むかしむかし
お互いに名乗りあったマホロとライカは、小屋の中で向かい合って座った。そしてマホロはライカに、今のような状況に至るまでの村の歴史を語り始めた。
「この村は、シズホ村という名前なのですが、貧しい村なのです」
「まあ、今日来たばっかりだけど見ればわかるわ」
シズホ村は、人が多く住む市街から遠く離れ、険しい山々を幾つもわたった先に十数件の住居が山の斜面にへばりつくようにして存在している。村にはいくらか開墾された畑があったが、ライカの見たところ、あまり作物は実っていないようだ。
「暦の上ではまだ秋のはずなのに、もうかなり肌寒い。それに高地のせいか乾燥した気候みたいね。こんなんじゃろくに実りもないでしょう」
「ええ。ですから作物を育てる以外にも、山に入って獣を狩ったり、木の実やきのこを採集して足しにしているんです。…それでも、充分とはとても言えません。この村でおなか一杯食べられるなんてことは、数年に一度あるかないかなんです」
「ふーん…」
ライカは先ほど会った村人たちに痩せている人間が多かったのを思い出した。また、目の前にいるマホロもそうだ。この村の人間が慢性的な飢えにさらされているのは確かなようだった。
「それでも、飢え死にする人間がでるようなことはめったに…ここ数十年はありませんでした。村人たちは厳しい環境のなかで互いに助け合って、何とか細々と暮らしてきたのです」
「はい質問」
ライカが手のひらをピッと顔の横まで上げてそう言った。
「あ、な、なんでしょう?」
「どうしてあなた達はそんな貧しい所で暮らしていているの?もっと豊かな土地を探そうとは思わなかったの?」
「それは…そうですね。確かに、そう思われるのは当然かと」
(私だって子どものころに何度も思っていた。なんでもっとおなか一杯食べられるところに行かないのって)
「最初にこの土地に人が住み始めたのはずいぶん昔なんです。それこそ具体的に
何十、いえ、何百年前なのかもよくわからないくらいの昔です」
「はぁ~そんなに。それであなた達はその人達の子孫なわけ?」
「はい。そういうことになります」
マホロはライカと話しながら、自分の幼いころを思い出していた。今は亡き彼女の母は、暇さえあればマホロに自分たちの先祖の話をしていた。農作業や、細々とした手仕事の合間に。母との思い出の多くは、その昔話と共にある。
「で、あなた達の先祖はなぜこんな所に住み始めたの?」
「この村に口伝で伝えられている伝承によれば…最初の村人は、元々はここから遠く離れた場所にあるとある大国に住んでいた人間で、その国ではかなりの有力者だったとのことです。しかしある時代に、王位継承に関する争いに巻き込まれることとなってしまいました」
「あ、なんか読めてきた。それで国にいられなくなったんだ」
「はい。先祖は王位継承候補の一方と親交があり、密かに支援をしていたそうです。…しかし、結局その候補者は敗北しました。そして新しい王は即位後、まずなによりも先に、かつての対抗者とその支援者たちの投獄、処刑を始めることにしました」
「まあそうなるよね」
「王は残酷な迫害を行いました。彼らを、その家族たちも含めて追い立て、投獄し、次々と処刑していきました。老人も、若者も、子ども達ですらです。処刑をまぬがれたわずかな人間も、多くが最下層の奴隷の身分まで落とされたとのことです」
「でもあなた達の先祖は逃げ延びた…」
「ええ。…けれど本当だったら私たちの先祖たちも滅ぼされていたはずなんです」
「…どういうこと?」
ライカは首を傾げてマホロに問う。
「言い伝えによれば…王が討伐軍を派遣する前に、先祖たちは幸運にもその情報をいち早く得ることができた、彼らの住居を兵隊達が取り囲んだ時には、すでに皆逃げ出して、もぬけの殻だったのです。彼らは国境を出て、王の手の届かない場所へ
行こうとしていました」
「王は怒ったでしょうね」
「はい。すぐさま兵士たちに馬で追わせました。先祖たちは先んじて逃げ出しはしましたが、女性や子どもも含まれた集団であったため足は遅かった。案の定国境の直前で追いつかれてしまいました」
「追いつかれちゃったんだ!?」
「兵士たちは、逃亡者達を牢獄まで連行する必要はないという命令を王から受けていました。その場で全員殺してしまって良いと。…彼らはすぐさま命令を実行しようとしました」
「ええ…。どうなっちゃうの…」
ライカはマホロの話に見事に引き込まれている。それを見てマホロは、自分では気付かなかったが、少しだけ得意な気分になった。
「…先祖たちは逃げ出さないよう縛られた上、一箇所に集められました。…そして兵士たちは剣を抜き…先祖たちの首を片っ端から刎ねようと彼らに近づいていきました。…その時、」
「そ、その時?何があったの!?」
「その時…あ、すみません。話ちょっと止めても良いですか?」
「…は?」
突然話を止めたマホロにライカの動きが止まった。
「ちょ、ちょっと!今すごく良い所だったでしょうが!なんで止めんのよ」
「うっかりしていました。刻限までに儀式の準備をしなければならないのに」
「儀式?準備?」
「もちろん生贄の儀式の準備です」
「イケ…あー!!そうだった!そういえば喰われるんだった私!!」
ライカが髪をかきむしり、体をよじりながら言った。
「儀式は真夜中に行われます。まだ数時間ありますが儀式の場までは道中時間がかかりますので、さっさと準備を終わらせて出発しないと」
「準備…て、具体的には何を?」
「とりあえず、まずは生贄の体を清めます。…えっとあなたは…随分長い旅をしてきたようですから念入りに清める必要がありますね」
「…え、もしかして私臭ってる…?」
「…体を清めた後には服もこちらで用意したものに替えていただきます」
「やっぱり臭ってる…?でも!最近ずっと野宿だったから仕方ないでしょ!ねえ!」
「それ程ではないので大丈夫ですよ。体を清める場は外にありますので、すぐに向かいましょう。だから早く服を脱いでください」
「それ程じゃないのかー。良かった…。…服を!!??脱ぐ!!??」
「はい。早く服を脱いで裸になってください」
「はだか!!!???」
「はい」
「……」
「……」
あたりに沈黙が満ちた。
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