第5話『初心者たちの町』


 初心者がログインするときの専用の場所、それが『始まりの丘』(ログインする『ゲート』により場所は違う)だ。

 俺たち三人はその丘から下りた場所にあるという、新宿『ゲート』からログインして『OOOスリーオー』をプレイする人は誰もが辿り着くチュートリアルでもある町、『ファーマリエ』へ向かっている。


「……なるほど、やっぱり色々とロックがかかってるんだなぁ」


「歩き『ODC』はマナー違反よ?」


「スマホみたいに言うね、アンジュ」


「実際似たようなもんだしなー」


 俺が歩きながら、この世界の情報管理をするための『ODC』を見ていると、現実のような指摘をされてしまった。確かにマナー違反ではあるかもしれない、注意しないと。しかし……今ウィンドウで確認したが。


「なぁなぁ、どこまでいけばやれることが増えるんだ?プレイヤーの名前を変更するアイテム欲しいんだがっ!?」


 現実とゲームの世界で名前が同じなんて嫌だ。

 別にハヤトって名前が嫌なんじゃなくて、折角なら他の名前が良いってだけだけどさ。変えられるのなら早いほうが良いじゃん?慣れちゃうと、変えるのも変になっちゃうし。


新人ニュービーのうちは無理だった気がするよ」


 フェイトが言う。

 なんてこった……つまり単純計算でも、数ヶ月。


「……そんなの、慣れちまうんじゃ」


「別に良いんじゃない?私たちは呼びやすいし、誤爆することもないし」


「名前を呼ぶだけで誤爆扱いなんだが!?それに、一発で日本人ってわかるじゃん!」


「日本のサーバーからログインしているんだから、嫌でもバレるよ。新宿『ゲート』からログインしてること、忘れてる?」


 丘の景色を見ながら、俺たちは順調に下っていく。

 「海外のサーバーでは……」「名前の変更以外にも……」「他の『ゲート』からログインしても……」「『OOOスリーオー』の名前の由来は……」など、そんな変哲もない会話をしつつ、数分歩いた先には。


「……あ!見えてきたよ、二人共っ。ほら見て、あれが『ファーマリエ』。私たち初心者の町、この『OOOスリーオー』……『コンバージョンワールド』の最初の町!」


 アンジュが言うその意味は、俺たち三人にとっての最初の町……という意味だ。

 新宿『ゲート』以外の場所から初めてログインしたプレイヤーは、当然ながらその『ゲート』付近にある町が最初の町になるからな。つまり……日本だけでも最初の町が二百箇所あることになる……最初の町とは??


「うおおおお!すっげぇぇぇ!」


「本当だ……凄い以外の言葉が出ないよっ」


 アンジュの言葉に、俺は目をカッ開いてその景色を視界に収めた。

 フェイトの奴も感動しているのか、目を輝かせて、志譚族の証である獣の尾をブンブンと振り回していた。やっぱり、感覚があるんだろうか……。

 そしてこの尻尾、ネコだろうか。


「おーー、異世界アニメでよくある壁に囲まれた町じゃん!!」


「あれは中世ヨーロッパの町を参考にしているからで、同じような感じになっちゃうんだよ……変に変えたら、きっとリアルじゃないって叩かれるよ」


「でもここは日本が舞台だろ?『OOOスリーオー』って、舞台は完全に地球と同じ規模で、同じ土地なんだし」


「そうね……でもあの町は、どう見ても海外風だもんね」


 この『コンバージョンワールド』という世界は、十二年前に地球に降り注いだ『アストラル・ボディ・パーティクル』……通称『ABP』が収集した地球の情報を元に、形成されている。だから、この世界の地図は地球の地図と同じだ。


