第8話 修行開始

 次の日。朝食をとった後、セツナとアメスさん、そしてクロエとシグルドは町からやや離れた湖に来ていた。ただ、アメスだけは昨日の部屋着ではなく、セツナがいた世界でいわゆる“事務員”もしくは“受付嬢”の仕事着を身につけていた。


 そんな四人が訪れた湖の周辺には、人工的な建造物はなく自然豊かな平原が広がっている。


「さ、クロエ。修行の前に確認しておきたいことがあるのだけど」

「な……なに? 姉ちゃん」


 姉の言葉に、後退りしながらクロエはなんとか答える。


「あなた、魔王の一欠片との戦いで、その心身で“根元の存在オリジン”にふれたわね?」

「う……うん。もう勝つにはこの手段しかなかったから」


 後頭部に盛大な汗を垂らし、僅かに震えるクロエ。


「別にお仕置きしたりはしないわよ。もう済んだことだしね。次に使うときに制御してみせればいいのよ。あなたなら大丈夫よ、私の自慢の妹だもの」

「姉ちゃん……」

「と、ゆうことで、はいこれ」

「なにこの鉄球?」


 その鉄球はというと、鎖がついており、腕などにつけることが可能のように見える。昔の囚人等が腕や足に付けているような物と酷似しているな、とセツナは思う。

 ちなみに大きさはというと、10センチくらい、鎖の長さは1メートルほどだった。

 何処に持っていたのか、セツナの目を以てしても見抜けなかった。


「それをね、こうして、こうするの」


 その鉄球二つをクロエの手首につける。

 アメスが鉄球から手を離した瞬間、ズドム!! と、やたら大きな音をたてて地面にめり込む鉄球。


「お、重い~……というか、まったく動けない~。見た目の倍以上は重さがあるような気がする」

「どれどれ? うお! 半端じゃないぞ、この重さ!」


 試しに持ってみたシグルドが鉄球を持とうとしたが叶わず。


「その玉の表面をよく見てみなさい」

「これは!?」


 よく見てみるとその玉の表面に何か文字が書かれていた。

 セツナは始めて見る文字だ。


「そんな事より、重いんですけど……」


 地面にへばりついているクロエにアメスは教授する。


「その球に手をそえて、魔力を集中させて」


 とりあえず言われたようにしてみるクロエ。すると、みるみるうちに書かれていた紋様が隠れてゆき、代りに新しい紋様が浮かんでくる。


「おっ? 軽くなった?」

「その紋様は最初のは重さを倍増するものよ。後に出てきた紋様は魔力に反応する様になってるわ。後の紋様が浮かび上がることによって先の紋様をうち消しあってるの」

「あの、解説はいいんですけど……なぜに私がこの様な目に?」


 やたら腰が低いクロエ。

 そんなに怖いのか、とセツナはこの姉妹のヒエラルキーを感じとる。


「あなたは一度、“根元の存在オリジン”という大きな存在に触れたことにより、魔力キャパシティが広がってるのよ。だけど、それに気付かずに放っておいたからまったく活用できてないけどね……」

「それで、この特訓によって集中力と魔力を引き上げよう、と?」

「その通り、とりあえずそのままで生活するように」

「ちょっと姉ちゃん! このままじゃあ家に帰るのも辛いんですけど……! こんなに魔力バカ食いしてたら飛行魔法も使えないし!!」


 クロエたちの家まで道のりは歩いて約2時間、

 普段ならそう気にする事もないぐらいだが、この有様ではキツすぎるのでは? とセツナは思案する。

 そんなセツナの感想など置いてきぼりで、


「そうじゃなかったらトレーニングにならないでしょ? ちなみに生半可な呪文じゃ壊れないわよ。頑張りなさい、お昼までには帰ってくるのよ」


(鬼だ~!! あれから何にも変わってない~!!)


