ダンジョンサバイバルinゾンビワールド

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第1話 世界が変わりかけた日


「どうして、こんなことになっているんだ!?」


「うううぅううぅ! うぅうあああぁああ!」


 とある『用事』から帰って来た俺は、知り合いだったはずの女子高生をベッドに押さえつけながら、混乱のまま声を上げた。

 女子高生は俺の力に抵抗するように、呻きながらよだれを垂らし、白目を剥いている。


 着ている女子校の制服は乱れ、胸元からスカートから可愛らしい下着が覗く様は、まさに乱暴される寸前。

 ここだけを見ると、俺が怪しい薬物でもって女子高生を手篭めにしようとしている光景にしか見えないが、落ち着いて欲しい。


 現在地は俺の家の中で、女子高生は無許可で俺の家に入ってきていて、そして俺は彼女に首を噛みちぎられる一歩手前だった。


「茉莉(まつり)ちゃん? 良かったら詳しい話を聞かせて欲しいんだけど!」

「ぅううううう。あああああああああ!」

「ダメみたいですね!」


 ぐいぐいと人間離れした力で俺の拘束を解こうとする彼女を、これまた人間離れした力で押さえつける俺。

 彼女を無力化する方法を懸命に考えながら、俺は少し前のことを思い出していた。



 きっと、この状況を説明するヒントがどこかにあると信じて。



 こんな非現実的な何かがいつ起きてもおかしくはない、この、いきなりダンジョンが現れたような世界のどこかに。




──────────




『人類のさらなる成長のために試練を課します』


 そんな声が全世界の人類の脳内に響き渡ったのは、およそ二週間ほど前のことだ。

 突如響いた声に、集団幻覚だの神の降臨だの色々と言説が溢れたが、その答え合わせが終わる前に、世界は否応なく変化を余儀なくされた。


 ダンジョンが出現したのだ。


 一部の熱心なweb小説オタクにのみ歓喜されたその事態は、世界をさらなる混乱へと叩き込んだ。

 場所を選ばず、世界中に現れた次元の穴のようなダンジョンの入り口は、しかしながら日本のオタク達が何かをする前に、瞬く間に政府に閉鎖された。


 ダンジョンを作り上げた謎の声の主は、どうやら有情な方だったようで、いきなりその穴からモンスターが溢れ出すようなことはなかった。

 故に、穴は見つかり次第とりあえず封鎖されていき、穴を見つけた場合は即座に報告するよう政府は指示を出した。


 日本政府は、穴の中の調査を慎重に行っており、その内部の情報はなかなか一般人にまで回ってはこない。

 大多数の一般人は、日本の対応をやきもきしながら続報を待っていた。

 だが、大本営発表を素直に待っていられるオタクばかりではない。


 日本ほどお行儀が良くなかったり、国土が広大すぎて統制しきれていない外国から上がっている情報を、オタク達はこぞって集めた。


 曰く、ダンジョンのシステムに登録することでステータスが得られるらしい。

 曰く、ダンジョンの中にはモンスターが闊歩し、それらを倒すことで得られるポイントでレベルアップやスキルを『購入』できるらしい。

 曰く、余ったポイントはダンジョンを出ることでエネルギーの塊になり、それがエネルギー革命を起こす可能性があるらしい。


 世の中の大多数は、いきなり現れた穴に怯えるばかりだったが、喜び勇んで飛び込んでいく人たちが世界中にいる。

 そんな情報を集めてしまったら、俺たちも入りたいと考えてしまうのも、仕方のないことではある。


 だから、日本もやはり例外にはなれなかった。


 ほどなくして日本でも、未確認の穴を発見し、その中に飛び込んだ人間の情報がぽつぽつと現れ始める。

 彼らはその穴の中の情報を発信し、アカウントを消され、それでも不死鳥のごとく復活したりして、情報は錯綜しながらも拡散していった。



 彼らは、外国からやってきた情報が真実であったと口を揃えて言った。



 それが、およそ一週間前のこと。

 そして、大学で一人暮らしをしていた俺の部屋に、見たことのない次元の穴が現れたのも、そのころのことだ。



 正直に言おう。

 俺はその時点で遵法精神をどこかに置いてしまった。



 突如現れた穴を見て、俺は正確に事情を把握した。

 どうやら、俺は小説でたまにある『自宅にダンジョンができてしまった系』の状況に陥っているのだ、と。

 そして、これを馬鹿正直に報告したら、とりあえず住む場所を追われることは間違いない、と。



 別に最初から、秘匿する気満々だったわけではないのだ。



 ただ、俺の住んでいるアパートは家賃が安いし、隣に住んでいる大家さんとの関係も良好だし、たまに女子高生の娘さん(茉莉ちゃんと言う)とゲームしたりもしているしで、この部屋は居心地が良かったのだ。

