エンドロールは流れない
灯玲古未
久しぶり
「きゃっ、いっけなーい、遅刻遅刻っ」
食パンを咥えて、私は走る。スカートと長い髪が揺れて、軌跡を残す。そして、曲がり角を曲がって――。
「誰も居ませんっと」
冗談だけど。全部全部。
高校の制服なんてものを発見してしまったので、少し興奮してしまいました。失敬。
にしても、私も既に十六歳。本来なら花の高校生、制服もばっちり似合ってるんだけどなあ、肝心の学校がどこにも無いんじゃ、仕方ないよなあ。
人類は滅びました。冗談じゃない! 半分嘘。正確には人類はずいぶんと数を減らしましたって感じ。
「——よーし!」
さてさて、冗談タイムも済ませたところで、物資調達を続けましょう。
掃除洗濯食事と、ぜーんぶ一人でやらなきゃいけないので、買出しもしなきゃいけないのです。お金は払わないし、払う必要がないから、買出しというより持ち出しか。
物資はキャンピングカーへと収納する。収穫は上々、缶詰たくさん。お米も確保。制服はかわいいし、このまま着て行こう。
後はそこらの車からガソリンを抜けば補給は完了。私は自称旅人ではあるけども、一つの街に滞在するのは三日までなんて言う制約もないので、いつまでもこの街に居てもいいのだけれど、そろそろ人恋しくなったころだし、移動しましょう。
住宅街だった場所を走る。曲がり角を曲がって――。
「うわぁあ――!」
人が現れた。運命の出会いって感じだけどぶつかったら多分死んじゃうので全力でハンドルを切ってブレーキを踏む。
どこ見てんだコノヤロー。
いや、誰もいないと思い込んで通学路最速理論を突き詰めようとしていた私も悪いんだけど。とりあえず謝っておこう。
「すみません。大丈夫ですか」
ドアを開けて、運転席から降りる。
道路には女の人が倒れていた。これは車を回避しようとして倒れたのであって、決して私が轢いたわけではない。
「え…………はい。大丈夫」
呟くように答えて、女の人が立ち上がる。
第一印象としては、綺麗な人だった。年は私より五つほど上だろうか、黒い髪を長く伸ばして、シンプルな肌を出さない服に身を包んでいる。そして、腰には二本の日本刀。なんちゃって。——冗談じゃないよ。
「ほんと、すいません」
「いいですよ。轢かれてないですし」
女の人は苦笑いを浮かべる。冷淡そうにふるまってはいるが、暖かさが隠しきれていないような表情。
「えっと……怪我とか」
「ないですよ。お詫びも要りま……。いえ、少し、この車に乗っけてくれませんか」
「……どこまで?」
「どこでもいいです。とにかく、遠くまで」
わお、訳ありの雰囲気。
「もしかして、追われてたり……?」
「はは、まさか」
「追われてるんだ……」
乾いた笑み。この人、嘘をつくのが下手なようだ。
にしても今の時代、誰に追いかけられるっていうんだろう。警察もヤクザもほとんど死んじゃったリアル世紀末だし、やっぱりモヒカン頭のチンピラだろうか。
「まずい……。ごめん、やっぱり、いい」
「えっ、ちょと」
女の人は車から降りると、全速力で走り始める。私もそれを追って走った。幸い、女の人はあまり速くはない。強化は全く駄目な人のようだ。
——あれ、じゃあ何で刀なんて持ってるんだろう? ファッションかな、かっこいいし。冗談だけど。
「ちょ、まって、って……」
ようやく追いついたと思ったら、既に女の人は追手との対面を果たしていた。どうして。逃げるぐらいなら立ち向かう、男気って奴だろうか。女だけど。
女の人は腰の刀を抜く。銀色の刃が光を反射して鋭く輝く。
彼女が抜いたのは脇差、二本の刀の内の短い方。長い方は折れたりでもしたんだろう。
女の人は刀を正眼に構え、大きく踏み込む。
——だめ。あまりに遅すぎる。強化が駄目なら結界か召喚で戦えばいいものを、彼女はそのどちらも使おうとせず、その身一つで敵に飛び掛かる。
「あ? 舐めてんのか、お前……」
追手がそう言うのも当然な、無謀な突撃。追手の男はそれをはるかに凌駕する速度で拳を振りかぶる。
「仕方ない――」
右手を突き出す。目を細めて、狙いを付ける。体内に呼びかけ、それに呼応するかのようにエネルギーが形を成す。
私の右腕から、蛇が飛び出した。
瞬きする間もなく、蛇は男の眼前へと迫る。開いた口から下を覗かせ、頭から跳びかかる。
男はそれにも即座に反応し、身をよじって蛇の突撃を間一髪躱す。
「なんのつもりだ」
すっごく睨まれてる。あんまし怖くはないけど。
「助けに来たよ」
堂々と、大げさに。
