終末の世界に生まれる生命

呉根 詩門

残された希望と祈り

 黒い雪の朝、私は起きたら毎日欠かさず行く所がある。


 そこは、庭に植えてある一本の幼木。


 その木はあの子の希望。


 そして祈り。


-----


 第三次世界大戦によってもたらした放射能の雨が空から降るのが私たちの日常。


 地上の緑は失われ、荒んだ褐色の大地ほぼほぼ新たな命を生み出さなくなった。


 「姉ちゃん! お腹空いた!」


 戦争を何とか生き延びたサバイバーたる私たちは日々1日1日を生きるのに必死だ。


 「颯太、わかってるわ。今から外で買ってくるから」


 わずかに機能している唯一の情報源はラジオのみ。


 そのラジオの情報だけを頼りに放射能汚染をできるだけ避けて地上で生活をしている。


 私は、雑音がかなり混じったラジオのニュースに耳を傾けた。


---- うん! 午前中は外出できそうだ。


 かと言って油断していると生死に関わるので私はすぐに身支度を整えると


「颯太! 買い物に行ってくるから大人しくしているのよ」


「はあーい」


 私は雨ガッパに身を包むと家から外へ出た。


 もちろん、雨ガッパなどで汚染など予防などできるわけはない。


 私も、颯太も放射能にかなり汚染されているのだろう咳き込むと真っ赤な血を吐く。


 それでも、私たちは生きなければならない。


 この終末の世界で私たちを必死になって育ててくれたお父さんとお母さんの為に!


 あちこちひび割れたアスファルト。


 半ば崩れ落ちた建物。


 世界大戦後、日本と言う国は無くなった。今、現在は東京があった所に暫定臨時政府と言う組織がボロボロになった、かつての日本を運営している。


 その暫定臨時政府はせめて国民を餓死させないように色々と配給などを行なっているが、いかんせん下々の民衆に渡る前に途中で横領されて、私たちの所には微々たる物しか与えられなかった。


 それで日々の生活は無理だ。


 それ故か、横領されたと思われる食料などが闇市で売られているのが現状だ。


 もちろんかつての日本紙幣など、ただの紙切れしかならない。


 闇市は基本的に物々交換だ。


 私は庭の井戸から水を2リットルのペットボトル3本分に詰めると闇市へと駆けた。


 水はかなり貴重だ。


 放射能に汚染された水も飲めないことはないが、必然的に自分の寿命を縮める。


 私の家の井戸は今は亡くなったお父さんとお母さんが必死になって地下深くまで掘った汚染のない地下水。


 普段は、井戸を厳重に封印して空からの放射能の雨に晒されない様にしている。


 しかし、例えクリーンな水を汲んだとは言え時間が経過すれば徐々に放射能に汚染される。


 水は鮮度が命なのだ。


 私は闇市へと着くと、馴染みの食品露店へと向かった。


「愛ちゃん、いらっしゃい!」


 露店にはいつも店番している、白髪頭のおじさんがニコニコしながら出迎えてくれた。


「おじさん!これ、いつもの水です!」


「いつもすまないね。うちの子供達も愛ちゃんの所の水でなきゃダメだって。こんな時に贅沢覚えてしまったよ」


 と、おじさんは、ハハハ……と乾いた笑い声をあげた。


「それじゃあ、これがうちの店の商品交換券ね」


 おじさんはレシートみたいな紙切れを3枚私に手渡した。


 一枚でこの店で商品を一個交換できる券だ。


 私は「ありがとう」と言いつつ、まばらに置いてある商品と睨めっこをした。


 しばらく考えた後、私は魚の缶詰3個と交換して急いで帰った。


 いつ空から死の雨が降ってくるのかわからない。


 ゆっくりなどしてられない。


 私は家に着くと大きな声で


「ただいま!」


 と言ったが颯太の「おかえり!」の返事はなかった。


 私の心は一瞬にして不安に染まって、家中を叫びながら颯太を探した。


 だが、颯太の影は家のどこにもおらず頭が真っ白になった。


 混乱している中私は、もしや?と思って庭へと走って向かった。


 その私の視界に入った光景は信じたくなかった。

 

 何かの悪い冗談だと思いたかった。


 そこには颯太が口から大量の血を吐いて、うつ伏せに倒れていた。


「颯太!颯太!」


 私は出来る限りの力を込めて、颯太の体を揺さぶると


「姉ちゃん……やったよ……ついに芽が出た」


 消え入りそうな声の颯太の視線の先には、小さな、本当に小さな植物の芽が出ていた。


「颯太、これって?」


「姉ちゃんには黙っていたけど、お父さんの部屋に何かの植物の種があったんだ。それで試しに植えていたんだ。色々工夫して育てていたけどいつも失敗ばかりだったんだ。だけど、遂に芽が出たんだ」


 血の気の失せた真っ白な顔をした颯太の顔は満面の笑顔だった。


「だからって! そんな体で育てるなんて! 颯太! あなたまで! 私を1人にしないで!」


「姉ちゃん……お願いがあるんだ。こいつを大きく育てて欲しいんだ。僕だと思って」


 私はその場で崩れ落ちた。


 そして、顔を空に向けて大きな声で泣いた。


 そう、荒野にただ私の声だけが響いた。


 しばらくした後、私は颯太の遺体をお父さんとお母さんのお墓の隣りに埋めた。


 そして、私は颯太の遺言を飲む事に決めた。


----


 あれから幾ばくかの時が過ぎた。


 時は冬。


 黒い雪が降る中、私は幼木に優しく井戸水をかけた。


 この木はこの後どの様に育つのだろう?


 この全ての命が途絶えつつある世界で、この木は颯太が残した最後の希望であり、祈りなのだ。

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終末の世界に生まれる生命 呉根 詩門 @emile_dead

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