あなぼこ

伊藤凛

 家の階段に、穴がある。僕がはいはいして通れるくらいの穴。数日前に見つけて、ずっと入りたくてうずうずしていた。お母さんや妹には見えてない。


 入ってみることにする。帰って来れるかわからないから、机の上に置手紙を置いてきた。まだ皆が寝ている土曜日の午前6時、僕は穴の探検に出発した。


 穴の中は暑くも寒くもなく、温度という概念が無いような感じがする。真っ暗かと思ったけど、どこからか漏れてくる光のおかげですいすいと進むことができる。

 ずっと穴を進んでいくと、大きな光が見えてきた。道は1本しかないのでその光にどんどん近づいていく。何か、動いてる。人みたい。でもそこにいるわけじゃなくて、映像みたいだ。


 その光の中には、若い女の人と優しそうな顔の男の人が映っていた。女の人は、お腹をさすっている。お腹が痛いのかと思ったけど、女の人も男の人も笑顔だ。どうやら女の人は妊娠しているらしい。あくまで僕の推測だけどね。


 映像が切り替わった。


 やっぱり!赤ちゃんが生まれてる!


 女の人も男の人も嬉しそうだ。

 そこで映像を流していた光は消えた。僕はまた穴を進むことにした。程なくして、またさっきみたいな光が見えてきた。


 さっきと同じ、女の人と男の人だ。生まれた子は男の子みたいで、よたよたとぎこちなく歩いている。今度は3人でピクニックをしているみたい。


 女の人が、

 「みちる、こっちだよ。」

 と、手を叩きながら男の子に呼び掛けている。


 あれ、それって僕の名前だ。そっか、この女の人と男の人は僕のお母さんとお父さんなんだ。


 3人で楽しそうに追いかけっこをしたり、お弁当を食べたりしていた。お父さんがそろそろ帰ろうか、と言ったところでまた映像を流していた光は消えてしまった。


 お父さんってこんな顔だったんだ。たまたまだと思うけど、僕と同じでほっぺのすぐ下にほくろがある。お父さんとおそろいがあって、僕は少し嬉しくなった。


 また進んでみた。


 今度の映像はお父さんだけだ。僕が冬に着るもこもこのジャンパーみたいなのに、ガラスでできたみたいなヘルメットをかぶってる。お腹のあたりから、紐が伸びている。よく見たら、地面が無いし、ふわふわ浮いてるし、すぐ近くには青い真ん丸があった。


 お父さん、こんなところで何してるんだろう。お仕事かな。きっとそうだよね。


 この映像だけ、少し長かった。しばらくお父さんの仕事姿を見ていた。ずっとお父さんの顔を見ていたけど、うしろの方からすごく大きい塊みたいなヤツが近づいてきた。お父さんは気付いてないみたい。


 僕はそれがお父さんにぶつかっちゃいそうで、思わず

 「危ないよ!お父さん!」

 と叫んだ。


 お父さんの目が一瞬真ん丸になった。その直後に、塊はお父さんにぶつかった。そこで光が消えた。


 僕はすごく悲しくて、早くお母さんと妹に会いたくて、もう進むのをやめた。


 来た道を引き返し、穴から出た。


 いつもご飯を食べるテーブルがある場所に行くと、お母さんと妹が居た。


 「おはようみちる。朝ご飯食べようか。」


 僕が穴を探検したことには気付いてないみたいだった。


 テーブルのすぐ後ろにお父さんの写真があること、お父さんがお仕事にずっと行ってること、たまにお父さんの帰りはいつか聞くとお母さんが悲しそうな顔をすること。


 全部あの光が教えてくれた。


 お父さんはもう、帰ってこないんだね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなぼこ 伊藤凛 @RINmmmmmmmmm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る