「町で地図を買えばわかるけど、微妙に違うんだよ」


「違う?なにがだ?」


「些細な場所だよ。海上には、地球にはない小島や、大きな穴が開いてる土地とかもある。実際その場所に住んでいる人は、少し怒ったみたいだけどね」


 同じ地図なのに、自分の住んでいる場所が消滅している感じだ。

 確かにそれは嫌だな……ゲームと理解していても、怒る人は少なからずいるんだろう。


「でも基本的に、やっぱりおなじみの『ゲート』からログインするから、他の国には中々行けないみたいだけどね……楽しみではあるけど」


 「えへへ……」とアンジュは笑う。

 そう言えば、アンジュの父親は海外転勤で、日本にはいないんだった。

 リアルでは中々に会うのは難しいけど、この『OOOスリーオー』でなら、もしかしたら気軽に会える可能性があるのか……。


「なぁ、外国のログインエリアに行くってさ、どうすればいいんだ?」


 アンジュ……ミウを親父さんに会わせられるかも知れない。そんな思いだった。


「『ポータル』を使えば良いんだよ」


 『ポータル』……聞いたことはある言葉だった。

 けど、このときの無知な俺は知らなかった。それがわかるからか、アンジュが説明を始めてくれた。


「簡単に言うと、テレポーテーション……転移って言えばわかるかなぁ」


「おお!それならわかるぜっ!じゃあその『ポータル』ってのを見つければ、海外旅行みたいな真似もできるんだな、ゲームの世界で!」


 それなら日本と海外を行き来できる。

 このときの俺は、『ポータル』……つまり大陸間移動、『コンチネントポータル』の使用に関するルールを甘く考えていたんだよな。


「!?」


 しかし驚いたように、フェイトが俺の顔を見ていた。

 俺の口から旅行だなんて言葉が出るとは、思わなかったのだろう。


「そっか……確かにそれなら、戦闘はしたくないプレイヤーでも楽しめるもんね!あははっ、ハヤトってやっぱり変なこと考えるねっ」


「変って……」


 フェイトの言葉に、アンジュは意図を理解したのか頬をほんのりと染めながら笑った。そんな『OOOスリーオー』での未来を楽しむ会話をしつつ、俺たちはとうとう平地まで下ってきた。すると視界にはようやく……『ファーマリエ』の入口が目に見えた。高所から見る景色とはまた違うし、現実の都会とも全く違う、まさしく異世界の町が。


「……すげっ……」


「本当に物語の世界だよね、感動しちゃう」


「これぞ異世界、誰もが憧れ、一度は夢見る場所……そんな場所に、ゲームの世界で来れるんだ。すごい時代だよ」


「ホントーだな。しかも世界規模、全人類がログインできるし、別にデスゲームでもなんでもないんだから……」


 当然ながら、高齢者やゲームを毛嫌いする人、リアルを中心に生きている人はプレイすらしていないかも知れない。それでも、ここは夢の世界だと言える。

 現実では粒子になって機械の中で漂っているだなんて、そんな現実離れしたことが起きていることを忘れてしまうくらい、この世界は魅力的過ぎる。

 きっとこの世界に初めてログインした人物たちは、このときの俺たちの感動以上のものを得たんだろうと思う。


「さぁ……町に行こうぜっ!チュートリアルをしないとっ!!」


「うん!」


「そうだね!」


 いざ……初心者たちの町、『ファーマリエ』へ。




 そこは最初期、更地に数件の建物(NCCの)があるだけだったらしい。

 この『OOOスリーオー』は、VRMMOのような戦闘が目玉だが、町を発展させるような要素も当然ある。だから俺たちが見ている今の『ファーマリエ』は、先人が発展させた状態の産物なんだ。他の町も一緒で、全てプレイヤーにより開拓された町だ。

 『コンバージョンワールド』の町や村は、もれなくそんな感じだったらしいが、地球で言う六大陸でわけられた六つのエリアにある全ての町や村は、もう既に発展した状態なのだとか。


「すげぇ賑わってるな……」


「これ、全部プレイヤーなのかしら」


「いや、三分の一はNCCだよ。この世界はゲームだから、普通のRPGやMMOのように、クエストを受注してアイテムやお金……クレジットを得るんだけど、クエストの数が膨大すぎて、サービスが開始されて5年経っても判明していないクエストが山程あるんだってさ。なにせ無数に派生していくからねっ」


「「へぇ」」


 俺たちが目指す場所は、チュートリアルでもある『クラス』……いわゆる職業の設定をするための場所だ。呼び方はそれぞれで、『ギルド』と呼ぶ人もいれば『組合』と呼ぶ人もいるらしい。正式な名前はないのかもな。


「あそこかな。ほらハヤト、アンジュ……行くよっ」


「建物デカっ!」


「わぁ、本当ね。でも、来客するプレイヤーが多いからじゃない?」


 フェイトはテキパキと進んでいくが、正直俺はもっと町を見たいと思っていた。

 アンジュもそんな感じなのか、気持ちの逸るフェイトの襟首を掴んでいる。

 しかし、そんな素人丸出しの俺たち新人に……突然声が掛けられたんだ。


「――貴方たち、もしかして新人さん?」


「「「え?」」」


 優しげなトーンの声音、聖母のような雰囲気。

 長い銀髪に垂れた目つき、貴重な装備であろうドレスのような服。

 俺たちを気にかけてくれた心優しいプレイヤー……これが、俺たちの憧れの存在、プレイヤーネーム【ミストラル】、愛称ミスティさんとの再会・・だった……。




――用語――

・『ポータル』       短距離の転移を可能にする装置。

・『コンチネントポータル』 長距離の転移を可能にする装置。

・『ギルド』or『組合』   『ブレイズ』とは違う、様々な手続きをする場所。

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