「なんだか知らねぇが、お前——。何も知らねぇのか。それは、かわいそ」
男が言い終わる前に、男の背後の蛇を突撃させる。——が、それも躱される。後ろにも目が付いているのだろうか。
隙は与えない。蛇を再び男へと向かわせながら、二体目の蛇を召喚する。
「お前——!」
「なんでよけれるのかな。笛の音、聞こえてたりする?」
嘘だけど。笛なんて誰も吹いちゃいない。
男は蛇を躱しながらも、着々とこちらに歩を進める。柔軟で、俊敏。その姿はまるで狩りをする肉食獣のようだ。
私はポケットからナイフを――、ない! いつものコートは車の中、今はブレザーを羽織っている。というか、この制服、ちょっと動いただけでいろいろと見えてしまいそう。
「ああもう――」
ナイフの代わりに両足の靴を投擲する。狙うは男の背後、道の左右にある石塀のそば。
ブレザーを道の左端へと投げ捨て、私は右端へと寄る。
両手を合わせる。召喚とは違う要領で、体に呼びかける。
「結界か――!」
男が後ろを振り返る。瞬間、男の速度が上がる。
結界の対処法として一番簡単なのは、術者を倒すことだ。男は基本に忠実に、私を倒そうと迫る。
結界は空間を区切る、もしくは遮断し、その中に何らかの意味を付与するものが多い。私に意味を付与する技量も、空間を遮断する技量もない。
できるのはただ、私の力のこもった空間を作ることだけ。
——そう、そこは私。存在の証。
「特性付与。だが、遅い――」
男の拳が私へと到達するコンマ数秒前、左右から蛇が男へと飛び掛かる。
男は体を反らし、二匹の蛇を同時に躱す。その顔には緩い笑みが浮かんでいる。油断、安心。
「——馬鹿が、その笑みは、私のものだ」
男の足元から、三体目の蛇が顔を出す。男が反応する暇などなく、蛇はその牙を男の脚へと突き立てる。
力には人それぞれ特性がある。特性というより、性質と言った方が正解かもしれない。私の場合、それは自分自身だった。
結界に付与した私という特性。それは通常なら自分の体から出すという形でしか使えない召喚を、地面から行うことを可能にした。
「今度は足元にも目を付けなよ――、え?」
男は一瞬怯んだものの、その動きは止まらない。
「いや、っちょ、ちょっと」
毒は? 噛んだよね?
男が目の前に迫る。その背後に、黒い影。
「馬鹿はおまっ」
男が何か言いかけた瞬間、背後で刀が振り下ろされる。刃物ではなく、鈍器のような鈍い音。男は糸が切れたようにその場に倒れる。
「……危なかったね」
「はは――」
思わずその場にへたり込んでしまう。女の人は日本刀を片手に、涼しい顔でこちらを見下ろす。沈みゆく夕日を背に立つその姿がとても綺麗で、思わず見とれてしまっていた。
「立てる?」
「なんとか」
「初めてでしょ、戦ったりするの。——毒は時間が経たないと回らないよ」
「はぁ……」
女の人も戦いはまるっきり素人に見えたのだけれど、この落ち着き具合と言い、やっぱり訳ありの気配がする。
「えっと、お姉さん」
「
ナンシー、ユナ。どう考えても偽名だけど、追われてる身じゃ本名は名乗れないのかな。本当はアンノウンさんって呼びたいところだけど、由奈さんって呼ぶことにした。
「
「じゃあ、桐栄さん。まずは、……こいつ、どうしよっか」
由奈さんの視線の先には、後頭部を殴打されて気絶している男の姿。
「これ、ほっといたら死ぬかな」
「大丈夫だとは思うよ。さっきの蛇も、精々腫れるぐらいの毒だし」
えっ、そうなの。私の蛇、しょぼすぎ……。
「じゃ、ほっときましょう」
「そうだね……」
二人並んで歩く。
「で、どこ行きます?」
「どこって……なんで私」
「しばらくボディガードをしてあげます」
この人、一人だと死にそうだし。まあ、なんというか、人が死ぬのはいやだよね。
◇
地獄を見た。
何も変わらない、平和な、だけど人っ子一人見当たらない街並み。
私は歩く、歩く。
幾千万もの呻き声、助けを求めるような声。私は耳に、心に蓋をして、歩く。
助けるなんて考えは頭に浮かばなかった。後遺症で骨が熱した鉄にさし変わったように全身が常に焼けるように痛くて、それでも私は運よく生き残ってしまったので、生きなければいけない。
感染症。生き残れるのは十万人に一人。
十万人の将来、希望、怒り、怨嗟。すべてを吸って、私は生きている。
抜け殻の、今にも死んでしまいそうな私は、十万人の命に体を縫い付けられている。
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