第5話

 ひたすら気まずさを引きずりながら、門田はペダルを踏込み、玲は後を追って無言のまま部屋に着いた。

 身体は芯から冷えきり、指先の感覚は鈍く、歯がカチカチと鳴る。玄関の内側で乱雑に靴を脱いだ。

「さむい……」

 背後のすぐ傍からか細い少女の声がした。玲のテノールというよりアルトの声質とはまた違った甘ったるさが耳に響いて落ち着かなくなった。門田はその声を聞かなかったことにして、室内へと向かった。

 風呂を沸かす為に浴室へ行くのに気まずさと緊張感を覚えたのは初めてだった。

 浴槽の栓をして、湯はりのボタンを押した。浴槽に湯が増えていく。湯気がたちこめ、視界がぼやけたような気がした。

 濡れた服が氷のように冷たくなっている。門田はインナーごと重ね着していた服を一気に脱いだ。バスケが出来なくなった今も筋トレは続けている。筋肉がつきやすいと言われた。割れた腹筋と、かすかに盛り上がった胸筋は密かな自慢だが、誰かに話したことはない。そもそもチームメンバーとはプレイの戦略以外ほとんど喋らなかったし、必要性も感じていなかった。プライベートなつきあいは玲だけだった。

 玲がいれば、バスケがあれば、何も不足を感じることはなかった。この一年はどちらもなくしていたと思っていたが、ふと、門田は思い直す。


 浴室を出て、脱衣所の洗濯機に着ていたものをつっこんだ。トランクスだけの格好で脱衣所から出ると、リビングのソファで玲テレビを眺めていた。ふと、門田に目を向けニヤリとわざとらしい笑みを浮かべた。

「彰吾ってば、やる気満々?」

「服、濡れてたんだよ」

 半ば無視をするように自室に向かい、衣装ケースからロンTとパーカーとスゥエットパンツを出して着替えた。スゥエットを穿いたところで玲が部屋に入ってきた。

「服着てる」

「悪いかよ」

「こんなに可愛い女の子が目の前にいるのに、なんでそんなに暗い顔してるんだよ」

「おれ、どうしたらいい?」

「言ったじゃん。キスしに来いよ」

「おれたち、そんなんじゃ、なかっただろ。身体が女になったからって、玲は玲のままで、男で、女子が好きなんじゃないのか? おれと、そういうことすんの、気持ち悪いとか思わねぇの?」

「彰吾は僕とするの気持ち悪いんだ」

「そうは言ってねえよ。おれから見た玲は、玲だけど、女子だし、でも、お前から見たらおれはおれのままだろ。男同士でそういうことすんの、抵抗ねえの」

「彰吾とだったらないよ。もう女の子になって一年経って馴染んでるのか、彰吾のこと、前とは違った感じで好いなって思ってるし、男の体でできなかったけど、女の体でするセックスにも興味あるし、するなら彰吾としたい」

