12.本当に戻った?

 魔法は習って間がないし、防ぎ切れる自信はないが「大した腕じゃない」とはっきり言われると、やはり腹が立つ。

 ベクオードも魔法は使えるが、ガジョット曰くの「大した腕じゃない」方に入るだろう。こけおどしの魔法が、どこまでこの男に通じるか。下手なことをすれば、本当にミシュリアを傷付けられてしまう。

 ユーラルディも、動きようによってはミィにケガをさせてしまいかねないので、どうにもできないでいた。

 その様子に、ガジョットは勝ち誇ったように笑う。

 そんな男に、パルミーゼがすがりついた。

「ねぇ、もうやめようよ。こんなことしても、すぐに捕まるから」

「うるせぇなっ。だったら、お前だけが捕まりゃいいだろうがよっ」

「きゃっ」

 ガジョットはパルミーゼを振り払い、女はその場に倒れた。

「ちょっと、あんた。その人は仲間でしょ。だいたい、女性に暴力をふるうなんて最低だわ」

 敵対するはずの相手だが、メルフェはその言動に怒りを覚えた。

「仲間だぁ? こいつはただの金づるだ。役に立たねぇなら、一緒にいる必要があるかよ」

「ガジョット……」

 男の言葉に、パルミーゼは座り込んだままガジョットを見る。

「パルミーゼは利用されていた、という訳か」

 ベクオードとの会話でもおどおどしていたし、共犯と言うにはあくどさがあまり見受けられない気はしていた。あの男にいいように使われていただけ、なのだろう。

 呆然とする彼女を見ると気の毒にも思えるが、共犯は共犯だ。

「おら、何度も言わせんなっ。さっさとそのガキをこっちへ渡しな」

 ガジョットが偉そうに言いながら、またユーラルディを見た時だった。

「ユーラルディ。お前、いつまでかかってるんだよ」

 ちょっとあきれたような声が聞こえた。その場にいる誰の声でもない。緊迫した空気をあっさり破るような口調。

 ベクオードの足下にいたタックが、なぜか震えながら彼の後ろに隠れようとする。

 木の陰から、別の少年が現れた。ユーラルディより少し年上に見えるので、少年より青年と言うべきか。

 二十歳になるかならないか、くらいだろう。ユーラルディとよく似た髪色と瞳で、その目は彼の方がやや吊り気味。

 そして何より、ユーラルディに負けず劣らず、美形だった。

「え……誰?」

 恐らく、この場ではメルフェが一番驚いている。

 ユーラルディと自分が木の後ろに隠れてガジョットと対峙していた時、周囲には誰もいなかったのに。

 いれば絶対にわかるはずだ、こんな長身で美形が近くにいれば。彼はまるで気配を隠そうともしていないのだから。

 メルフェが気付かなかっただけで近くにいたのだとしても、この状況で出て来るなんて、危機感がなさすぎる。

「あの、ごめんなさい。誰?」

 メルフェと同じく、驚き、戸惑っているユーラルディが尋ねる。

「はぁ? お前、そういう冗談が言える奴だったか?」

 明らかに気分を害した表情で、青年はユーラルディに詰め寄る。完全に周囲の空気は無視だ。

「えっと、今は自分の名前だけしか覚えてなくて……」

「にぃにのともだち」

「おー、ちびすけ。よくわかったな」

 青年がミシュリアの頭をなでる。

 ミシュリアが言った通り、青年はユーラルディの幼なじみゼスディアスだ。人の姿ではミシュリアの前に出ていないはずだが、なぜかわかったらしい。

「ってか、名前しか覚えてないって、何だ」

「あ、あの……彼、森の中で転んで、その時に頭を打ったらしいの。そのせいで、名前以外のことがわからなくなったって」

 ミシュリアがユーラルディの友達だと言ったので、メルフェが事情を話す。

「はぁ? 何だよ、それ」

 ゼスディアスが眉をひそめる。

「どうしてそういうドジをするかなぁ」

 ゼスディアスは小さくため息をつき、ユーラルディにデコピンをした。

 そういう素振りが全くなかったので、その不意打ちをユーラルディはよけることもできない。

「いったっ」

 ユーラルディは、思わず自分の額を押さえた。本当は押さえながらしゃがみ込みたい気分だったが、今はミシュリアを抱っこしている。何とかその場で踏ん張った。

「何するんだよ、ゼスディアス」

「思い出しただろ」

「え? ……あ」

「人間を拾ったりするから、こんな面倒なことになるんだぜ」

 竜の力か、不意打ちの痛みのせいか。

 ユーラルディの頭に、名前以外の全てがちゃんと浮かんできた。もちろん、記憶を失ってからのことも覚えている。

「やり方は乱暴だけど、思い出したよ」

「おともだち、めっ。にぃに、いじめちゃだめ」

 ユーラルディが痛いと言ったせいか、ミシュリアが頬をふくらませてゼスディアスを睨んだ。

「ああ、はいはい。悪かったよ。そのちびすけ、ユーラルディにご執心だな」

