。彼らは……。


「国軍や警察が遂行中の特殊作戦の妨害……あたりでこじつければ一応執行・・は可能ですが」


「この計画性と即応性だ……どーせ隠れてる連中が動画でも撮ってんだろ。今は警察官職務執行法平時のやり方に則ろう」


《我々は“反弾圧の為の自由同盟”!国軍諸君に今一度告げる!公共の権益を優先するが為に、たびたび自由市民の権利と利益を蔑ろにし、今もなお・・・・被害者を生み出している事を、我々は知っている!》

蛍光ピンクの煙の中、リーダー格らしき男の勇ましい声が、拡声器による雑音やハウリングで味付けされながらこの一帯に響いた。


《法的根拠に基づかない軍の行動及び、法的根拠に基づかない逮捕拘留は、決して許されない!》


長距離音響装備L R A D搭載車前へ!私が喋ろうじゃないか」


巨大な円盤型スピーカーが備え付けられたハンヴィーが車列の前へ出ると、非武装の隊伍を組むNPOの拡声器に負けぬハウリングが響き、軍人以外が皆咄嗟に耳を塞ぐ。


〘我々は日本国陸上自衛軍である。現在諸君らは国軍が遂行中である特殊作戦・・・・を妨害している。速やかに道を開けるように〙

霞澄の、台本の台詞を読み上げるような、抑揚の死んだ機械的な声がこだまする。


《所属、部隊名、指揮官の名前と階級を開示せよ!でなければ我々は去らない!》


〘繰り返す。諸君らは国軍の公務執行を妨害している。即座に道を開けないならば国軍法81条に則り実力を以て諸君を排除しなければならない〙


《分かっているぞ!人を一人誘拐しただろう!解放しろ!民間人を不法に逮捕するのか!》


マイクを切った霞澄は副官に顔を向け直した。


「これ以上は待てん。強行突破する」


「了解。全小隊に下令。総員着剣、安全装置解除。行動要領はQ号指令三番に則れ」


「お前たち、5.56mm軽機関銃 M I N I M I 持ってこい!警告射に使う!」

軍人達は慌ただしく動き始め、獣がそうするよう、自らの牙を剥き始めた。

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