13.誤解も解けて

「この子はどういう状況で、きみ達と会ったんだ?」

「ぼくが森を散歩していたら、ミィが一人で歩いていて……」

 ユーラルディはミィを見付けてから今までのことを、ベクオードに話した。

 後日、ベクオードが実行犯達から聞いた話では、やはりパルミーゼは利用されていたようだ。

 ガジョットは魔法使いになるため、修行をしていた。だが、素行が悪くて師匠から破門されたのだ。そうなっても、彼は自分の行動を改めようとしない。

 その後、あちこち転々としてパルミーゼと知り合い、彼女の部屋へ転がり込む。

 ヒモ状態のガジョットを養うため、パルミーゼはトライン家で働き始めた。

 だが、その就職先がよくなかったようだ。

 パルミーゼは給金がたくさんもらえる、というのが動機だったが、ガジョットは別の点に目を付けた。

 女が貴族の家で働くようになったと知ったガジョットは、これを何かに利用できないかと考えたのだ。

 そうして、パルミーゼから幼いミシュリアの話を聞く。

 家族から溺愛されている少女がいなくなれば、貴族だろうが何だろうがきっと言うことを聞くはずだ。金を出せと言えば、いくらでも出すだろう。

 ガジョットは、闇ルートの店で魔道具を手に入れた。魔物や獣を小さくして閉じ込めることができる、人の頭より小さなカゴである。

 これは魔法使いでなくても使えるので、使用人として屋敷へ自由に出入りできるパルミーゼに持たせて。

 ミシュリア誘拐の計画を聞いた時、パルミーゼは反対した。明らかな犯罪行為だ。そんなことに加担したくない。

 元々、気の弱いパルミーゼは、話を聞くだけでも恐ろしかった。

 だが、いくら他より給料がよくても、節約をしようともしないガジョットとの生活は苦しい。少しでもまとまった金が入れば、生活ももう少し楽になる。

 この時のパルミーゼに、ガジョットと別れる、という選択肢は頭になかった。となると、言うことを聞くしかない。

 ミシュリアを絶対に傷付けない、という約束で、パルミーゼはこの計画に協力すると決める。

 住み込みのメイドに見付からないよう、夜中まで屋敷の物置に隠れた。半年働いて、屋敷の構造はだいたい覚えている。タイミングを見計らい、迷うことなくミシュリアの部屋へ入った。

 眠っている少女に向けて、魔道具のカゴのフタを開けると、ミシュリアは小さくなってカゴの中へ吸い込まれる。

 ネグリジェ姿で裸足だったのは、眠っている時にこういう形で連れ去られたせい。最初にミィと会った時、ユーラルディが彼女からかすかに魔法の気配を感じたのも、魔道具の気配だったのだ。

 パルミーゼは震えながら、トライン家を出た。これで、もう後戻りはできない。

 屋敷の近くで待っていたガジョットと合流し、ティコリの森へ向かった。街の中にいては、どういうきっかけで見付かるかわからない。パルミーゼが疑われるとは思わないが、彼女の部屋では犯行現場から近すぎる。

 ティコリの森には小さな湖があり、その近くに森で作業する人のための小屋がある。ガジョットは、そこを待機場所にするつもりだった。

 こんな小さな所に閉じ込めていてはかわいそうだ、と何度もパルミーゼが言うので、ガジョットは仕方なくミシュリアをカゴから出す。少女は自分が何をされているかも知らず、よく眠っていた。

 パルミーゼがその小屋にあった小汚いベッドに寝かせ、二人はトライン家から奪う金について相談を始めた。

 この話を聞いたベクオードがあきれたのは、彼らが「身代金の受け渡し方法を考えていなかった」ということ。

 とりあえず、人質がいれば何とかなるだろう、と思っていたのだ。パルミーゼはガジョットに全てを任せていたので、どうするつもりかは聞いていなかったらしい。

 まだ手に入っていない大金の使い道をあれこれ考えているうちに、二人は眠ってしまった。ベッドの固さのせいか、ミシュリアが目を覚ましてしまい、出て行ってしまうとも知らずに。

 ミシュリアがいないと知って、二人は大いに焦った。そうして捜すうちに、ユーラルディに保護されたミシュリアを見付ける。

 だが、突風に飛ばされ、さらには突然の濃霧に紛れて逃がしてしまった。

「お前はこれを持って、トライン家へ行け」

 ベクオードがアウファから渡された脅迫状は、パルミーゼがガジョットから渡されたものだ。

 何でもないような顔で出勤しろ、というガジョット。まさか誘拐犯が直々に脅迫状を渡しに来るとは思わないだろう、と。

 気が小さいパルミーゼは、脅迫状を持ってトライン家へ戻れと言われた時は、血の気が引く思いだったらしい。さらった本人が犯行現場へ戻るのだから。

 ベクオードの前へ出た時は、さらに生きた心地もしなかったようだ。

 受け渡し方法も決まっていない。さらには、人質にも逃げられているのに、ガジョットはミシュリアを一旦捕まえたことで、気が大きくなっていた。

 しかし、ベクオードが使い魔のタックに周辺を見張らせていたことを知らず、不安が頂点に達して早退したパルミーゼが尾行され、自分の存在もばれてしまう。

 それでも、ガジョットはまだ強気だった。

 メルフェは魔法が使えると言っても、明らかに自分より腕が悪い。ユーラルディは子どもを抱いているせいか、魔法を使う様子がない。さっきあっさり防御されたと思ったが、たまたまだったのだろう。

