第2話 その家の秘密2

 その家は二階建てのこじんまりとした家だった。

 山茶花の垣根があり、三段の階段を上がった先に小さな庭がある。石畳の向こうに玄関ドアがあった。

「わりと普通の家だね。築三十年くらいはいってそう」

「そだね。でもこう見えて、家主はけっこうお金持ちなんだよ」

「へえそうなんだ」

「あっ、あれ」と猿田ちゃんは瓦の上を指さした。見上げると、猫が丸まってあくびをしていた。

 かわいいー、と猿田ちゃんが言うのと同時に、 私は猫に向かってシャーって叫んで、飛びかかるふりをした。猫はちらっと見下ろしただけで、ピクリとも動かなかった。

「君、何してんの?」

「えっ、威嚇」

「なんで」

「猫とか犬いたら、とりあえずやらない? なめられちゃいかんし」

「そういうもん?」

「そういうもんだよ」

「ふーん」

 猿田ちゃんはぼんやりした顔をしてうなづいた。あっ、困らせちゃったかなと私が思うのと同時に、彼女は言った。

「君のそういうとこ、好き」

 きゅんきゅんした。


 その後二人で手を振りかざして威嚇したり、おいでおいでしたりしているうちに、猫はそっぽを向いていなくなった。

「なにしに来たんだっけ」

「いや、家やん」

 猿田ちゃんは関西弁でつっこんで、少し弾みをつけた感じで言った。

「さあ入ろう」

 うん、と私は頷いた。

 私はちょっと緊張していた。その人はここにはいないというけれど、見ず知らずの人の家に上がるというのは、獣の縄張りにはいるような、ぴりぴりした感覚があった。

 そもそも人の家に上がるのって、何年ぶりだ。

 ほとんど引きこもりみたいな生活を続けてきたから、こどもの頃に友達の家に遊びにいったぶりじゃないかと今さら驚く。

 そしてそれは猿田ちゃん家だった。

 猿田ちゃん家のにおいは今でも覚えている。それは、幸せなにおいだった。不思議な、他の場所ではかいだことのないにおい。猿田ちゃんやその家族が何年もの間、卵焼きを食べたり、どたばた走ってぬいぐるみを蹴飛ばしたり、お風呂でお父さんといっしょに湯船に入ったり、笑ったり、怒ったり、泣いたりしたんだろうなって感じのにおいだった。

 猿田ちゃんが転校してからも、頻繁に会ったり、遊んだりはしていたけど、家に遊びに行くことはなくなった。

 だから今日、誘ってくれたのはすごくうれしかった。

 猿田ちゃんといっしょなら、見ず知らずの人の家でもいっしょに行ってみたいと思えた。


 猿田ちゃんは玄関の前に大量に並んでいた植木鉢の中から、アマリリスの生えた鉢を持ち上げて、その下から鍵を取り出した。

「古風な鍵の受け渡し方だね」

「ふふ、そうだね」

「なんか、久しぶりに猿田ちゃんの家に遊びに行くみたいでどきどきする」

 ちょっと甘えて言ったつもりだったが、猿田ちゃんは振り返ることなくカギを差し込んですんなりと扉を開けた。

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私たちは家です(仮) モーリア・シエラ・トンホ @robertmusil

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