1話:死の瞬間と“時の歯車”

 荒れ果てた大広間。

魔力の余波で空気は焦げ臭く、熱気が肌を刺す。


 その中心で、俺――レオン・アークライトは膝をつき、苦痛に耐えていた。

 視界の端では、グレン・ディアハートが高笑いし、ダグラスが冷たい目でこちらを見下ろしている。


 ――エリーナを、守れなかった。

 その事実が脳裏を支配し、呼吸が苦しくなる。だが後悔してももう遅い。

俺自身の命も風前の灯だ。



 だが――。



「グレン、トドメを刺しなさい。彼が今さら何を足掻いても意味はありませんからね」


 ダグラスが静かにそう告げる。


 グレンが火属性の魔力を指先に集中させた。真っ赤な炎が渦巻く。

 その瞬間、心のどこかが妙に冷静になった。


 “ああ、このままじゃ本当に終わりだ……”と、どこか他人事のように考えている自分がいる。


 エリーナを守りたかったのに、それはもう叶わない。

 だが、ふと胸元に触れた指先が、何か硬いものを感じ取った。



 ――祖父の形見、〈時の歯車〉。



「……頼む……」

 意識が遠のく中、祈るように時計を握りしめる。


 ――もし奇跡が起こるのなら、戻りたい。やり直したい。

 そう強く願った。


 すると、時計が急激に熱を帯びた気がした。

 ――グレンの炎が襲い来る直前、時計の歯車がカチカチと逆転し始める。


「なっ……どういうことだ……?」


 グレンが戸惑いの声をあげる。

 ダグラスですら、その場で硬直している。


 目の前が紫色の光で満たされていく。

 混沌とした魔力が俺の身体を包み込み、痛みがどこかへ消えていく。



 ――バキィンッ!



 俺の耳元で、何かが砕ける音が響いた。

次の瞬間、世界が一瞬にしてかき消される。


 力が抜け、意識がふわりと闇に沈む。

 ――“時の歯車”が起こした奇跡は、死にかけた俺を過去へ送り返す。


 けれど、そのときの俺にはまだ、その力の正体も、何が起こっているのかも分からなかった。



 ただひとつ。

 俺の胸には、強烈な怒りと「今度こそ守る」という固い誓いだけが、はっきりと残っていた。



◇◇◇


 ……ざああ、と、風が吹く音が聞こえる。

 寝台に横たわっていた俺は、ゆっくりと目を開けた。


「ここは……?」

 体を起こすと、見慣れた薄暗い天井が目に入る。

魔導学園の男子寮の、質素な一室――。


 おかしい。俺は確か、大広間で致命傷を負い……。

 ――いや、それよりも以前に学園はとっくに崩壊していたはずだ。


 辺りを見回すと、窓から差し込む朝陽が優しく部屋を照らしている。

部屋の隅には自分のトランク。

まだ何も使っていない新しい制服がかけられていた。


「これ……学園入学直前の……?」

 激しい頭痛に襲われつつも、記憶を整理する。


 どうやら、時間が巻き戻ったらしい。あの“時の歯車”の力によって。

「本当に……戻ってきたのか……」


 信じがたい事態だが、どうやら現実らしい。

 心臓の鼓動が高鳴る。

前世で失ったものを、もう一度取り戻せるかもしれない。


そして――復讐を果たすことも。


「今度は……同じ結末にはしない。絶対に……」


 そうつぶやいた瞬間、部屋のドアがバタバタと乱暴に叩かれた。


「おーい、レオン! 起きてるか? 今日から学園行事が始まるってのに、遅刻したら笑いモンだぜ!」


 がちゃりと勢いよくドアが開く。

そこに立っていたのは、茶髪をラフに束ねたノエル・グリーン。


 前世で同じ部屋を共有したルームメイトだった。


「……ノエル」


 懐かしい。だけど複雑な思いがこみ上げる。

 前世では、最終的にこいつも貴族派の陰謀に巻き込まれ――裏切られた苦い記憶がある。


「うわ、なんだよ? 顔色めっちゃ悪いぞ。昨日飲みすぎたとか?」

「いや、別に……。ちょっと、悪い夢を見てただけだ」


 ノエルは陽気に笑いながら、「さっさと行こうぜ」と手招きする。

 俺はベッドから起き上がり、胸ポケットに触れてみる。


そこには確かに〈時の歯車〉があった。


 死にかけたはずの俺が、こうして過去に戻っている。

 この状況が信じられなくとも、やるべきことははっきりしている。


 ――ダグラスをはじめとする“裏切り者”たちへの復讐。

 そして、エリーナを必ず救い出す。


「今度は絶対に誰にも邪魔はさせない」


 呟きは誰にも聞こえない程度の小ささだったけれど、俺の決意は揺るぎない。


 ノエルに続くように部屋を出る。

短い廊下を抜けると、朝の光に包まれた学園の門が視界に飛び込んできた。


 ここからが、俺の“二度目”の学園生活の始まりだ。

 あの絶望の未来を変えるために。


 俺は今度こそ、必ずやり遂げる。

 ――復讐と、そして守りたい人のために。

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