第十一話 懐かしい声

「お前の気持ちが変わらないなら、俺はお前の人生から消えるしかない」


 そう伝えたあの日から、健人けんと裕斗ゆうとと一度も話さなかった。インターンや就活、卒論で忙しい日々が続き、お互いを避ける理由には困らなかった。


 それでも、時々見かける裕斗の姿に心が引き戻されそうになる。このままでは、いつかまたあの関係に戻りたいと思ってしまうかもしれない。


 そんな自分の弱さをから逃げるように東京の広告代理店に就職し、電話番号もSNSのアカウントも変えた。


 そして三十歳になった今、ようやくあの時の関係に向き合う決心をしたのだ。大学一年の時に「ドラマの観すぎ」と一蹴した「出さない手紙」を書き、気持ちを整理して。


「乾杯!」


 大学の同期たちと会うのは卒業式以来だ。そもそも飲み会は苦手だし、裕斗と距離を置くようになってからは自然と飲み会にも参加しなくなっていた。


「来たな健人!みんな会いたがってたんだぞ」


 和也かずやは今回の幹事だったらしく、仕事で再開してしまったのが運の尽きだった。でも、そのおかげで過去に向き合う決意ができた。


「裕斗と真理まりはちょっと遅れてくるらしいから、二人が来たらちゃんと祝ってやれよ」


「わかってるよ」


 二人が付き合っていたことも結婚したことも知らなかったが、きっとそうなるだろうとは思っていた。あの後、二人が一緒にいる姿をよく見かけたし、無邪気で子供のような裕斗と、しっかり者で面倒見の良い真理は、お似合いだと素直に思う。


「おっ、きたきた!」


 裕斗と真理が店に入ってきたのが見えた。八年ぶりに見る二人はあの頃とあまり変わらない気がした。だが、いざ二人を前にすると決意が揺らぎそうになり、気分を落ち着かせるためにタバコを吸いに外に出た。


 広告業界には喫煙者が多い。喫煙所で仕事の話をしたり関係を深める、いわゆる「タバコミュニケーション」がいまだに盛んで、健人もいつのまにかタバコを吸うようになった。


「久しぶりだな」


 タバコに火をつけ、夜空を眺めながら煙を吐き出していると、ひどく「懐かしい声」がした。そして、そこにはあの頃と同じ子供のような笑顔でこちらを見る裕斗の姿があった。

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