第23話 別れ話

 週末。今日は僕の家に華乃さんを呼んだ。お母さんとお父さんは勝手に気を利かせて数年ぶりのデートに行ってしまった。華乃さん効果で最近仲が良すぎるから、普通にイチャイチャしたかっただけかもしれないけど。


「えへへ、さすがにちょっと緊張しちゃうなー」


 と、照れ笑いしながら座布団に座る華乃さん。ついに笑い方が「えへへ」になってしまった。デレ過ぎだ。この子が僕のことをエロからかいしまくっていただなんて、誰が信じるだろう。


 ローテーブルに二人分のウーロン茶を置き、僕は彼女の隣に腰を下ろす。少し上体を倒せば僕のベッドが背もたれになる形だ。まぁ、僕も華乃さんも背筋を伸ばしていて、そんなことにはなっていないけど。


 華乃さんの私服は今日もとても可愛らしかった。

 オフショルダーの白いショート丈ブラウスに、ベージュ色のハイウエストショートパンツ。そして首元には例の人工石ネックレスをつけてくれている。露出は多めだが、全体を柔らかくまとめた、清楚ギャルコーデといった感じだ。可憐過ぎる。


 まぁ、実際は全然清楚でも何でもない、淫乱ギャルだったんだけどな……!


「どーする、一太? この前のアニメの続き見ちゃう? 実はめっちゃ気になっててさ。わたし、ちゃんと我慢してたんだからねー? 全部一太といっしょに見たいから! 一太もちゃんと我慢しててくれたよね?」

「ごめん、一人で最後まで見ちゃった」

「もーっ、ほんっとイジワルなんだから。お詫びにまた見てもらうからね、わたしと一緒に! うふふ、解説よろー」

「…………」


 本来の華乃さんであれば、ここは僕を「オタクくん」呼びしてくる場面なはずだ。


 僕が紹介したアニメを美少女ギャルが嬉々として見てくれる。しかも僕と一緒に――この夢のようなシチュエーション自体は、かつての華乃さんでも間違いなく再現してくれたことだろう。

 しかし、あの華乃さんであれば、僕の隣で始終ニヤニヤしながら、「ねーねー、オタク一太くんは、どの女の子が好きなの? どの子でえちえち妄想しちゃうの?」「あ、この子っしょ? この巨乳でギャルっぽい子♪」「ぷ。顔真っ赤……♪ ん? えー、だって一太のシコシコ専用オカズアニメなんかより、一太の反応見てたほーがおもちろいんだもん♪」「てかてかー、この子ってー、なんか、わたしに似てない? ねー、似てるよねー? えー? ふーん? オタク一太くんはー、えちえち華乃ちゃんにそっくりなえちえちアニメキャラでー……うぷぷっ♪ あはーっ♪」とからかいまくってくれたはずなのだ。そんなのもうセックスだよ。そんなセックスがしたかったんだよ、僕は!! 恋人になった華乃さんを部屋に連れてきて、からかいまくられックスできると思ってたんだよ!!


 それなのに、君は……僕のことをもう、そんな対象としては見てくれないんだ……。解説とかしてもらったり感想言い合ったりして楽しさを分かち合いながら一緒にアニメを見るような恋人扱いしか、してくれないんだ……。ブルアカのアニメの解説なんて僕にできるわけないだろ。意味わからん。好きだけど。


 そんな風に意味がわからなくても愛せるブルアカと違って、僕は華乃さんを理解してしまったからこそ――終わりを、悟ってしまったのだ。


「華乃さん。実は、今日は話があって、君をここに呼んだんだ」

「んー? どーしたの、そんな真面目な顔で」

「別れよう」


 僕にはもう、ためらいなんてなかった。必死に考え続けて、これこそが最善の道なのだと、既に結論がついていた。


「…………。…………え? ご、ごめん、一太。あはは、ちょっと、聞き逃しちゃったかも? あーでも、うーん、いいや、その話はまた今度で。ねーねー、早く続き見よーよーっ」

「別れよう、華乃さん。僕と君の恋人関係は、もう終わりだ」

「…………っ…………なん、で……っ」


 目を見開き、言葉を詰まらせる華乃さん。その顔には、驚愕と、そして絶望の色が刻まれていた。


 何でって、そんなの決まってる。決まってるけど、それを説明したところで今の君には理解してもらえないと、もう理解してしまっている。


「華乃さんと元の関係に戻りたいから」

「……な、なにそれ……わかんないよ……意味、わかんない……」


 ほら。


「元の関係って……付き合う前のわたしなんて、一太に子どもみたいなイジワルばっかで、全然女の子らしくなくて、最悪だったじゃん……でも今は一太の彼女にふさわしいようにって頑張って……まだまだ足りないかもだけど……それでもっ、楽しかったじゃんっ……幸せ、だったじゃん……っ! ねぇ、そーだよね? 一太も、わたしと付き合えて、幸せだったよね……!? いっぱい好きって言ってくれたよね……! ねぇ、嘘だったの……!? わたしを、からかって、遊んでただけなの……!?」


