死神の楽曲提供
ちびまるフォイ
悪意ある救世主
「ウォウウォウ、流れる涙は明日への勇気~~♪」
今日も誰も足を止めない路上ライブ。
人間は足を止めなかったが、死神は無い足を止めた。
「ひでぇ歌だな」
「お前は……死神?」
「聞くに耐えない。なに? 公衆犯罪?」
「路上ライブだ。放っておいてくれ」
「ゾウの下痢みたいな歌を歌うのが気に入った。
私が楽曲提供をしてやろう」
「死神が楽曲提供って……」
「これは絶対に大ヒットする。ただし……」
「ただし?」
「生歌を聞いた人間は死ぬ」
「えっ。それじゃ歌えないじゃないか!!」
「そうさ。貴様は死ぬほどよい名曲をもちながら
それを人前で歌うことができないというジレンマを味わうがいい」
「なんてひどいことを!」
「それが下水を煮詰めたような歌を聞かせた
お前へのあてつけさ。ざまあみろ」
こうして死神からの楽曲提供を受けて、名曲「死神のうた」ができた。
どうやら自分は聞いても歌っても死なない。
自分以外が歌っても死なないらしい。
死の効果はあくまでも生歌に限定される。
死神特有のあれやこれやルールがあるらしく、
そのルールを紐解いているなかで突破口がおもいついた。
「……あれ? これネット配信ならいけるんじゃないか?」
ネットなら生歌ではない。
死神のルールをかいくぐって新曲をリリースした。
再生数が伸び悩んだのは最初だけだった。
「う、うおおお!? 通知が! 止まらねぇぇえ!!」
死神の楽曲提供はだてじゃないようで、
一度聞いた人はあっという間にキャッチーなリズムと
何度も口ずさみたくなるようなイントロに心射抜かれた。
CD収録の話から、カラオケ配信。
サブスク解禁から校歌に使わせてほしいまで依頼が来る。
「今週のランキング! 1位はもちろん死神のうた!」
「世界ヒットチャートでも死神のうたが独占!」
「なぞのアーティスト〇〇さんの正体に迫ります!」
ファンは家に詰めかけ、取材の依頼も絶えない。
世界的に有名な雑誌のインタビューまでやってきた。
まさに時の人ととは自分を言うのだろう。
「死神のうた、聞きました。本当に素晴らしいです」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「あれを聞いたらこれまで自分が聞いていた歌は
まるでゾウの下痢のように聞こえてきます」
「敵を作るようなたとえしなくても……」
「ああ、それとですね。今日はこれを聞きたくて」
「なんでしょう?」
「ズバリ! ライブのご予定は!?」
「え゛」
「これだけヒットしたんです。ライブするんですよね?
今やあなたの歌で世界中が熱狂しています。
宇宙人が地球の電波使うために寄港するくらいですから」
「ライブの予定は……ないんです」
「それはなぜ? もったいない。ファンはみんな待っていますよ?」
「ほ、ほら! 1曲しか持ち歌がないし……」
「いいえ! その1曲を何度もループすればいいじゃないですか!
アコースティック・バージョンとかで尺稼ぎもできます!」
「いやでも……」
「世界中の……いや銀河中のファンが待ってるんですよ!?」
「無観客配信なら……」
「みんな生で聞きたいんですよ!」
「ひ、人見知りなんです! ライブはムリぃーー!!」
「じゃあこの取材はなんで受けれたんだよ!」
その後も別の取材が来ても、テレビがやってきても。
ファンからの意見もすべて同じ。
ライブをしてほしい。
それだけだった。
「聞けば死ぬなんてこと……わかっちゃもらえない……」
実はそんな効果無いのでは。
死神がおどしに使っているだけで、聞いても死なないのでは。
試しに家で歌ってみると、冷蔵庫の裏に隠れていたゴキブリが死んだ。
耳すら無いのに効果はばつぐんだった。声さえ届けば死ぬらしい。
「やっぱり生歌聞くと死ぬんだ……」
死神の言葉に嘘はなかった。
せっかく聞きに来たファンを集団殺人するわけにいかない。
ライブの話は断り続けていた。
いつしかライブを求める声はしぼんでいった。
みんなこりたのだろう。
「よかった。生歌を断るのも心苦しかった……」
あんまり断れば印象悪くなって現在の立場もなくなるのでは。
やっと手に入れた売れっ子ミュージシャンの扱いを捨てたくはない。
けれど水面下では諦められていなかったことを知る。
テレビ番組のゲスト出演でスタジオに来たときだった。
「本日は大ヒットアーティストの〇〇さんに来ていただきました!」
「どうも、いやぁこそばゆいです」
「〇〇さんはけしてライブをしないミュージシャンだとか?」
「そ、そうですね。いろいろな理由がありまして」
「ところで。あのカーテン、なんだと思います?」
