私たちは家です(仮)
モーリア・シエラ・トンホ
第1話 その家の秘密1
よく知らない人の家に遊びに行くことになった。
最初は気がすすまなかった。
私は人見知りだったから。それも極度の人見知り。知らない人の前で話すといつも鼻水がとまらなくなるんだ。
世の中、話し合いが大事だっていうでしょう。
でも私みたいな人間は、話し合いをやっているといつだって負け組になるんだ。
いつもいつも馬鹿にされる側になっちゃう。
だから気に食わないことがあるとすぐにひっかいた。
言い負かされる前に、ひっかく。
鼻水をまき散らしながらひっかく。
その結果、私はいろいろな二つ名を頂戴することになった。歩く暴力、鼻水女、社会不適応者、人格障害、ぬる子、ゴミ、汚物、かわいそうな奴、ナメクジ娘、ようするにみんなの嫌われ者だった。
そんな私の唯一の友達が猿田ちゃんだった。
その猿田ちゃんがいっしょに遊びに行こうというのだから、断れるはずがなかった。
「でも、なんで私なんか誘うんだよ。私、しゃべれないよ。この椅子、ルイ十三世スタイルのものじゃないですかなんて素敵なんでしょう、なんて気の利いたこと言えねーから」
「めっちゃしゃべってるじゃん」
「それは猿田ちゃんだからだよ。見ず知らずの人間にこんなこと言えないから」
私はそう言って、勢いに任せて付け加えた。
「猿田ちゃんは、他の奴とは違う。私の特別なんだよ」
一瞬間を置いたのち、猿田ちゃんは私の眼を見つめて言った。
「君だって私の特別だよ」
きゅんきゅんした。
猿田ちゃんが言うには、その家では、いっさい会話なんてしなくてもいいらしい。
なぜならその家に人はいないから。
その家の持ち主は、ただ自分の家を人に見せたいらしいのだ。
「どういうこと」
「その人はね、コミュニケーションが苦手な人なんだ。私や君みたいにね」
「はあ」
いやいや、私はともかく猿田ちゃんは人見知りなんかじゃないでしょ、という言葉が頭に浮かんだが、話の腰を折りたくなかったのでスルーした。
「多趣味な人なんだよ。本とか、レコードとか、絵画とか、鉱石とか、いろいろ収集したり鑑賞したりするのが好きなんだ」
「だったら、同じ趣味の人とうまくやっていけるんじゃないの」
「いや、そうでもないらしい。自分が好きなものについて語ると、かえって本質から遠ざかってしまうらしいんだ。それがもどかしくって、他人に興味がなくなっていったらしい」
「ふーん」
「で、何十年もかけてコレクションを築いていった。それを独りで愉しんで暮らしてきた」
「いい人生だね」
「でも、ある日気づいたらしい。この部屋、この家こそが自分じゃないかって」
「へ、どういうこと」
「そこには自分の好きなものが濃縮されている。他人の目や言葉を一切気にかけることなく、自分の好きを追求してきた結果がここにある。この選択、コレクションこそが自分なのだ、と」
「まー、それだけ長く住んでいたなら人と成りは反映されるだろうけど」
「それ以来、その人は自分を家だと考えるようになったんだ。コミュニケーションをとろうとする時、その人に会うのではなく、家に人を招くようになったんだ。ただし、自分自身は余計だから、自分がいない家にね。その人に言わせると、家こそが自分だから自分はいるってことになるんだろうけど。ゲストを招いて、自由にくつろいでもらうことが、自分にとっての他人とのコミュニケーションだと、今では考えているそうだよ」
「ふーん」
変な人だな、と思った。
でも本人がいないというのはありがたかった。
余計なおしゃべりをしなくて済むのはいい。
そしてその人も同じ意見なら、確かに気が合うのかもしれない。
「でも、猿田ちゃんとその人はどういう関係なの」
「んー、それは秘密。行けばわかるかも」
猿田ちゃんは一瞬暗い顔つきになって、それからにこやかに笑って、立ち止まった。
「さあついたよ。ここがその家だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます