第28話 エピローグ

 コンサートホールの天井から、煌めくスポットライトが降り注ぐ。光が空気に熱を与え、独特の匂いがステージにはいつもあった。

 アリーナその中心には、円形のステージが設置され、立夏は眩しさに目を細めながら周りを見回した。イロハは全方向に挨拶をしようと、手を振りながら一周している。

 立夏は凛とした笑顔を浮かべ、イロハはいつものように無邪気な笑顔で客席に手を振った。

 会場はありがたいことに満員、幾千ものペンライトが波のように揺れ、大歓声が二人を包み込んでいた。


「今日はメニカラのコンサートに来てくださり、ありがとうございます」


 立夏は一度大きく息を吸い込む。その音にあわせてざわめきが波のように引いていく。

 よい観客たちの反応に、立夏は丁寧に頭を下げた。客席から一斉に歓声が上がり、立夏の名前が叫ばれる。ああ、まるで夢みたいと立夏は輝くステージの床を見ながら思った。

 立夏の次はイロハだ。イロハは立夏と違い、ステージの上が大好きで、今もマイクを握りしめ明るい声で周りに目を配る。


「初コンサート、どうでした? 楽しめましたかぁ?」


 客席へとマイクを向ければ、すぐに咆哮のような歓声が返ってくる。

 イロハはそれに少しもひるまず、むしろ煽っていた。


「イエーイ!」

「最高ー!」


 観客の熱気が会場を満たし、紫に近い赤と薄い青色のペンライトの光が一斉に揺れる。

 女優になりたかった。小さい頃、夢見た職業に立夏はなれた。

 イロハを見る。イロハがいるからこそ、この景色を見ることができた。自分だけだったら絶対見ることはなかったと立夏は確信していた。

 そして、この光景は二人で見れることが何より嬉しかった。

 イロハがちらりと立夏を見る。立夏は頷いた。


「ここでお知らせがあります!」


 マイクでホール全体に響いた声に、今までとは違うざわめきが観客席を覆う。

 おそらくマイナスの想像、解散とかそういうものが脳裏を過ったファンがいたからだろう。

 立夏とイロハのユニット活動はドラマ発で、いずれそれぞれの女優業に戻ると思われている所も多い。

「なにー?」「教えてー!」というガヤがあちこちから飛んでくる。

 慎重に、丁寧に、イロハとはそう打ち合わせていたのに、彼女の頬はすでにゆるゆるに緩んでいた。


「えっへへ」

「イロハ」

「ごめんごめん、嬉しくて」


 立夏がイロハの肩に肩をぶつける。マイク越しに響くイロハの笑い声に、観客の顔がほっとした。

 イロハの表情を見ただけで、悪い報告じゃないとわかったのだろう。

 演技は上手なくせに、それ以外では感情がそのまま顔に出るんだからと立夏は天真爛漫な恋人を見つめた。

 少しだけ間を置き、イロハはもう一度マイクを握り直した。


「えー、あたしたちメニカラの竜山イロハと」

「虎川立夏は」

「「正式なパートナーになりました!」」


 お互いの手を握り、一度上に挙げる。それから一緒に頭を下げた。

 ペンライトの動きが一瞬止まり、そして、次の瞬間、音が爆発した。


「ええええええ!!」


 驚きの声が弾けるように響いた。

 予想通りの反応だった。純粋な驚きの声に、立夏はアリーナを見回す。

 誰も彼も驚き、喜んでいる。その中に、ネガティブなものはなくて、立夏はほっとした。

 イロハは言えた嬉しさに、羽の生えた天使のようにぴょんぴょんとステージを飛びまわっていた。前列の客に話しかけるように身体を近づけ、マイクを持ったまま満足げに頷く。


「ですよねー! 驚きますよねー! でも、本当だからー!!」


 危ないって言ったのに、と立夏はイロハの方に歩き始める。

 まるで観客と会話しているかのように、イロハが満面の笑みで叫びその場で一回転した。

 浮かれている人とタイトルをつけたらピッタリな作品になるだろう。

「すーごく嬉しい!」と全身で表現するイロハに、会場から「おめでとう!」の声が飛び交い、一気に祝福ムードへと変わる。


