愛でも哀からIへ

虚空の空虚

第1話

 人間は簡単に愛しているなんて言うけれど、それは本当に「愛」しているのか。それとも「哀」しているのか。それとも、また別なのか。この二つの言葉の意味を感じながら俺は「I」になっていた。




 朝6時半。うるさい目覚ましの音を止めスマホを見る。今日はなぜかツンと鼻につくにおいがしている。寝起きの口の臭さが自分の鼻にまで届いているのか。7時から朝の準備を始めるのだが、30分早く起きることで、少しだらだらしながらスマホを見る時間が確保できる。そのために早起きしている。えらいのか、怠惰なのか。昨晩は夜更かしをしてしまい夜中の2時くらいに眠りについたから4時間ほどしか寝れていなく、かなり眠い。なんとか眠気と戦いながらニュースを見た。


『女優の水本愛美(21)さんが行方不明になりました。警察の情報によりますと・・・』


 そりゃこんな有名な女優がいなくなったらでかい記事に載るよな。愛されてる人はちげぇな。そんなつまんないことを考えながら特に見たいものが今日はなかったため準備をすることにした。いつも朝にシャワーを浴びるため服を脱ぎ洗濯機に入れる。昨日の夜洗濯機を回すのを忘れていて今脱いだのを合わせるとまぁまぁな量になる。


「めんどくさ」


 シャワーを出てご飯を食べようとしたときに気付いた。洗い物もしてない。キッチンに行けば食器が置かれており残った米粒は固まっている。いつもは食べた後すぐ片付けるんだが、相当疲れていたようだ。これも今からどうにかしないといけない。今日は30分みっちりスマホを見てなくてよかった。

 洗濯も回し洗い物をし終わり、俺は玄関から出た。

 


 生きているうえで朝の満員電車より地獄はないと思う。太ってるサラリーマンが両サイドにいてそれに押されながら約1時間電車に乗る。呼吸しづらいし暑いから変な汗も出てくる。こんな生活毎日送っているなんて自分は正気じゃないな。さっさと死んでしまいたい。


『家から出たよ。今日もまた地獄の満員電車に揺られながら学校行ってきます』


 彼女にメッセージを送った。


50分ほど経ち、人の量もだんだん減ってきてようやく落ち着いたため座ってメッセージを見る。やはり彼女からの連絡は来ない。実は昨日からこのメッセージに既読が付いていない。


 大学に着き、授業が始まろうとしている。先生の出席確認が始まる。一人ひとり名前を呼び誰がいないかを確認する。


「水本愛美さん」


「先生、水本さん家に帰ってないらしいです」


「そうなんですか? こっちにも連絡は来ていないし心配ですね」


 行方不明になったといわれる水本愛美の名前が呼ばれる。だが、当たり前のようにここにはいない。


 いつも通りの授業が終わり休み時間になった。休み時間はいつも隣の席になる友達の大和と一緒にいることが多い。


「まだ愛美ちゃんから返信来ないのか?」


「あぁ、既読すらついてない」


「さすがに心配になるよな。大学にも来てないわけだし」


「まぁ」


「おい、てかみろよこれ。お前んちのアパートじゃね?自殺した人が出たって。引っ越した方がいいんじゃね?」


「本当だな。しかも俺の部屋の隣だ なんとなくいやだよなぁ」




 そして大学も終わり、また電車に乗り家に帰る。自分が住んでるアパートに警察が溜まっている。俺は自分の部屋に帰ろうとしたが警察に話しかけられる。この部屋で自殺した人がいるんだけど、何か知っていることはないかとのことだ。もちろん俺は何も知らないためそのまま知りませんと答えた。警察はそれを聞き、俺が部屋にはいれるように道を開けてくれた。


 部屋に入り、手洗いだけすましてソファに座る。久しぶりに小説でも読むか。俺は本棚がある部屋へ入った。




 


「哀川さん。あなたは愛する人、水本愛美さんが亡くなってしまったショック状態として記憶の一部喪失があると考えられます。しかも、自分の・・ご自宅で・・・」


「愛美ちゃん。やっぱり死んじゃったんですね。死体が見つかる前の日から、連絡来なかったんです。何送っても、来なかったんです。既読も付かないし、何時間も何時間も心配でした。でも愛美ちゃんの死体、きれいでした。「I」だったんです」


「そう、ですよね・・・」


 俺は今精神病にいる。恋人である水本愛美が俺の家の本棚が置いてある部屋で首吊り自殺で死んだことによるショックで死体を見たその瞬間のことを忘れてしまっていたらしい。


「忘れてしまっていたから、あなたは水本さんが生きているものだと思ってその日を過ごしていたんです。朝起きた時に異様な匂いはしませんでしたか?したならそれはきっと遺体から出ている体液であったり排泄物だと考えられます。洗濯物、自分以外の物があり、妙に多いと感じませんでしたか?いつもは食べた後すぐに洗う食器がそのままなのはおかしいと感じませんでしたか?」


 あぁそういえば、洗濯物は多かったし、食器も片付いていなかったな。そういうことだったのか。おかしいとは思ったが気づかなかった。全てが合致した。前日は確か、仕事終わりの愛美ちゃんと家で飲んでて、お酒が無くなったからコンビニに買いに行っている間に・・・ 家に帰ったら愛美ちゃんがリビングにいなかったんだ。全部、思い出してしまった。そこでひどい頭痛がした。


「哀川さん、今日はいったんお部屋で休んでください。まだショックが抜けていないと思いますので。ゆっくり休んで、気持ちが落ち着くまではこの病院にいても大丈夫なので」



 俺は病室にいる。精神病の病室だ。とても退屈だ。病室の外から声が聞こえる。


「哀川さん、相当きてますね・・・」


毎日クソみたいな満員電車に乗って大学に行って授業受けて帰って寝て、こんな毎日が退屈だと思っていたがそれ以上につまらない日々を送っている。


「仕方ないだろう。恋人が自殺で亡くなったんだ。それまでは楽しそうにしていたのに」


愛美ちゃんが自殺したなんてまだ考えられないし、思い出すと寂しい。


「どれほど人気女優だとしても、どこでストレスを感じ悩みがあるのかわからないですね・・・ それに哀川さん、首吊り死体のことアルファベットのIみたいで綺麗とか言ってたんですよね。そんなこと、普通じゃ考えないのに・・・」


どこかで生きているんじゃないかと考えてしまう。そんなことはありえないのに。


「あぁ、そうだな。ちょくちょく哀川さんの様子を見てあげてほしい。あと、先が尖っているものだったり、ロープだったり、自殺できそうなものは部屋に置かないように」


この哀しい気持ちを感じながらも彼女のことは愛している。


「あ・・・・」


こんな感情は初めてだ。愛と哀を同時に感じている。


「どうした?」


ひらひらと靡くカーテンが目に入った。


「カーテン・・・取るの忘れてました・・・」


俺は気づいたらカーテンを細長くなるようにびりびりに破いていた。


扉が勢いよく開かれ、精神科医と看護師は目を見開いている


「おそ、かった・・・・」



病室のど真ん中に排泄物と吐瀉物を出し切った肌が真っ白になった首吊り死体がそこにはあった。




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