第3話 蘇りの泉

「ねぇ、お兄ちゃん」


 千歳は海来に話しかけた。けれど、彼女の視線はいまだに、ブランコの親子を捉えて離さずにいる。


「え、あっ、ど、どうした?」


 その状態のまま話しかけられるとは思っていなかった海来は、ぎこちない返事をしてしまった。


「わたしね……お父さんに会いたい」


 千歳は、か細い声でそう言った。隣にいるのに辛うじて聞こえるくらいの、弱々しくて今にも消え入りそうな声だった。


「それは……」


 海来は、言葉に詰まった。


 父親に会いたいという妹の気持ちを、海来は痛いほどにわかっていた。しかしそれと同時に、その願いは実現不可能であることもはっきりとわかっていた。何故なら、兄妹の父親はすでに亡くなっているのだから。


 8年前、病床に伏す父親は、眠る様に息を引き取った。死因は、原因不明の病による衰弱死。


 当時の海来は幼く、妹の千歳は母親の腕の中に抱かれていた。父親が病院のベッドで横たわっている光景を、海来は朧気に覚えている。薬品の香り、リノリウムの床、白衣を着た大人たち。当時の彼の瞳には、全てが非現実的な光景として映っていた。


 兄として、落ち込む妹に何か言葉をかけてあげたいと思い口を開こうとするが、肝心な言葉を脳みそが出力できずにいた。


              僕も会いたいよ。


 無理に決まってるだろ。



      悲しくなることを言わないで。


 同情――無謀――悲鳴。色々な言葉が、頭の中を駆け巡った。しかし結局は、何も返事をすることができずに、無言で答えてしまった。


 2人の間に、沈黙が流れた。


 近くの遊具で遊んでいる子供達の、楽しそうな甲高いはしゃぎ声がやけに大きく聞こえてくる。


 しばらくして、千歳は海来の方へ顔を向けた。その顔には、一切覇気が感じられない。


 千歳は、少し迷う様子を見せた後、ゆっくりと口を開いた。


「お兄ちゃんは……蘇りの泉って知ってる?」

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海来と魔法の冒険 青木海 @aokiumi

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