夏、江ノ島にて

夏、江ノ島にて

その子と出会ったのは、海が見たいと思い、ひとりで片瀬江の島の駅へ行ったのがきっかけだった。

片瀬江の島に着く頃にはちょうど昼飯どきだったので、まずはご飯にしようと目に入ったジョナサンに行くことにした。

店内は混んでいて、三組の待ち客がリストに名前を連ねて書いてあった。

僕はその最新欄に名前を記入し、窓から見える海をぼーっと眺めて席が空くのを待った。

しばらくした後、店員に声をかけられ窓際の二人掛けの小さな席に案内された。

オーダーを決め、店員に申し付けると、目の前の席-僕の席より一つ隣の同じ並びの二人掛けの席-に女の子が一人で僕の側を向いて座っていた。

向かい合って座っている格好になるので、彼女がメニューから目を上げた時や、店内を見回して海の方を見ようとした際などに何度か目が合ってしまった。

歳は二十歳をギリギリ超えたか超えてないかくらいで、髪の毛はショートカットの多少ボーイッシュな感じだ。

店内は相変わらずの混み具合で、店員が空席がないか店内を見回している。

僕は二人掛けの席に一人で座っていたので、なんとなく気まずく感じた。

その時、その向かい側の女の子も気まずそうに店員を目で追った後、僕としばらく目が合った。

お互い少しの間見つめ合った後、その子はちらっと店員を目で見て苦笑いした。

僕はすぐさま立ち上がって、その子に「こっちの席来ない?」と声を掛けた。

すると、彼女は少しびっくりした様子を見せたが、すいませんと手を上げ店員に何事かを耳打ちした。

店員は僕の方を見たので、僕は彼女の要望を悟り、店員にこくんと頷いてみせた。

ほどなくして、彼女の前に置かれた水のグラスとシルバーセットの入ったかごを店員が僕の席に移した。

それに伴って彼女も僕のテーブルへと移動してきた。

すぐに先ほどまで彼女が座っていた席にカップルらしき二人組が案内された。

僕と彼女は最初は少し気まずいながらもちょっとづつ話をし始め、お互いの料理が運ばれてくる頃にはお互い始めから一緒に来店したかのように打ち解けていた。

ご飯を終えた僕達は砂浜まで歩いていき、水着は持っていなかったので海に入りはしなかったのだが、浜辺で足だけ海に浸かりはしゃいだ。

ぬるい海の水が気持ちよかった。


それから日が沈むまで一緒に浜辺で遊び、そろそろ帰ろうと思った。

そのことを彼女に言うと、

「帰れないよ」という。

僕も彼女と一緒にいるのは楽しかったが、明日も仕事がある、帰らなければならない。

渋る彼女に家はどこかと聞いたが、彼女は答えない。

仕方なく、とりあえず駅の方まで歩いていくことにした。

駅近くまで行き、僕は帰ることを再び告げると、彼女は「じゃあ…」と俯いた。

なんとなく気まずい雰囲気になったが、仕方がないと思って券売機の前まで行った。

切符の料金を調べて、切符を購入しようと思ったが、横目に駅入り口を見ると彼女はまだそこに立っていて、僕の方を寂しげに見つめていた。

僕はため息を一つ付き、切符を買うのをやめた。

彼女にじゃあ今日は一緒にいようと言うと、彼女は良かったといった具合に顔をほころばせた。

二人で駅を出たが、日もすっかり沈み、開いている店は無さそうに思えた。

ふと明かりがある方を見ると、そこにはラブホテルがいくつか豪華なライトを灯してらんらんと点在していた。

僕はなんとなく気まずくなったが、彼女は僕の袖口を引っ張り、「あそこでもいいよ」とにべもなく言った。

僕は仕方なく、彼女を伴い一緒にラブホテルへと入った。

殺風景な部屋に荷物を置き、彼女はシャワーを早速浴びに行った。

彼女がシャワーの間、うとうとと少しベッドに横になっていた。

彼女がシャワーを終え、出てくると僕に気を使ってか先ほどと同じ私服を着ていた。

ベッドに腰掛け、なんとなく二人で話をしていたのだが、場所が場所なだけに気まずい空気が漂い始めた。

僕は耐えきれなくなり、友達に電話をかけた。

数人の友達に電話をかけたところ、何名かが遊びにきてくれるとのことで僕は内心ほっとした。

しばらくした後、どやどやと男女数人の友人達が部屋に押しかけてきて、一緒にお酒などを呑んだ。

そこで初めて彼女が、帰れないと言った理由に、実は大阪から一人旅に来ているのだと言い、僕は驚いた。

一緒に酒盛りをしていると、友人の一人であるさとしが隣にやってきて、「彼女に言いつけてやる」とにやにやしながら耳打ちした。

朝になり、こっそり僕は彼女に本当は一人旅ではなく家出なのだろうと問いただした。

彼女は少し逡巡する素振りを見せたが、やがて「うん」と小さく答えた。

よくよく聞いてみると歳も19なのだという。

朝まで付き合ってくれた友人達にお礼を言い、手を振ると彼等も楽しかったなどと言いながら帰って行った。

再び二人きりになった僕達は駅まで歩き、彼女へ実家へ帰るように伝えた。

彼女は少し寂しそうな表情を見せたが、やがてゆっくりホームへと向かった。

線路を隔てた反対側どうしのホームに立ち、電車がホームに入ってくる直前に互いに小さく手を振った。


夏の朝日が照り返す海を電車の中から眺めながら、昨日からのことを思った。

ひと夏らしい、そんな甘酸っぱい思いがした。



…っていう夢を見ました笑

おしまい。

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