 政府だって追い出す以上は代わりの部屋を用意してくれるだろうが、大学から徒歩十分の、居心地の良い物件を紹介してくれはしないだろう。

 だから、正直に報告することで、この部屋を追われるのは困る、と思ってしまった。


 もちろん、秘匿して後でバレた時のリスクも考えなかったわけではないが、自宅にダンジョンがあるという魅力と、報告したときの面倒を考えて、天秤は秘匿に傾いた。



 いや、もっと正直に言おう。

 たとえ後でめちゃくちゃ怒られたり、最悪捕まる可能性とかがあったとしても。

 自宅にダンジョンができたとあらば、入らないという選択肢をどうしても選ぶことができなかったのだ。



 軽率な行動だという自覚はあったし、死ぬ可能性もある。

 それどころか、自分の行動が世界崩壊のトリガーになるかもしれない。

 だとしても、ここでおとなしく報告できる人間だったら、ダンジョン探索RPGをやり込んだり、web小説を読み漁ったりしていない。



 一度、秘匿しようと決めてしまったら『じゃ、とりあえず入ってみよう』と思うのは当然の話だった。



 大学はちょうど、後期の試験も終わり春休みに入るところだった。

 この時期の大学生というのは長い春休みを利用して友達と旅行に繰り出したり、家に引きこもってゲームしたりで、ある程度音信不通になったところであまり怪しまれない。

 まぁ、今はダンジョンが世界中に現れた影響で、旅行というより田舎への疎開みたいなのが増えているらしいが。


 ともかく、自宅のダンジョンに小旅行と俺が決めたところで、きっとおかしくはない。


 あとは一直線である。

 ダンジョンを秘匿するために、俺はまず自宅に誰かが訪れる可能性を減らすことを考えた。


 外部との接触が増えれば増えるほど、自宅のダンジョンがバレるリスクが高まる。

 俺は大学の友人たちには『しばらく家に引きこもってゲームをする』と音信不通宣言をし、大家さんに対しても茉莉ちゃんを通して同様の説明をしておいた。

 こうすることで、俺が全く家から出てこなくても怪しまれない状況を作る。


 あとは、ホームセンターやスーパーでありったけの装備や保存食などを買い込む。

 とりあえず金属バットを買ったり、安全靴を買ったり、ヘルメットも買ったり、一応長靴も買ったり、何かのためにロープやコンパス、方眼紙や各種工具も揃えた。

 他にも、携帯保存食や水を買い込んだり、懐中電灯や電池も怪しまれない程度に買い込む。ヘッドライトも準備しておいた。


 事情を聞いている人間が見れば『ゲームをやるのになぜその備蓄?』と怪しまれただろうが、大きめのリュックに買い込んだ物資を詰め込んでしまえば、ぱっと見ではバレることはない。


 それに、ダンジョンが現れた影響で何かがあっても大丈夫なように、備蓄を増やそうという動きは国中で起こっていた。

 社会は普通に回っていたが、水面下での混乱は確実に大きくなっていたのだ。


 だが、そのあたりの話は、その時の俺の耳にはあまり入っていなかった。

 そんなことより、自宅のダンジョンだった。


 そうして着々と準備を終え、ダンジョンに突入したのが五日前のこと。

 もちろん、最初は日帰りの予定を組んだ。

 午前中にダンジョンに入り、お昼に戻ってきて余裕があれば午後にも入る。

 余裕がなければ午後は反省会で良いだろう。


 そして、意気揚々と次元の穴に踏み込んだ俺の脳内に、唐突に響いたのがこんな声だった。



『ダンジョン18764番へようこそ。登録情報がありません。新規登録を行いますか?』


 俺は本当に、ダンジョンに入ったのだと実感したものだ。



 その辺りから、記憶を整理しよう。

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