「なんでしょう……? スタジオのセットかなにかですか?」
「カーテン・オープン!!」
赤いカーテンが取り除かれると、びっしり埋まった観客席。
ステージにスポットライト。まごうことなきライブ会場。
「なっ……!」
「サプライズです! 今日はここでライブをしてもらいます!」
「ええ!? 聞いてないです!」
「サプライズですから。それに客席を見てください」
「あれは……?」
カメラがステージ正面の客席を拡大する。
「たかし~~! がんばってーー!」
「たかし、しっかりやるんだぞ」
「お父さん!? お母さん!?」
「そうです。あなたの最初のライブですから。
一等席にはご両親を招待しました!」
「なんてことを……」
「さあ、歌う以外の選択肢はないですよ!」
「そんな……」
まるで両親を人質に取られているようだ。
なんとか言い訳をしてこの場をしのぐか。
逃げるという選択はできるのか。
ここで逃げたらきっと自分の居場所はなくなる。
でも歌って聞いた人間を根絶やしにしたらそれでも終わり。
どっちに向かっても破滅しか無い。
司会者は急かすカンペを見て耳打ちする。
(なにやってるんですか、早く歌ってください)
(の、喉の調子が……)
(そんなの大丈夫ですよ)
(なんで歌わないあんたがわかるんですか)
(いいからぱっぱと歌ってください。こっちにも段取りがあるんです)
(歌わなかったらどうするんですか?)
(テレビ局の力で両親を殺します)
(ヤクザよりも武闘派すぎる!)
(たかが一曲ですよ。なにを勿体つけてるんですか。
はやく歌ってください。ほらはやく!)
押し出されるようにしてステージに立たされる。
もう歌う以外の選択肢はない。
(う……歌うしか無い!)
歌っても歌わなくても両親は死ぬ。
それならせめて音程を外したり歌詞を飛ばしたりして、
死神のうたが未完成になれば死なないかもしれない。
とっさのアイデアが思いついた。
イントロが始まる。
(やるしかない!!)
ライブだと急に下手になるアーティスト。
そうなじられても構わない。人命には及ばない。
あえて音程を外したりしようとした。
しかし死神のうたは常に完璧だった。
(こ、声が! 歌詞が勝手に!)
一度歌い始めると自動で声が調律され歌詞も出てくる。
完璧な名曲は、歌うときもつねに完璧になるようにできていた。
自分のとっさの機転も死神の知恵の前には無力だった。
もう目を開けられない。
自分の歌を楽しみに観覧に来ていたファンを、
死体の山にしてしまう景色など見たくはなかった。
イントロが終わる。曲が終わった。
「ああ……ごめんなさい……」
目を開けられない。
おぞましい光景を見るのが怖い。
ーー パチパチパチ
「え」
拍手が聞こえる。
閉じていた目をあけると、生きている観客が拍手を送っていた。
「たかし! よかったぞ!」
「たかし、最高だったわ!」
存命の両親は涙を流していた。
「し……死んでない……?」
ライブ会場にいた誰ひとりとして死んでいなかった。
もしかして、死神のうたは嘘なのか。
ならなぜゴキブリは死んだのか。
たまたま観客が死に耐性があったのか。
いくら考えてもわからなかった。
番組終了後も楽屋で悩んでいると、スタッフがやってきた。
「あっ、〇〇さん! まだいらっしゃったんですね」
「あ、はい……。ちょっと考え事をしていて」
「この楽屋、別の方もくるので用が済んだら移動お願いします」
「はい。あの、あなたライブで音響していた人……ですよね?」
「ええ。ミキサー担当してます」
「今回の私の歌、なにか変わった部分ないですか?
なんでもいいです。気付いたことあれば教えて下さい」
死をまねく歌。
なのに今回は誰も死なない理由が知りたかった。
けれど音響スタッフは首をかしげた。
「いや、ないですよ。あるわけないです。いつも通り完璧でしたよ?」
「そんな……そんなはずは……」
スタッフは悩み続ける姿を見て、不思議そうに尋ねた。
「変わった部分なんてあるわけないです。
だって音源はすべてCD音源を再生しているだけなんですから」
「へ。なんでそんなことを?」
マイクの電源が切られていて、歌っているつもりがクチパクで。
完璧な歌声はすべて録音音声。
そのことを伝えられたうえ、スタッフは笑って答えた。
「あなたの吐瀉物みたいな生歌声、聞かせるわけにいかないでしょう?」
スタッフの心意気に涙が出た。
「ありがとう!! 君のおかげで多くの命が救われた!!!」
死神の楽曲提供 ちびまるフォイ @firestorage
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