 クロエは心の底からそう思った。


 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎


「あの~、俺はどうすれば?」

「ああ、シグルドさんにはこれです」


(ん? 何の変哲もない包丁に見える。魚でも捕まえてさばけとでも言うのか?)


 セツナは首を傾げるばかり。

 そんなセツナの疑問は置いてきぼりで、アメスは状況を進める。


「あの~、これで何を?」

「ちょっと待ってね」


 アメスは、なにやら袋からやたら大きい生肉を取り出した。


「まさかそれを切れ、と?

「いいえ。これを、こうするの! おいでヴァンティーヌッ!!」


 アメスがそう叫ぶと、頭上に幾何学模様が描かれた魔法陣が広がるな否や、虹色に輝く巨大な竜が出現!

 そして、喚び出したアメスの傍に静かに着地すると、彼女が掲げていた生肉を頬張り、美味しそうに食べている。


「…… って、確かアメスさん家の横にあった建物の看板に書かれていた名前、ですよね? まさかドラゴンだとは思いませんでした」


 セツナは驚いていた。

 なにせ、の世界では、空想上の生き物だったから。

 それにしても、ヴァンティーヌと呼ばれた竜の鱗はまるで宝石の様に見えた。


「こ、金剛竜? あのドラゴン! な、なぜ姉ちゃんが? ……ぐぇ」


 すごい物を見たと言わんばかにクロエが叫ぶが、集中力が一瞬途切れてしまう。

 それが原因で魔力操作が疎かになり、両腕にはめた鉄球によって、地面へとへばりつくクロエ。

 だが、アメスはそれに意を返さずにシグルドに向き合う。

 シグルドとセツナは、それだけで悟った。


「まさか俺にアレを倒せ、と?」

「そうですよ、何か不都合がありますか?」


 ありまくりだろう、とセツナは思った。

 シグルドが元来持っている剣ならば互角に闘えただろうが、得物はただの包丁一本。心無さすぎる、と。


「シグルドさんにはその包丁でヴァンティーヌと闘ってもらいます。の鱗を一枚剥がす事が最初の修行。このの鱗は世界最硬です。その包丁で一枚剥がせれば、もっと剣技が上手くなります。頑張ってくださいね?」

「わかった! やってやろうじゃないか!!」


 気合いの入った声がシグルドから発する。

 ただ、なにぶんヤケクソ気味になっているのは気のせいだろうか? とセツナは思う。多分、クロエの現状を見てアメスさんには逆らえないのを本能的に悟っているのだろう、とセツナは推測する。


「じゃあ、昨夜の約束通りに、私のアルバイト先を紹介してあげるね」

「良いんですか? 放っておいて?」


 クロエがセツナの方を見て、


(いいぞ!もっと言え!!)


 と、目線で語っていたりする。


「いいんですよ、手を抜いたら明日は折檻フルコースですから」


 そう言ってアメスさんは綺麗な笑顔を見せた。

 しかしセツナの背中に鳥肌が立っていたが……。

 クロエの方を見ると顔が真っ青だったりすることから、よほど凄いのだろうと感じ取ったセツナは余計なことを言わないことを決めたのは、また別な話。


「さあ行きましょうか」

「……そうですね」


 かくして、刹那とアメスは、アメスの家の方向に引き返したのだった。


 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎


 目的であるアメスのバイト先は、ミネルヴァ家から徒歩15分程の所にあった。

 やたら頑丈な扉がセツナの目に入る。と、同時に建物の中から一般人よりは戦闘力が高い二十人の気配をセツナは感じ取っていた。

 すると、アメスが言葉を発する。


「流石ね、セツナくん。中に入らなくても、貴方は自然体で強さの気配や人数を測り感じ取れるのには感嘆するわ」


 アメスの指摘にセツナは軽く驚く。

 態度に出していないのに、読み切られてことにアメスの力の一端を垣間見た。

 それを感じ取ったアメスは、改めて此処の場所をセツナに紹介する。

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