現状把握

 やるべきこと。己がなすべきこと。

 それを見ることは出来た。

 だから、あとはそれに従って行動していくだけ……。


「既に、魔族とは接触しているはず」


 その上で、改めて自分の姿を確認する。

 恐らく、年齢としては十二、三歳だろう。

 その頃のカイザーがどういう状況に置かれていたのか、それはゲームの知識として理解している。ちょうど、このころであれば両親が亡くなり、御家騒動が巻き起こっていた時期のはず……正義感の強かったカイザーはこの御家騒動によって色々と心を病ませてしまっていたはずだ。

 その上、彼は自身を蝕む不治の病への恐怖も抱いていた。

 カイザーが日々、その心をすり減らして行っていたことは想像に難くない。


「おい。聞いているだろっ……出てきてもいいぞ」


 そして、そんなカイザーの心へと付け入り、魔族の側へ落としたのは一人の魔族───なんか本編クリア前に変なイベントを踏んでしまった結果、ラスボスよりも先に僕がゲームでたどり着いた裏ボスだった。

 

「……いやはや、貴方の方から私を呼んでいただけるとは、どのような風の吹き回しで?」


 僕の言葉に反応し、自分の目の前に一人の魔族が姿を現す。

 その女性はその素肌が紫色だった。絹のように美しい白い髪は腰まで伸びており、こちらを見据える赤い瞳はまるで宝石のよう。

 その女性の背丈はかなり高く、自分の前に立てばこちらのことを上から見下ろすような硬い形になる。

 そして、彼女の背中から生えている羽に覆われた大きな黒色の翼が僕の背中まで囲っている。完全に、僕は目の前にいる女性にすっぽりと自分の体を収められていた。


「僕の独り言はずっと聞いていたんでしょ?なら、どういう状況か……少しくらいはわかっているでしょう?」


 目の前にいる女性の匂いに覆われる中で、僕はその人へと疑問の言葉を口にする。


「うむ。困ったな。より、食えない人物になった気がするな。君に何かあれば私が困るのだが……君は、誰だい?」


「そんな困らせるつもりはないさ。確かに、僕は別人になった。ほとんどこの体が持っていた記憶というのも自分から抜け落ちている。その上で、僕は君の要求を覚えている。魔族側に寝返ってほしいのだろう?」


「そうだな。私は確かに、君へとそう提案した。その上で、君は人類を裏切るなど出来ない!と机上に振舞っていたな」


「別に、僕は人類に対する愛なんてないね。大事なのは僕の命だ……自分の命を長らえさせる術が魔族側にはあるのだろう?」


「あぁ、そうだね。魔族の国であれば何処にでも流通している魔抗薬であれば、君の体を蝕んでいる体を治せるとも」


「それだけで僕が魔族の側に立つだけの理由になるね。今の僕は君の知るカイザーじゃない」


「……うぅん。困ったなぁ。どういう状況か、全然把握できないね」


 僕の言葉に対し、女性は苦笑交じりに言葉を漏らす。

 まぁ、それもそうだろう。

 自分が闇堕ちさせようとしていた相手の精神が急に誰かへと乗っ取られ、しかも、その上に自分のことを見透かしたかのような発言をしているのだ。

 なかなか呑み込めるような状況じゃないだろう。


「私が欲していたのは、私の知るカイザーだったんだよ。彼の持つ力。それが魅力的で───」


「別に、僕はお前の所望する力を失ったわけじゃないぞ?」


 僕は自分の両手を叩き、そこから黒い炎を溢れださせる。


「……使えるのか?」


「何となくの感覚だけが残っているからな。まっ、この体がそれを覚えているのだろう」

 

 一応、最低限の戦いは今の僕でも何とか出来る、と思う。

 体が力の使い方を覚えている……勉強しなおすのは必須だろうけどね。


「君はあくまで僕の体目当てだろう?」


 目の前の裏ボスが求めているのは僕の体の宿った力のみ。

 別に精神が変わったくらい。大した問題にならないだろう。


「なんか、エロい意味に聞こえるわね?」


「ん?僕をそういう使い方してみる?……割とまんざらでもないよ?


「……馬鹿言わないでちょうだい」


 何だこいつ。

 こんな軽口で頬を赤らめるとか可愛いな。

 ゲーム本編じゃミステリアスで悪辣な感じだったのに……感情を持った人らしいところもあるのだな。


「というわけで、行こうぜ。僕はもうこの家とはお別れで構わない。さっさと魔族の国に行こう。僕が魔族として生きられるような準備はしてあるでしょう?」


「調子が崩れるわね」


 どんどんと話を進めていく僕に対し、女性は困ったように笑う。


「そうと決まればこんな部屋ともおさらばだね。案内は頼むよ?


 それをガン無視し、僕は部屋の窓へと足をかける。


「あっ、そうだ。名前は?」


「ルーナよ。気軽にルーナさんと呼んで頂戴?」


「おっけー。それじゃあ、行こうか。ルーナ」


「……」


 裏ボス、ルーナ……ガッツリ偽名を名乗ってきた彼女の名を呼びながら僕は窓から飛び降り、自分のいた屋敷からの逃亡を行っていく。


「移動している間、僕に聞きたいことがあればどうぞ?気軽に答えるよ」


「貴方が、貴方が誰であるか……それをまず、私は聞きたいかもしれないわね?」


「ふっ、僕はただ死にたくないだけの一般人さ」


 裏ボスであるルーナと会話しながら、とりあえず僕は異世界に転生した十分足らず、自分の生家を後にするのだった。

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