第6話『理想の先輩と』


 初心者丸出しの俺たちに声を掛けてくれたのは、なんとも優しそうなお姉さんだった。その風貌は魔法使いのような白いローブを着用した、聖母のような出で立ちだった記憶がある。柔らかな長い銀髪に、薄いメイク。なんというか途轍もなく魅力的な胸部……くびれた腰も、現実でよく見るモデルなんか顔負けの、ゲームのアバターだ。


「貴方たち、新人さんでしょう?もしかして、困っているのかなって……その、余計なお世話だったかもだけど……」


「……い、いえ!!そんなことないッスよっ!」


 ポケーっと見惚れてしまっていた俺は、なんとかその人に反応する。

 フェイトも無いメガネを直す仕草をし、アンジュはなんかちょっと拗ねていた感じもするが、俺にはわからなかったな。


「えっと、お姉さんは……プレイヤーさんですよね?」


「ええそうよ。ほら、頭の上に星のマークがあるでしょ?」


「ホントだ!それって確か、ソロプレイヤーのマークですよね!?」


「そう。私はソロだっ……だからね」


 ウインクをして、お姉さんは笑った。

 自分の頭上は見えないが、俺たち新人もそのままの通り若葉マークが付いている。

 アンジュもフェイトも、しっかりと初心者のマークが輝いているのだ。

 因みに、『ブレイズ』に所属しているプレイヤーは旗のマークだったな。


「ソロプレイヤーってことは、上級者さん……なんじゃ?」


「確かに、『ブレイズ』に所属することが重要視されるシステムでソロ……お姉さんはかなりの腕前なんですねっ」


 アンジュとフェイトの言葉に、お姉さんはブンブン首と両手を振って否定を始めた。なんとも可愛らしい人なんだと、俺は一瞬で心を許したね。


「ち、違う違うっ、私はエンジョイ勢だよ。でもね、私がそうだったように、初心者の子供たちが困っているのは見たくないから……だからこうして、この初心者の町『ファーマリエ』で見回りをしているのよ?」


 お姉さんの言葉に合点がいったのか、フェイトが言う。


「なるほど。噂に聞く、害悪行為や犯罪行為を平気で行う、悪質なプレイヤーのことですか……聞いてはいましたが、本当に存在しているんですね」


「うへぇ、そんなのがいんのかよ……」


 古くは十数年前から存在する、MMOでの暴言や迷惑行為による事件。

 異世界のようなゲームであるこの『OOOスリーオー』にも、少なからず……いや、規模で考えれば数多のプレイヤーが存在していた。取り締まるのも難しい、現代社会の問題の一つでもある。


「うん。ハヤトのようなバ……純粋な人間は注意だよ」


「おいフェイト、今バカって言おうとしたよな??」


 青い髪の少年は、どうやらこちらの世界だと気が大きくなるらしい。

 しかしながら俺も、そんな言葉を言われてもどことなく嬉しいのだ。

 仲が良いから許される関係。それを暴言だとも思わないし、そんなことで嫌いになったりはしないだろう?まぁ……人によりけりなんだけどさ。


「……君、ハヤトくんって言うの……?」


「え?あ、はい……そーですけど」


 お姉さんが俺の名前に反応していた。小首を傾げ何かを思い出そうとするように。

 そしてその仕草を、俺もアンジュもフェイトも、知っていたんだ。

 覚えていた、あのときを……四年前、まだ『OOOスリーオー』がサービス開始されて一周年を迎えたばかりの頃、新宿『ゲート』で俺たちに憧れを与えてくれた……あのお姉さんを。


