冬の夜、月の道

三角海域

冬の夜、月の道

地上を月明かりが照らしている夜は美しい。だから、明るすぎて月光の届かない繁華街にいても夜を美しいとは感じない。


なんだか詩的すぎる気もするが、そう思う。


そのことを強く感じたエピソードがある。

数年前のことだが、はっきり何年とは思い出せないある年のこと。まさに今くらいの時期、僕は友人と旅行にいくことになっていた。

車で移動する予定だったが、雪の予報を受けて僕らは対策を考えることになる。

雪の中を走ることに不慣れであるし、そうした道を走るための装備もなく車移動するのは危険だ。

結局、1泊の予定を日帰りに切り替えた。


すでに宿を予約していた僕だけが1泊し、現地の様子を伝えることになった。

幸いにして対して雪は降らず、問題なく予定をこなせた。


経緯の説明がだいぶ長くなってしまった。

そんな、現地入りした夜のことだ。

仕事終わりに直行したため、疲れがたまっていた。

行きの電車の中で眠りはしたがほとんど回復せず、現地の状況を友人と共有しホテルに戻るとすぐに眠ってしまった。


起きたのは23時を少しまわったころ。ホテルの大浴場が閉まるの24時と聞いていたのであわてて風呂を済ませ、部屋に戻る。

熟睡してしまったため目は完全にさえていて、風呂ですっきりしたせいか体も軽かった。

このまま部屋でじっとしていてもしょうがないと思い、ホテルを出て散歩することにした。


冬の夜。あたたまった体が一瞬で冷える。体に悪そうだけれど、それが妙に心地よかった。

ホテルは川のすぐ近くにあり、長い堤防が駅の手前まで続いている。


静かな川の流れ。近くにある公園の木々がうっすらと浮かぶ風景。周りに明かりが少なく月の明りは際立っている。

駅とその周りの建物が放つ明かりが遠くに見える。けれど、その人工的な光はここまで届かない。

ゆっくり歩いていく。駅まで出れば24時間営業のチェーン店がある。そこで食事をしようと思っていたのだが、空腹をごまかすほどの景色の魅力がその夜の中にはあった。


ひときわ強い風が吹いた。水分を含んだ草の群れが月の明りを吸い込み、きらきらと淡く光りながら揺られる。

見入ってしまった。なんて美しいのだろう。

駅までたどり着くのに相当の時間を費やしてしまい、食事をすませてホテルに帰るころには夜はすっかり深夜だった。


いまでも時々あの月夜を思い出す。


強い光の中にいては月の輝きに気付けない。

だから、時々は部屋の明かりを消して、ぼんやりと月を見上げてみる。

あの時の月夜の美しさには及ばない。

だが、月が美しいことに変わりはないのだ。

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