「ありがとうね! ずっと片思いしてた甲斐がありましたー!」

「あなた、そんな長く片思いしてないでしょ?」


 出会ったのが、17だから長くて5年くらいのはず。

 そう簡単に計算した立夏の斜め上の答えをイロハは口にした。


「一目惚れして10年以上は長いと思うけど?」

「ちょっ」


 へらりとした笑顔で口にした年数は、芸能界に入る前の話になってしまう。そして、その期間の話は立夏とイロハ以外知らないこと。説明もできない。質問されたら困るので内緒にしようと決めていた。

 客席から笑い声が漏れる中、立夏は慌ててイロハの肩をつついた。


「あ、ごめんごめん。今のナシ。でも、子供でも本気の一目惚れはするから、子供いる人は優しく見守ってあげてねぇ」


 観客席からクスクスと笑い声が広がる。立夏の舞台を見て一目ぼれとか、勝手な解釈が広まりそうな気がした。

 下手に質問されるよりはいいかと、立夏は諦めて微笑む。

 その場の空気をしっかりと掴んでしまうのが、やはりイロハの魅力だ。


「イロハ、ちょっとステイ」

「はい!」


 立夏の言葉にピシッと直立するイロハ。その姿はまるで忠犬のようだった。

 ユニットを組む替えから、イロハが立夏を慕っていた話は広まっている。

 バイト先まで来ていた話もバラエティー番組でよく取り上げられていた。

 カッコいい先輩と憧れる後輩という図式が、二人のファンの中では一番好まれる。

 再び会場に笑いが広がり、立夏は口元にマイクをあてながら、周囲をゆっくり見回した。


「えー……アイドルとしてユニット活動をさせて貰っている身ですが、私もイロハも真剣に考えた結果ですので、どうぞお許しください」

「こればっかりは譲れないから、許してね!」


 丁寧に頭を下げる立夏とは対照的に、イロハはアイドルらしいポーズを決めてから勢いよく頭を下げた。

 気持ちは同じ。立夏はそれを理解している。

 イロハの立夏とまるきり違う表現方法は、ある意味バランスが取れているように思えた。

 頭を下げた二人に客席が再びざわつく。 しかし、そう時間を置かずに反応は返ってきた。


「応援するー!」

「幸せになってね!」


 様々な方向から、ステージへと暖かい声が投げかけられる。最初は、ばらばらだった声がやがて「おめでとう」の声に統一されて言った。

 会場全体を包み込む声にイロハはこれ以上ないくらいの笑顔を浮かべた。

 良かった。その思いが立夏の胸に広がっていく。


「ありがとうございます」

「ありがとう! これからも頑張るからっ」

「じゃ、アンコールの曲、行こっか」

「うん!」


 立夏はイロハに手を差し出す。イロハは迷うことなくその手を取り、見せつけるように指を絡めた。

 その瞬間、会場が揺れるほどの歓声が上がる。

 立夏は恥ずかしさから少しだけ顔を俯けて、イロハは満足そうに客席に手を振っていた。

 スポットライトが二人を照らし、イントロが流れ始めた。

 立夏はマイクを口元にあて、小さくイロハに「好き」と呟いた。


 ***


 ステージの端、照明が届かない暗がりに、全身黒ずくめの男が一人いた。

 誰も彼がそこにいることに気づかないように忙しそうに通り過ぎていく。

 それを当然のこととして、彼は静かに二人を見つめた。


「……あーあ、これ当分食べれないなぁ。面倒なことしたかも」


 綺羅はぽつりと呟き、肩をすくめた。

 生命力に満ち溢れた二人のステージは綺羅が見るには眩しすぎた。絶望とは程遠い場所。

 しばらくは暇つぶしに観察を続けることになりそうだ。お腹が満たされることはなさそうだけれど。

 それでも、綺羅はどこか満足げに微笑みながら、ステージの二人を見つめ続けていた。

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愛のための死なんてクソくらえ 藤之恵 @teiritu

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