 涙声で、詰まり詰まり綴られるそんな言葉。響かない。全く響かない。


「華乃さんのことはずっとずっと変わらず好きだよ。君に悪いところなんてない。僕が君に相応しい男じゃなかったってことだね」

「誤魔化さないでよ!」

「本当だよ。そうだ、君に言わないままになってしまってたんだけど、実は僕、豪樹の妹さんにさ、からかわれちゃったんだよね。中三の可愛らしい女子にだよ? こんな行為、君の彼氏として許されるわけないもんね」

「だから……! からかわないでってば、わたしは真剣なんだよ!? そんなどうでもいいことで、話そらそうとしないで! 真面目に話してよ!」


 ああ、やっぱり君はそうなんだな。ここで君が僕の浮気に怒ってくれれば、まだやり直せる可能性があったのに。


「ねぇ。ねぇ、一太。ホントのこと言ってよ……こんな風に、わけわかんないまま、終わりにしたくないよ……」

「心配しなくていいよ。言っただろ。恋人としては終わりだけど、僕と華乃さんは元の関係に戻るだけだから。別れたら、また昔のように振る舞ってくれよ」


 僕は華乃さんと付き合うことで、華乃さんを寝取られた。だから今度は、華乃さんと別れることで、豪樹や、未来のからかわれ男共から、華乃さんを寝取るのだ。


 これは、寝取るための決別なのだ。


「ねぇ、わたし、何かした……? わたしの何が悪かったの……? はっきり言ってよ、一太!」


 僕の考えが正しければ――つまり、華乃さんがどうしようもない、からかい依存症なのであれば――僕との本気の恋愛が終わることで、また僕に、快楽だけが目的のからかいを再開してくるはずなのだ。

 僕と華乃さんは、からかいの相性だけは、間違いなく抜群だったのだから。誰よりも最高のからかいができていたのだから。


「やだよ、絶対やだ……! 絶対別れないもん……!」


 何かが決壊したかのように号泣し、僕に縋り付いてくる華乃さん。でも、辛いのは僕だ。涙が出ないのは、もうとっくに流し尽くしてしまったからなのだろう。この部屋で、一人で。


 辛いに決まってるのだ。僕は華乃さんに恋をしているのだから。からかいだけの都合の良い関係に成り下がってしまうなんて、辛すぎる。僕は一生彼女にとって、からフレでしかなく、いつか彼女に新しい恋人が出来て、結婚して、幸せな家庭を築いて――それを虚しく見守ることしかできないのだ。

 いや、見守る資格すらないのか。僕という存在は、華乃さんに、恋人や夫への裏切りを強いることになるのだから。からかい依存症の華乃さんは、愛する人が出来ても、僕との最高に気持ち良いだけのからかいから抜け出すことなどできないはずで。人妻の華乃さんと間男の僕は、永遠にからかいだけの関係を続ける。


 虚しくて、最低で、救いようのない関係。


 でも僕は、それを求めている。からかいのないような恋人関係を続けるくらいなら、そんなもの捨てて、からかいだけの爛れた関係に、身を沈めたい。沈めてやる。

 もう、覚悟は決まってしまっていた。


 本当にからかいに溺れてしまっていたのは、僕の方だったのかもしれないな……。


「うっ……っ……」


 ひっくひっくとしゃくり上げながら、僕の胸で泣き続ける最愛の人。僕はその背中を撫でてやることもできない。しょせん、からかいだけの不埒な関係でしかないのだから。恋人面なんてしていいわけがない。


「……えっち……させてあげてない、から……?」

「え」


 ポツリポツリと溢されたその言葉に、つい間抜けな声を返してしまう。冷徹な男ぶっていたというのに、完全に虚を突かれてしまった。


「そう、なんでしょ……? そう、だよね……ホントは、そーなんじゃないかって、思ってた……わたしがお堅いことばっか言って……その、セック、ス……させてあげないから、別れたいん、でしょ……?」


 華乃さんは僕の胸に顔をうずめて、その表情を見せてはくれない。でも、その体の小刻みな震えが、彼女の思いを、ありありと僕に伝えてきていた。


 だから、僕は――


「ああ、そうだよ! 君とのセックスが失われたからだよ! 僕は君と恋人同士になってからのセックスにずっと期待していたのに、君が一向にセックスしてくれないからだよ! ふざけんな! セックスできないなら別れるしかないだろう!!」


 僕は叫んでいた。吠えていた。


 まさにその通りだ。僕と君にとって、からかいがセックスであり、セックスはからかいだ。僕は君とのセックスに溺れていて。君はセックスそのものに溺れていて、だからこそ、本当に愛している僕とはセックスできないという。ならば、別れるしかない。君とのセックスを失ってしまうくらいなら、愛のないセックスでもいいから、僕はまた君とのセックスに溺れたいのだ。

 本当は、君との、愛に溢れたセックスをしたかったのだけれど……。


「そう、なんだ、ね……一太は、そーゆー、人だったんだ……」

「当たり前だろ! セックスだろ! 僕と君は! セックス! セックスありきの関係だっただろ、元から! セックス!」

「わかった……うん、だいじょぶ。はっきり言ってくれて、よかった。……怖いけど、する。別れたく、ないもん」

「え」

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