 さらにベクオードという新手が現れたが、魔法を使える自分が一番有利だ、と感心するくらい前向きに考えていた。

 だが、いきなりまた妙な新手が現れ、ユーラルディの魔法によって拘束され……。

 なぜ自分が捕まる展開になったのか、牢に入れられた後もよくわかっていない様子だ。

「きみ達が魔法を使えたとは言え、危ない目に遭わせてしまったようだ。重ね重ねすまない」

「いえ、もう済んだことですから」

「話、終わったかー」

 ユーラルディのそばにいたゼスディアスが、のんきそうに声をかける。

 ちょっと……この場の美形密度、高すぎない?

 状況が落ち着いた今、メルフェは改めてどきどきしてきた。

 ユーラルディもその友達だというゼスディアスも、うらやましいという気持ちすらもなくなる程に整った顔立ち。美形すぎて、あこがれるという感情を超越してしまう。

 ベクオードも、彼ら程ではないにしても、女性に騒がれる容姿だ。ミシュリアと同じ、金の髪と紫の瞳が美しい。

 もちろん、その妹のミシュリアもかわいいし、将来美女決定だ。メルフェは、自分がこの場にいていいのだろうか、という気になってくる。

「うん。事情はちゃんとわかってもらえたからね。長い一日だったなぁ」

「人間を安易に拾うからだ」

「だけど」

「放っておけなかったってのは、聞いた。ほら、もういいだろ。帰るぞ」

 ゼスディアスがユーラルディの腕を取って、歩き出した。

「あ、待ってくれ。ちゃんと礼を」

「そんなの、いいよ」

 ベクオードが止めようとしたが、ユーラルディではなくゼスディアスが応える。

「どうしてゼスディアスが応えるんだよ」

「何かほしいのか」

「いや、別にいらないけど」

 記憶も戻ったし、誘拐犯だという誤解は解けた。謝罪もされたので、これ以上望むことはない。

「だったら、問題ないだろうが」

 どんどん離れて行くユーラルディを見て、メルフェがはっとする。

「あ、あのっ、ユーラルディ。また会えるかな」

 唐突な別れに言葉が見付からず、メルフェはそれだけを何とか言った。

 このままさよならしてしまうのは、淋しい。

「うん、たぶん」

「にぃにー」

 兄に抱っこされたミシュリアが、小さな手を振った。ユーラルディも応えるように、手を振る。

 そうして、森の木の陰に彼らの姿が隠れたように見え……消えてしまった。

「え……」

 メルフェとベクオードは、互いに顔を見合わせる。

 普通に歩いていれば、彼らの姿はまだ見えるはずなのに、木の向こうに隠れたと思ったら、そのままいなくなってしまった。

「消えた……?」

 小さなため息が後ろで聞こえ、ベクオードが振り返る。そこには、自分の使い魔の黒ねこがいた。

「タック?」

 そう言えば、さっきは急に逃げたり隠れたりしていた。普段、そんなことはしたことがないのに。どうしたのかと尋ねる余裕もなく、見過ごしたまま忘れていた。

「はぁ、怖かった……」

「怖いって、何がだ」

「だって、あんな強い魔力のかたまりが目の前にあったら、怖いよ。しかも、増えたし」

 そう言われても、人間の彼らにはそこまで感じ取れる力がないのだ。どこにそんな魔力のかたまりがあったのか、わからない。

「あ……ミィ、竜を見たって話してたわよね?」

 ふと思い出したミシュリアの話に、メルフェはまさかと思いながら確認する。

「うん。にぃにのともだち、まっくろでおっきかったよ」

「竜だって? それがさっきのふたりだって言うのか?」

「あー、納得。そりゃ、強いよなぁ」

 聞いていたタックが、うんうんとうなずく。攻撃されることはなくても、本能的に存在そのものが怖い、という相手が彼らにはあるのだ。

「じゃあ、あたしは今日一日、竜と行動してたってこと?」

 竜が記憶を失うなんて、ありなのか。……いや、ユーラルディが嘘をついているようには見えなかったから、本当にそうなのだろう。

「はは……すごい相手に恩を受けたんだな、ミシュリアは」

 ベクオードが力なく笑う。ミシュリアは「うん?」と首をかしげるばかりだ。

「きみ……メルフェと言ったね。もし彼とまた会うことがあれば、俺にも教えてもらえないか」

「会えるかしら……んー、ユーラルディなら、またふっと現れるかも」

 穏やかな表情を浮かべて、気が付いたらそこにいる。

 何となく、そんな気がした。

「ええ、その時は必ず」

 メルフェは大きくうなずいた。

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人間は拾うものじゃない 碧衣 奈美 @aoinami

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