「ミィ、ちびすけじゃないっ」

 失礼な呼び方に、小さなレディはますますふくれた。そんなミシュリアの頬を、ゼスディアスは笑いながらつつく。

「ユーラルディ……本当に思い出したの?」

 額を指で弾かれたくらいで、失った記憶が戻るものなのか。

 メルフェは半信半疑だ。

「うん。メルフェと会った時のことも、あの二人がミィを渡すように迫ったことも」

「……それ、今の状況でしょ。記憶を失う前もそんなことがあった話は聞いたけど、その内容では本当に戻ったのかわからないわ」

 一応、こんなことがあった、という話は再会した時に聞いた。だが、今の説明では現在の状況について話している、としかメルフェには聞こえない。

「おい、てめぇらっ。ずいぶんと余裕があるじゃねぇか。こっちを無視しておしゃべりかよっ」

 ゼスディアスの登場で、すっかり意識の端に追いやられてしまったガジョット。

 しばらくこの展開に呆然としていたものの、正気に戻って腹を立てた男は、問答無用でユーラルディに風の刃を向けた。

「やめろっ」

 それを見て、ベクオードが怒鳴った。

 そのままでは、ユーラルディはもちろん、彼が抱いている大切な妹までもが攻撃の的になってしまう。

 だが、ベクオードには何もできない。彼らの前に防御の壁を出す技術もなく、無駄であってもただ手を伸ばすばかりだ。

 他の男達も動くことができず、メルフェとパルミーゼが悲鳴をあげた。

 刃物が金属に当たり、跳ね返るような音が響く。

 思わず目をつぶったメルフェが見ると、ユーラルディの前に防御の壁が出ていた。

 え? 魔法の壁? 誰が出したの? あたしじゃない。もしかして、ユーラルディ? さっき、あの男がこの場に魔法使いは三人って言ったけど、本当にユーラルディも魔法が使えたってこと?

 さっきはガジョットに言われてメルフェが尋ねても、ユーラルディは戸惑っている様子だった。

 あれは、記憶を失って名前だけしか覚えていなかったから。魔法も忘れていたから、肯定も否定もできなかったのだ。

 そして、本当に記憶が戻ったから、魔法が使えた……ということだろう。

「うん、確かにぼくは魔法を使えたんだ。ああ、よかったぁ」

 何に対してよかったのかわからないが、とりあえず色んなことがよかったということだろう、とメルフェは思うことにした。ゼスディアスにしても、同じような気持ちだ。

「ぼくもメルフェみたいに、目くらましの魔法であの男から逃げたんだ。面倒そうだったから。それをしなきゃよかったのかなぁ」

 メルフェはミィが「わーっとしろくなった」と話していたことを思い出す。やはりユーラルディも、トライン家の前でメルフェがしたのと同じことをしていたのだ。

「さっさとこうすればよかったんだよね」

 ユーラルディの言葉が終わると同時に、ガジョットが悲鳴を上げた。

「うわぁ。何だ、これはっ」

 誰もがそちらを見ると、ガジョットはつるに拘束されていた。首から下をぐるぐる巻きにされ、バランスを崩して倒れる。男は完全に動きを封じられていた。

「え……あれって」

 メルフェがガジョットを見て、それからユーラルディを見た。

「うん、ぼくがやったんだ。これで魔法ができることを思い出して、記憶もちゃんと戻ったって信じてもらえるかな」

「う、うん……」

 魔法ができるのはわかったけど、何だかいきなりすごすぎない? 呪文、唱えてた?

 どうやら解決したらしい、とわかったものの、メルフェの笑顔は少しばかり引きつっていた。

☆☆☆

「その人間に、もう魔法は使えないよ」

 ユーラルディに言われ、男達がガジョットとパルミーゼの確保に走る。

 ベクオードは、そんな男女よりもミシュリアだ。

 他にはもう目もくれず、ユーラルディの方へ一目散に走った。

「にぃに」

 ミシュリアが手を伸ばし、ユーラルディが差し出した妹をベクオードは確かに受け取った。

「ミシュリア、よかった……本当によかった」

 何度もつぶやきながら、小さな妹を強く抱きしめる。

「にぃに、いたいの……」

「あ、すまない、ミシュリア」

 力の強さに、ミシュリアが抗議する。ベクオードは慌てて、抱きしめる腕の力をゆるめた。

「やーっと、ミィを家族の元へ戻せたよ。よかったぁ」

 ユーラルディが満足そうに、ふうと息を吐いた。

「あ、うちの警備の者が、きみ達を誘拐犯と勘違いした、と聞いた。妹を助けてもらったのに、すまない」

「いえ、誤解が解けたのならいいです。ね、ユーラルディ」

 あの時は怖かったが、もう追われることがないのなら問題ない。これで安心して街へ帰れる。

「うん、誰もケガしなかったしね」

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