第37話 決意
月の輝きに照らされた雪原。
純白の大地にポツンと不自然に置かれたテーブルと椅子。
誰もいない。人が暮らすにしては過酷な環境の中で一人の女性が座っていた。
そんな彼女は微笑みながら一人、呟く。
「タルト。キミは何を選択するのかな? 壊れた人形が人間へと戻る物語。どちらにせよボクたちにとっては楽しいお遊戯。愉悦に浸って笑うだけだぜ。アハッ」
一人でティーカップを傾ける純白の女性は笑う。
綴られるであろう未来を想い。
大切なお人形の選択を待っていた。
「我ら渇望を喰らうモノ。少女たちよ踊りなさい。舞歌い、奏でなさい。ついでに少年よ。キミの未来にも祈りを捧げよう。その身に秘められし焔がキミを焼き尽くしてしまう前に、どうか、どうか、深淵の導きが世界を照らす月光とならん事を」
彼女は願う。
幸福に満ちた未来を。
数多の少女を従える彼女は目指す。
「全ては楽園のために」
人形たちの女王は止まらない。
それによって運命の歯車が狂ってしまうとしても。
既に人形たちの女王は、狂っているのだから。
「さあ、行こうか」
いつの間にか雪原には大勢の少女たちが集まっていた。とても極寒の地で着るようなものではない軽装を見に纏う少女たち。
数多を従える彼女が立ち上がった瞬間、テーブルと椅子は霧のように消える。
「新たな同胞を探しに」
女王たちは進み続ける。
結果として誰かが救われるのならば、それは決して悪い事ではない。
ただ世界は少しずつ侵食されていた。
☆ ★ ☆ ★
早朝からオレは教室にいた。
座席で退屈そうに頬杖をつきながら外を眺めていると、足音が近付いて来た。
「お前……マイペース過ぎるだろ」
呆れたような声に振り返ると、そこには声通りの顔をした涼樹の姿があった。
「おはよう涼樹。怪我ないか?」
「こいつ……」
ぐったりとしながらため息をこぼす涼樹。なんか疲れてそうだな。まあ、原因はオレだろうけど。
「あの後どうなったんだ?」
「逃げられた」
「……そっか。悪い、オレが足引っ張ったな」
オレが勝手に発狂し、自殺しようとした。きっと涼樹が止めてくれたんだろう。だけどそのせいであの女には逃げられた。
復讐よりもオレの事を優先してくれたんだ。こんなオレなんかのために。
「なあタルト。お前とあの女って知り合いなのか?」
「いや、あの時も言ったはずだけど、あんな奴知らない。知らない奴が急に出て来て本当にびっくりだ」
「……そっか」
気まずそうな表情を浮かべている涼樹。ああ、これは……バレてるな。いや、確信はないのか?
だけど、十中八九そうだとは思ってるんだろう。じゃなきゃあんな伝言を残すわけがないもんな。
「なあ、タルトはあの女と戦えるのか?」
「ああ、戦える。あの時は悪かった。トドメをさせたはずなのに迷っちゃった」
「それについてはいいって。それより、大丈夫なのか?」
「ああ、もう大丈夫。覚悟したからな。もう取り乱したりしないよ」
涼樹の前で発狂しちゃったからな。少しでも安心してもらいたくてオレは微笑んだ。
あれ、なんか赤くなってないか? ふふっ、良い気分だ。
「……タルト。今日の放課後、あの公園にあの女が来る」
咳払いをした後に語られた内容にオレは目を見開いた。
どういう事だ? なんでそんな事を知ってるんだ? ……まさかっ。
「取引したのか?」
「ああ、見逃す代わりに二日後の夜に来いってな」
「……そっか。でもそんな気はしたんだ。またすぐにアイツは現れるって」
赤髪はオレに会いに来た。奴の目的はオレだ。どんな用があるのかは知らないけど、それは決してオレにとって喜ばしい事ではないだろう。
悪意の塊。邪悪な化身。そんな印象を一目見た時から感じた。
「涼樹。頼みがある」
「なんだ?」
「オレと一緒に戦ってくれ。あの女は生きてちゃダメだ。アレは悪意をばら撒く害獣だ」
「……ああ、俺も殺され掛けたからな。勿論だ」
人を害する事に躊躇いのない害獣だ。
今晩。オレは姉を殺す。
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