 門田の喉が上下する。玲はベッドに腰かけ門田を見上げる。

「ほら、早く来いよ」

 愛らしい声は絶対的に響く。門田は玲の前に立ち、床に膝をついた。

「玲なんだよな」

「そうだよ。身体が変わっても僕は僕だよ」

「玲なのに、女子なの、混乱する」

 玲は、門田の頬を両手で挟んで、自分に向くよう持ち上げる。

「彰吾が戸惑ってるの珍しいからウケる」

 玲がいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。

「ウケる、じゃねーよ」

 門田もようやく少しだけ表情を柔くした。

「ほら、幼なじみの美少女だぞ。早く堪能しろよ」

「なんでそんなに偉そうなんだよ」

「超絶レア美少女だからだよ」

「女になるなんて思いもしなかったよ」

「普通そうでしょ? なんだよ? 女の子になった僕は嫌なの?」

「んなわけねーだろ」

「男の僕の方が良かった?」

「そりゃ、男だった玲のほうが慣れてるし、おれ、女子と関わったの相田さんが初めてだったから、どうしていいか、わかんねーよ」

「彰吾、エロい願望ないの?」

「玲は?」

「なんで質問を返した? 言えないレベルなの?」

「考えたことなかったんだよ。バスケしてた時はバスケのことで頭いっぱいだったし、相田さんも何となく付き合ってみたけど、あんまりそういうのなかったし」

「本気でいってる? で、この美少女を前にしてキスしたいとか、エロい事したいとか、一ミリも思わないの?」

「わかんねぇ」

「もぉお。彰吾めんどくさいぃ。じゃあもういいからまずはキスから」

 門田の手が玲の肩に伸びて、柔らかく触れる。

「彰吾緊張しすぎ。僕まで身構えちゃうじゃん」

「文句言うな」

 門田の右手が玲の目を覆った。左手の指が軽く肩に食い込んだ。唇が重なる。玲は咄嗟に目を閉じ息を飲んだ。

 門田は片手で玲の視界から世界を奪った。そして、あっという間に目の前は明るくなり、目を開けると照れ隠しに仏頂面でそっぽを向いた門田の横顔が映る。

「え……。終わり?」

「しただろ」

「したけど」

「風呂沸いてる」

「一緒に入ろ♡ って?」

「体、冷えてるだろ。先に入ってこいよ」

「一緒に入ろうよ」

 玲が門田の手を握り、微笑む。門田は答えない。今のキスで門田の大きな手や力強さを改めて感じた。しかし、触れ合った唇から門田の弱さが伝わってきた。

「行こ」

 握った手を手網のように揺らすと、門田は立ち上がった。門田は玲を拒まない。玲はそう確信してほくそ笑む。門田の手を強く引っ張りベッドへ倒れ込む。

 玲の行動に驚いた顔を見せたが、怒ったり声を荒らげることはしない。

「ちょっとだけ、僕のしたいエロいことに付き合ってよ」

 そう言って、玲は穿いていたジーンズを脱ぐ。女性用下着も今や穿き慣れたものだ。門田のスゥエットパンツのウエストゴムを引っ張る。

「ほら、彰吾も脱いで」

 門田は一瞬躊躇った様子を見せたが、玲の言うことに従った。

「ふふ。ちょっと勃ってる」

 仰向けの門田に馬乗りになり、互いの下腹部を密着させる。

「おい、玲!」

「いいから。入れないから安心しろよ。っていうか、彰吾のがすんなり入るとは思えない。素股って言うの? 下着のままでもよかったんだけど、んっ。直接擦れるの、結構いいね」

 そう言ってゆっくり腰を前後に動かす。玲の襞が門田の陰茎に添い、玲の入口が裏筋と擦れ合う。溢れる玲の体液でどんどん滑りがよくなっていく。

「彰吾、気持ちいい?」

「……ヤバい……」

 大きく前後させると、時々門田の先端が玲の入口に引っかかる。

「先っぽちゅっちゅしてあげよっか」

 と、わざと入口を押し当てて小刻みに揺らすが、まだ固い入口は先端の進入を許さない。

 門田が腰を掴むと、玲はいたずらっぽい笑みを浮かべて腰を躱す。

「まだダメ。お風呂はいってないだろ」

「ここまでしといてよく言う……」

「裏筋よしよししてやるからそれで我慢しろよ」

と、また陰茎に添って腰を前後する。

「気持ちいいね。彰吾」

「おれ、もうヤバい」

「気持ちいい?」

「うん。気持ちいい……」

「出ちゃう?」

 門田が苦しげに眉根を寄せて頷く。

「可愛い……。出る時、出るって言うんだよ」

「出る……」

 くっ、と短いうめき声の後、門田の腰が跳ねて、腹に吐精した。

「わ。いっぱい出たね」

 あっという間に達した門田に対して愛おしさが込み上げてくる。そして、門田が自分で強い快感を得たことにも満足感がある。

「おれだけいったの、すげーダサい」

 門田が両手で目を覆った。

「馬鹿な彰吾。だからいいんだよ。風呂入ろ。僕の体洗わせてあげる」

 玲は門田の額にキスをして、ベッドから降りた。

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TSしたので親友(♂︎)を誘惑する。 森野きの子 @115ma

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