魔剣になった俺と俺を使う人々と

@navi-gate

マルギットの章

第1話

 目を開いた感覚が無いのに意識と視界が開いた感覚を持つ。何が起きたのか分からない、身を動かそうとする、動かない、混乱が脳内を蹂躙する。何が起きているのか、あるいは何が現在怒っているのか理解するすべを持たない。


 周囲を見渡せばそこには森がある。鬱蒼と広がった木々、獣臭さ、青臭さ、総じて自然から放たれる匂いが鼻をつく。


 だが己の身体に鼻が突いているとも思えない。そもそも今この身体は肉なのかそれすらも怪しい。もがくように身を動かそうとしてしばらく経つ、しかし身体が動くことはない。


 ふと意識した、その瞬間に視界が動いた、身体が動く感覚が無いのに視界だけが動き、そして俯瞰する、俺の身体がそこには無い、少なくともそれを人間の身体と言う事などできはしない。


 『剣』だ。


 どのような呼称でも構いはしないが錆付き何も切る事の出来そうにない朽ちかけた刃物、それが俺と言える。混乱した、いつの間にそんなことになっているのか、そしてそんなものになっている俺とは一体何なのか、自己が喪失されていく感覚に陥る。誰だって同じ状況になればそうなるだろう。


 しかしそんな意識を引っ込めることが起きた、叫び声、何らかの悲鳴が俺の耳なき聴覚に響いてくる。



 ヴィルヴェント、あるいはヴィル=ヴェントと言う村がある。村は2つの王国の境界線付近に存在する比較的新しい開拓村だ、村の東部に小川をたたえていて、抱える人数は100人程度、規模を考えればかなり大きい方だろう。


 煙が立ち上っている。一瞬見た程度ならばそれを火事と誤認するかもしれない、実際には違った、悲鳴と金属音が聞こえる。襲撃があった、理屈など簡単、2つの王国では近年闘争の火種がくすぶっていた、それが形となって火を起こした、それだけだった。


 では闘争が起きればどうなるか、簡単で戦場近くの村は略奪される、これに尽きる。どこの時代、どこの場所、どこの人種を問わずに繰り広げられる蛮行だった。力が無ければ男は殺され、女は嬲られる。老若男女問わず命も家財も問わずに奪われていく戦争の風景、あるいは生命が持つ弱肉強食の理論がそこには存在した。


 足音がある、小さく荒い息が、必死のままに危険から逃げおおせようと未舗装の大地を逃げ惑っていた。


 金糸のごとき髪を振り乱しながら、よく見ればかわいらしい顔つきを必死の形相にゆがめ、涙を流してなりふり構わずに


「おじょ~~~ちゃぁぁあああんっ!どこに行こうとしてるのかなぁ~~~~!!?」


 わざとらしい猫なで声はだみ声で、いかにも相手を舐め腐っているのが分かる。皮の鎧を着こんだ大の男がたった一人の少女に矛を向けていた。走る、どこに向かうかも分からない、森の中、もがくように少女が。


 それはわずかばかりの抵抗、その抵抗は所詮雑魚の浅知恵でしかない、兎は逃げても鼬に刈り取られる運命だからだ。


 少女の走る速度がだんだんと落ちていく、破裂しそうな肺に喝を入れて逃げのびようとして、しかし物理的な限界はどうにもなりはしない。何より男女差から来る体格差と体力差は残酷なまでにあきらめをもたらそうとしている。


 それでもなお、走り逃げようとして、そこに出た、森の中でもやや拓けた場所だ。身を隠すような場所などどこにもありはしない。処女の目に付く、剣が落ちていた。古く錆付きそして役に立たなそうな鉄の塊。咄嗟にそれを手に取った。


「ん~?お嬢ちゃんぅ…そんなものどこで拾ったぁ?やめときなぁ、剣ってのは思ってる以上に使いづらいんだぜぇ?」


 偉ぶった講釈を男が垂れた、あまりにも卑賤の目、侮蔑と嘲笑、そして性欲にまみれた目を少女に向けている。その視線だけでこの後の事を考えていた。どう尊厳を奪ってやろうかと言う自然の摂理にのっとった欲求。


 少女は剣を構える。恐らく敵わないなんていう事は分かっていても、ただでやられるなど出来るわけないとまた、自然の摂理が叫んでいる。


 柄を握る。頼りなり力で決して離すことなきように。


 そして、振りかぶる。



 何かよく分からんが走ってきた少女が俺?を掴んだ瞬間意識の中に情報が流れ込んできた。ヴィルヴェントなる村が戦争に巻き込まれ目の前で親を殺されたこの女の子、マルギットなる少女が必死に逃げた先で俺を見つけて握ったらしい、そして大体の事情は分かった。ちなみに丁度兵士の1人に追われているそうだ。