「え……?も、もしかして、あのときの……?私が新宿『ゲート』で、『OOOスリーオー』のことを教えた、小学校低学年くらいの??」


「え……あっ!!もしかして、あのときのお姉さんっ!?」


「う、うそぉ!そんなことあるの!?」


「……どんな確率なんだ」


 俺たち三人はそれぞれ驚いた。

 あのときのお姉さんのことは、きっとヒビキとサクタ(今いない幼馴染)も覚えているはず。それだけ、俺たちにとって思い入れのある出来事だったんだから。


「えぇ〜!?あのときの子供たちが、こうして『OOOスリーオー』に入ってくる……そっか、そうだよね。もう『OOOスリーオー』がサービス開始

されて五周年なんだもん。うんうん、そっかぁ〜〜」


 お姉さんは感慨深そうに、一人うんうんと頷いていた。

 可愛らしい仕草はきっと、沢山のプレイヤーを虜にしているに違いない……ソロプレイヤーだけど。


「えっと、あのときのお姉さん……名前って」


「ハヤト、名乗るときは自分からだよ。ゴホンっ……僕はフェイトって言います」


「あ、ズリぃっ……俺はハヤト(仮)かっこかり!」


「私はアンジュって言うプレイヤーネームです」


「……えっと〜、かっこかり?」


 三人の名乗りを聞いて、お姉さんは困ったように。

 そういえば、さっきは俺の名前を聞いてピンときていたようだった……もしかしなくても、四年前に新宿『ゲート』で会話した際、幼馴染の誰かが俺を呼んだことを覚えていたのか。すげぇ感動なんだが!?


「恥ずかしーんですけど、実はリアルと同じ名前になっちゃって……後でリネームするつもりなんで、仮です」


「え!?それ、どんな確率なの!?」


 お姉さんは手で口を隠すほど驚いていた。

 アンジュとフェイトを見ればわかるように、基本的に横文字……外国語の名前が抽出されてランダムに名前が付けられる。日本語も多く含まれているが、日本人が日本語のネームになることはほぼないと言われていた。

 それは、異世界への憧れ……もしくは自分ではない自分になるための、一種のロールプレイを行わせるものだと思われる。


「やっぱり驚きますよね」


「うん……本当に凄いと思う。ある意味貴重だよ?ハヤトくんのデータ」


「そ、そっすかねぇ。へへへ……じゃあ名前変えなくても良いかも」


「調子に乗らないのっっ!リネームしたいって言ってたじゃない!」


 後頭部を掻きながら照れる俺に、アンジュが『臥竜族』のアイデンティティ、角を掴んで怒ってくる。まだ幼いアバターだから角も短く、とにかく頭を掴まれている感覚だった。


いでででででででっ……!」


「痛いわけ無いでしょっ!これはゲーム、痛覚はないんだからねっ!」


「ででで……え?うわホントだっ!気の所為だった」


 VRゲームよろしく、この『OOOスリーオー』というゲームにも痛覚は存在しない。味覚や嗅覚は再現されているのに、ご丁寧なことだよ。

 因みに、ある特殊なプレイヤーは痛覚を再現するツールを使用しているらしい。

 しかもそれだけじゃなく、未成年は使用できないような、センシティブパッチも存在する……。少し前にアンジュが言っていた奴だな。


「痛みを再現してしまえば、ゲームをプレイしたくなくなる人もいるだろうからね。でも痛覚がないということは、それだけ無茶をしてしまう人も続出するということだよハヤト。だからこそ……」


「そ。だから、私たちのような新人のうちは戦闘が非推奨なのよ……痛みがないこの世界に慣れすぎて、現実でも同じことをしないように、ってね」


「そうね。私の友達も、こっちに入りすぎてリアルで怪我をする人がいたわ……」


「マジっすか……」


 その事故報告は、俺も何度か見たことがあった。

 『OOOスリーオー』の世界がそれだけ本物だと言うことでもあるな。

 ゲームに夢中になりすぎるのも、考えもの。そういったルールを用いるのも、ゲームでは当然の対応なのだろう。


「そうなの。だから私のような、初心者を気にするプレイヤーもいるってことね。ふふっ……『OOOスリーオー』を嫌いにならないで欲しいから」


 お姉さんは笑う。まるで聖母だ。


「「お姉さん……」」


「……ところで、お姉さんのお名前は?」


 話に戻ろうと、アンジュがお姉さんに問う。

 俺たち三人は自己紹介したが、俺のプレイヤーネームのせいで脱線していた。


「あっ。ごめんごめん……私は、プレイヤーネーム【ミストラル】。種族は『猛騎族』よ……気軽にミスティって呼んでねっ?」


 笑顔が弾ける優しき先輩プレイヤー【ミストラル】。

 初心者である俺たちに手解きをしてくれた、理想の先輩。

 現実でも俺たちに『OOOスリーオー』のことを教えてくれたお姉さんとの再会が、俺の二つの人生を変えるんだ……。




――キャラ紹介――

・ミストラル  愛称ミスティ。現実でも主人公ズに憧れを与えた人。

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