第十三話 あの頃の僕らは、(後編)

 健人けんと真理まりは駅までの道を無言で歩き、静かなテラス席があるという真理おすすめのカフェに入った。


「流石にテラス席は寒いだろ」


「大丈夫だよ。ブランケット借りたし。それに、冬の夜風ってなんだか好きなんだ」


「そっか…」


「もう知ってると思うけど、私ね裕斗と結婚したんだ。それで今、お腹に裕斗の子供がいる」


「おめでとう」


「うん、ありがとう」


「…」


「健人にも結婚式来て欲しかったんだよ。でも、電話番号も何もかも変わってて連絡つかなくて。おばさんにも連絡したんだけど、おばさんも連絡つかないって言ってて…みんな心配してたんだよ!」


「ごめん」


「なんて、嘘だよ。怒ってない。本当に謝らないといけないのは私の方だし」


「…」


「私ね、あの時本当は健人の言う通り嫉妬してたんだ。お父さんが亡くなって落ち込んでいる裕斗を励ましたかった。裕斗をそばで支えて笑顔にしたかった。でも、裕斗が選んだのは健人で…なんでって思った。なんで私じゃダメなの?って。それで、自分でも気付かないうちに健人に嫉妬してた。健人に心の中を見透かされて、気付いたら手を上げてた」


 そう言うと、真理はすっと立ち上がり、健人に向かって深々と頭を下げた。


「あなたから大切な人を奪いました。自分が正しいふりをして、あなたのことを傷つけました。本当にごめんなさい。」


 真理の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。きっとあの日から、真理は真理なりに苦しんでいたのだと思う。健人のことを傷つけたと。健人と裕斗の仲を自分が引き裂いたのだと。


「真理は悪くないよ。真理が俺に言ったことは何も間違ってない。こんなの正しくないと心では思いつつ、気付かないふりをして、あいつのそばに居座った。曖昧な関係にモヤモヤしつつ、あいつの気持ちを聞いた途端に怖くなって、一人で逃げたんだ。あいつが傷つくのもわかってて、真理に全部押し付けた。俺、本当は真理の気持ちにずっと前から気付いてたんだ。だって三人で居るのに俺たち二人とも、ずっと裕斗のことばっかり見てただろ」


「私たちって本当似たもの同士だよね」


「自分を責めてばっかりの臆病者だな」


「ねぇ、これってどういう状況?」


 人気のないテラスに裕斗が入ってきた。泣きながら笑い合う二人の異様な光景に戸惑っている。


「なんでお前が来るんだよ」


「私が呼びました。どうせお互い本当に話したかったこと言えてないんでしょ?まったくこれだから男子は。私は先に帰るから、あとは二人でちゃんと話してね」


 そう言い終わると真理は裕斗の肩をポンと叩き「あとは任せた」と言わんばかりに出ていった。


「健人、俺さ、あの時お前のこと手放したくなかったんだ。あの時の俺はお前なしの人生なんて考えられなかった。お前さえいればいいって思ってた。でも『お前の人生から消えるしかない』って言われて、お前がどれだけ苦しんでいたのかようやくわかった。俺の身勝手でお前を傷つけて、本当にごめん」


「謝るのは俺のほうだよ。俺はお前に『好きだ』って言われて、怖くなったんだ。将来のこととか世間体とか、そういうことばっかり気にしてお前から逃げた。だから、お前は悪くない」


 そうだ、裕斗も真理も俺も、みんなきっと悪くない。


「俺たち、もう自分を責めるのはやめよう。俺も俺を責めない。もう謝らない。だから裕斗も自分を責めるな。もう謝るな。今はもう真理のことを愛してるんだろ?」


「うん」


「じゃ、真理と生まれてくる子供のことを第一に考えろよ。俺のことは気にするな。だからいい加減泣きやめよ」


 健人は子供のような笑顔で裕斗の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。あの日、裕斗がしてくれたように。


 大学二年の秋から始まったこの物語は、ようやく終わりを迎えた。子供だった僕らは、互いに傷つき、傷つけ合って、相手に向き合うことが出来ないまま大人になった。そんな不器用な青春の物語。


 今ならわかる。「あの頃の僕らは、ただ恋をしていた」のだと。

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あの頃の僕らは、 のあ @noa_555

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