 あー可哀想である、人だった頃の俺ならばもっと怒っていたかもしれない。だが無機物になってしまった俺にはその女の子に対して何らかの感情を抱く事も出来なかった。


 しかし同時に面白いと思った。武器となった俺の本能…?なのかもしれない、剣としての本能を果たせと滾る何かがある。その瞬間にそれはきた、俺の意識に訴えかける何か。


 迸るとでも言えばいいのだろうか、眠っていた何かが目覚める感覚、前世風に言うのであればチートである。俺は認識として自己を改造し、使い手にまた力を分け与える事が出来るチートを持つ。


 どうせ錆びて朽ち果てる身だったのかもしれないのであれば、やってみようと心が訴えた、よし、ならばやろう。


 あと、もしこの少女が死んだらこの子を追っているむさっ苦しい野郎に捕まれるのかもしれないと思うとそれはNGである。


 ヘイヘイヘイお嬢さん、力は欲しいかい?


 ヤッパ復讐者って言ったら黒だよな、ついでに鎧もプレゼントだぜ、派手に暴れて漆黒の復讐姫(笑)とか呼ばれようぜ?



『――が――しいか』


 少女、マルギットの脳裏に声が来る。男のものとも女のものともつかないそれはとうとう自分が幻聴でも聞いているのかと思わせた、実際聞いていてもおかしくはない、狂って。


 しかし、


『力が――欲しいか』


 その声は幻聴と言うにはあまりにもはっきりしている。もしかしたら神の声か、あるいは悪魔か?どちらでもよかった。マルギットはその声に答えた。


「欲しい…力が…欲しい!!」


 叫んだ。誰が答えるかなんてわかっていた。


「お嬢ちゃんがぁ?力ぁ?俺のチ〇コをマ〇コで締める力かぁ??」


 下卑、下劣、下賤、獣性にまみれた男の声でその必死の思いは穢されようとした。


「あ…」

「あ――?」


 少女と男の声が重なった。


 風が巻き起こる。最初は頬を撫でるそよ風、段々と肌に傷をつける疾風になり、暴風が、マルギットの周りに巻き起こる。


『マル――ギット…』

「私……」

『力が欲しければ…くれてやる――故に、差し出せ、貴様の魂を』


 声に答えるようマルギットが叫んだ。


「あげるっ…!私の魂なんかあげるからっ…力が…力がほしいいいい!!!」


 その叫びはまさに慟哭、悲嘆にくれた真心がその絶叫を作り出した。声が答える。


『なれば振るえよ我が力、我は魔剣、ただの魔剣…しかし今よりマルギットの魔剣である』


 暴風に伴うように光が巻き起こる。光が収束し、マルギットを包む。それは光と言うにはあまりにも黒く、深い、まとわれた光はどこか生物のようで粘性を帯びている。


 そのありないほどに生物的な光の中からマルギットが浮き出てくる。逃げる中でボロボロになった衣服の代わりに、黒いドレス、その上に鎧を纏い、そして手には剣、しかし目を惹く、錆びて今にも折れそうだった剣には金属の光沢が戻っていた、水ぼらしさなど微塵も感じさせないその剣は握るマルギットの鎧と同じように漆黒の剣。


 その剣をマルギットは構えた、さきほどまで逃げようとしていた獲物の姿ではない、足に、腰に力が入り柄を握る手には怒りがみなぎっている、しかし切っ先はぶれていない、歴戦の武人のようないでたち。


「は…は、こけおどしだろぉ…それよりいいなぁ、それ、俺も欲しいな~~~」


 男が声を上げた、マルギットは何も言わずただ睨むだけだ。


 先手を打ったのは男だった。何の捻りもない力任せの一撃で獲物、切れ味は鈍そうであるが人を殺すのは容易な剣をを振り抜こうとする。同程度の力量であれば悪手、隙だらけになるそれは力量差があるのならば何の問題もない、おおよそ力づくと言うのは弱者を害すならばもっとも手っ取り早い方法だ。


 だからそれは本来必殺なのだ、しかし、その一撃が必殺になる事はない


 鈍い金属音と共に刃は弾かれた。男の声から間抜けな声、あるいは吐息にすら思えるその声共に持っていたはずの剣が明後日の方向に飛んでいく。


 それを現実として認識することが出来ない、女の細腕の弾く一撃で県がすっぽ抜けたなど。


 弾くと同時に剣を逆に振り抜いたのはマルギットだ。


 軽やかな音と共に剣が振られると男の腕が両断されていた。血が噴き出る。両腕の二の腕あたりから真っ二つになり断面が見えている。骨の断面にはささくれひとつない、神業の一撃で切って捨てられたことが見て取れた。


「え――?」


 達人の剣に斬られた時、人は痛みを忘れると言われる、それに近いのかもしれない。男は今自分が斬られたという状況を理解できていないのは腕が真っ二つになりながら同時に何の痛みをも感じていないからだった。


「あ、え、なに――俺の腕、俺の腕!?」


「喚くな」


 マルギットが言う。剣を構えた。


「お前の首も、今飛ばした」


 視線も追えない早業が漢の首を断つ。

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